第14話 冒険者ギルド
「ようこそ、冒険者ギルドへ!!」
ギルドの受付に着くなり、満面の笑みと元気のいい挨拶で、冒険者ギルドの受付嬢がアリスを迎える。少しウェーブしたふわふわの髪。色はその声と同じく、明るめのブラウンだった。加えて、これぞ大人の女性と言わんばかりに豊かな胸部。同性のアリスから見ても魅力的で、冒険者達からも高い人気を誇っているであろうことがすぐに分かる、そんな女性だった。
「登録をしたい」
「はい、冒険者登録ですね! 登録には銀貨が一枚必要ですが、よろしいですか?」
「問題ないわ」
無愛想に淡々と話すアリスに対しても、受付嬢は笑顔を絶やさない。荒くれ者や物静かな魔導士。獣人、リリ族等々。様々な人種の在籍している冒険者ギルドだ。職業柄、常からそういった者達の相手をしている受付嬢にしてみれば、口数が少ないだけのアリスなど、まだまだ与し易い部類なのだろう。
「ではこちらを。空欄を埋めて頂き、最後に署名をお願い致します! あ、文字は書けますか? もしよろしければ代筆も行っておりますよ!」
「大丈夫」
「承知しました! それでは記入が終わりましたら、またお声がけ下さい!」
カウンター越しにそう言うと、受付嬢は書類仕事を始めてしまう。遅ればせながらアリスが周囲を見渡せば、そこには大勢の冒険者達。成程。受付嬢と謂えど、ただ客がくるまでぼうっと座っていれば良いというわけではないらしい。
昼間から酒をかっ食らう者や、大声で仲間達に武勇伝を語る者。新調したであろう武器の手入れをする者や、掲示板に貼り付けられた依頼とにらめっこをする者。冒険者達は皆がそれぞれの時間を過ごしているが、総じて治安が良いとは言い難い。荒事を生業としているのだから、ある程度は仕方のない部分でもあるだろうが───少なくともこの騒がしい空気は、アリスにとってはあまり好ましいものではなかった。
長居するのも億劫になったアリスは、さっさと登録を済ませてギルドを出ようと考えていた。自ら足を運んだ癖に、だ。こうした無気力な部分は、アリスの短所であると言えるだろう。かつての彼女であれば、或いは、そこらの探索者に話しかけたりしていたかもしれないが。
「ん……出来たわ」
まるで淀みのない、凡そ冒険者を目指しているとは思えない綺麗な筆跡。アリスが受付嬢に提出した登録用紙は、しかし空欄ばかりであった。
用意されていた項目は八つ。氏名、性別、年齢、出身地、種族、現住所、加護の有無と種類、そして戦闘行為に際しての大まかな
「あのぉ……全然出来てないんですけど……?」
「埋めなきゃ駄目?」
「そういう訳ではありませんが……これではパーティの斡旋が出来ませんよ」
冒険者とは元々、身元のはっきりとしている者ばかりではないのだ。極論、冒険者としての登録自体は空欄だらけでも問題はない。だがこんな、空欄ばかりで一切の素性が分からない冒険者など、一体誰が組みたがるのか。ギルド側としても、パーティの斡旋など殆ど不可能に近い。固定の面子でパーティを組んでいるのならばいいが、少なくとも受付嬢から見たアリスには、連れが居るようには思えなかった。
冒険者とは基本的に、複数人によるパーティを組んで仕事にあたるものだ。無論一人で活動する者が居ない訳では無いが、そういった者達が受けられる仕事はどうしても限られる。この歳で───人間種であればの話だが───冒険者登録をするくらいだ、きっと訳ありなのだろう。だがこれでは冒険者として上を目指すことなど出来ず、まともな稼ぎも得られない。そればかりか、早々に命を落としかねない。冒険者とは、基本的に危険な仕事の多い職業なのだから。受付嬢の言葉は、そんなアリスを心配してのものだった。
「構わないわ。それで登録して」
「うーん……大丈夫かなぁ? 登録にあたって、何か一つ依頼を受けて頂かなければならないんですけど」
「そうなの?」
「はい。最低限の戦闘能力があることを証明して頂かなければなりません。ある意味、冒険者になるための試験みたいなものですね。どんなものでもいいので、魔物を倒してくる必要があるんです。ソロで活動をする冒険者さんも、最初の試験だけは複数人で行う場合が殆どです」
少し困り顔になった受付嬢がそう説明をしつつ、何枚かの紙をカウンターの上へと並べてゆく。そこには美麗な魔物の姿絵と共に、特徴や戦闘時に於ける注意点、討伐証明となる部位の説明等が事細かに記されていた。受付嬢が取り出したそれらは、そのどれもが最下級と呼ばれる魔物のものだ。アリスであれば余所見をしながらでも容易く屠る事の出来る、なんてことのない相手だった。だがそんなことなど、受付嬢には知る由もないことだ。
「ふぅん、面倒ね……じゃあこれで」
