伏線と回収

 物語を構成する時、使われる技法の一つに「伏線ふくせん」があります。

 後で重要な意味を持つ要素を前もって置いておくことです。


 伏線になる要素を物語の中に登場させることを「伏線をる」と言います。張るの他に「く」「設定する」も使います。

 より後ろでその要素を使って物語を盛り上げたり、先に進めたり、問題を解決したりすることをぞくに「伏線を回収する」と言います。


 具体例を挙げましょう。

 伏線の基本は二つです。

 一つは、一度出した同じものを、二度目は違う意味・用法で使うものです。


  「この虫眼鏡でこけを観察しているんだ」

        ↓

  「何か燃やすもの……そうだ、この虫眼鏡で!」


 一度目は見るため、二度目は火を起こすためで、使用法が違います。


 もう一つは、二度目も意味・用法は同じですが、一回目は読者に注目させず、重要性を低く見せておくものです。


  「ボールが飛んできた。ほらよ、受け取れ!」

  「よくあんなところまで届くわね」

  「俺、野球部でピッチャーなんだ」

        ↓

  「どうやって五階のあの子に伝えれば……。そうだ! あんた、ピッチャーだったわよね。この石をあの窓に投げて!」


 一度目も二度目も、ボールなどを投げるのが得意ということは変わりません。


 伏線は回収する時に思い出してもらわないと意味がありません。

 張る時は読者の記憶に残るような書き方をする必要があります。


 一般的には、伏線は大きく分けて二つの目的で使われます。


 一つ目は、読者をあっと言わせるためです。

 後で起きることの準備を前もってしておいて、「あれが書いてあったのはここにつなげるためだったのか!」とびっくりさせます。


 二つ目は、読者を驚かさないためです。

 問題が発生した時、「はい、これを使って下さい」と解決に適した道具が突然出てきたら読者は呆れます。「そんなものがあるなんて知らなかった。都合がよすぎる」と非難する人もいるでしょう。

 そこで、前もってそれが存在することを伝えておくのです。読者は「そういえばあったね」と思い出し、納得します。


 もう少し細かく分けると、伏線の使い方には四つの型があります。


 一つ目は誘導型です。

 今後起きる事件を導いたりストーリーを進めたりするものです。

 例えば、雷注意報の日に山奥の集落へ向かう途中、トンネルのそばに古い廃屋があります。訪問先から帰ろうとすると、廃屋が雷で崩れて燃えていて、トンネルが通れなくなっています。


 二つ目は解決法型です。

 物語で何か大きな事件が起こる場合、それを解決するのに必要な道具や手段を前もって出しておきます。

 上にあげた虫眼鏡とピッチャーの例は両方ともこれに当たります。

 私が書いている吼狼国くろうこく物語では、戦場の地形や、通常と少し異なる状態だがそれらしい理由が書かれていたものが、実は作戦に必要なことだったというのはよくあります。


 三つ目は証拠型です。

 後で起こることに説得力を持たせるため、そうなるのに必要な事柄や根拠となる事実をさりげなく置いておくものです。

 これは推理小説でよく使われます。

 「犯人はお前だ。なぜなら、あの時お前はこう言っていた。それは犯人しか知らないはずだ!」

 導くというより結果を補強するものです。

 読者が伏線に気付いて推理すれば、結果を予想することもできます。


 四つ目は予告型です。

 伏線と呼ぶにはあからさまですが、何が起きるか事前に伝えておく場合です。

 戦場に投石機などの特殊な武器を設置しておいて、意外な使い方をするというものです。

 主人公の持つあまり使いどころがない魔法がクライマックスで役に立つのもこれです。


 また、「彼はよく裏切るから信用できない」と誰かが言って実際に彼が裏切るなど、物語の先の内容を示すのも予告型の一種と考えられます。

 これは二つの型があります。

 一つは、この先そういうことが起こるだろうとはっきり示して、「いつ彼が裏切るんだろう」と読者にその場面を期待させる場合です。

 もう一つは、「いかにも彼女らしい人を信じない言葉だ」と予言とは思われないようにしておいて、実際に起こしてびっくりさせる場合です。


 この四つに共通するのは、作者の意図する展開へ持っていく条件を整えるという目的があることです。

 

 伏線は回収の仕方もいくつか種類があります。

 一つ張って一度だけ回収するのが最も作りやすいですが、そうでないことも多いです。


 まず、複数の伏線を一度に回収する場合です。


 友人Aが何かの雑誌を真剣に読んでいましたが、近付くと慌てて隠しました。

 友人Bはこれから箱ティッシュを買いに行くと言って別れます。

 友人Cが親戚の農家の作業を手伝って欲しいと頼んできます。一緒に働いてお礼に新鮮なイチゴをもらいます。

 友人Cと家に帰ってくると、サプライズ誕生日パーティーが用