アリスが無造作に、特に気にした風もなく一枚の紙を選ぶ。それは殆どの冒険者にとって最も馴染みがあるであろう最下級の魔物、ゴブリンの討伐依頼書だった。人間の子供くらいの背丈をした、魔物の中では非力とされている相手だ。知能も高くなく、それなりに戦える者であればそうそう後れをとることのない魔物である。駆け出しの冒険者が戦う相手としては、適していると言えるだろう。だが、それはあくまでも一対一での話。基本的に数匹単位で群れを成していることが多いゴブリンは、最下級の魔物といえどもパーティ単位での討伐が推奨されている。故にか、受付嬢の困り顔が晴れることはなかった。
「妥当と言えば妥当なんですが……うーん、出来ればパーティで受けて欲しいですね……」
仮に相手が大人であれば、受付嬢もこれほど渋りはしなかっただろう。彼女の反応が芳しくないのは、偏にアリスの外見の所為であった。アリスの足の先から頭のてっぺんまでを、じっと眺める受付嬢。背丈の低いリリ族であれば、これで成人していてもおかしくはない。だがリリ族は戦闘が得意な種族ではない為、いずれにしても不安が残るのだ。ギルドは冒険者の全てに責を負うための組織ではない。だが、だからといって何もかもに関与しないわけではない。依頼を受けた冒険者に対して、明らかに荷が重いと判断すれば、諌める程度のことはするのだ。
困り顔を浮かべる受付嬢と、徐々に面倒になってきたアリス。誰でも登録できると聞いていた冒険者ギルドが、これほどしっかりとしているとは。アリスは元より、冒険者になりたくてここに来たわけではない。ただ身分証の代わりとして、冒険者証を手に入れるためにやってきたのだ。それがどうだ、実際には登録の初期段階で躓いてしまっている。いよいよどうでもよくなってきたアリスが、諦めて帰ろうかと思い始めたそんな時。彼女の背後から、声をかけてきた者が居た。
「だったら俺達が付き添いをしようか」
その声に、アリスがゆっくりと振り返る。人の良さそうな笑顔で声をかけてきたのは、腰に長剣を佩いた若い人族の男だった。アリスがちらと目をむければ、その右手には加護持ちである証の紋章が窺えた。その隣には大きな獣人───恐らくは犬系だ───の男と、そして後方には人族の女と、尖った耳を持つ女。恐らくはエルフ種であろう。その出で立ちから察するに、彼らは男女四人からなる冒険者パーティなのだろう。そも、冒険者ギルドに居る者など大半がそうであるのだが。無論、アリスの知り合いなどでは断じてない。彼女の知り合いなど、この世界には最早数える程しか居ないのだから。
「あ、カインさん」
「盗み聞きするつもりはなかったんだけど、何か困っているみたいだったから気になってね」
「困るといいますか……心配といいますか」
当人であるアリスそっちのけで、受付嬢と冒険者達がなにやら会話を始める。一方、隣に立つ獣人は何も言わず、ただアリスの瞳をじっと見つめていた。どこか生暖かいような含みのある視線ではあったが、しかし敵意のある視線ではなかったために、アリスは特に気にすることもなかった。
「大体の事情は察してるわ。登録試験が不安なんでしょ?」
「わたくし達で良ければ、お手伝いいたします」
人族の女とエルフの女が会話を引き継ぎ、受付嬢へと提案を始める。やはりというべきか、アリスの意思はそっちのけで。つまるところ、彼らは善人なのだろう。こんな知り合いでもなんでもない、愛想の悪そうな少女の手伝いを買って出ようというのだから。そうしていつの間にか自らの手を離れた話を、アリスは黙って見守る。アリスからすれば、冒険者登録が出来ようと出来まいと、極論どちらでもいいのだ。事此処に至り、アリスはもうどうにでもなれという気分になっていた。
その後、アリスがぼうっと、ぴくぴくと小刻みに動く獣人の耳を眺める事暫く。知らぬところで始まった話し合いは、知らぬところで終わっていた。
「というわけでアリスさん。あなたの登録試験には、こちらの方々に同行していただくことになりました」
「ってワケよ。よろしくね、小さなお嬢さん?」
杖を持った、恐らくは魔術師であろう女がアリスへと手を差し出す。よろしくも何も、別に頼んだ覚えはない。アリスからすれば一人で十分にこなせる試験だ。それどころか、ミラに任せてしまっても問題のない内容である。ゴブリンを数体討伐して戻る程度、アリスにとっては赤子の手をひねるよりも簡単な作業。半ば強制的に押し付けられた同行者に、一体何をよろしくしろというのだろうか。そう内心では思いつつ、それをそのまま口に出すほどアリスは子供ではない。
「……そう。もうなんでも良いから、早くして」
とにかく冒険者証さえ手に入れば、後はどうでもいい。さっさと終わらせて街を出るつもりであったアリスは、渋々といった様子で女の手を握り返し、そうして小さくため息を零した。
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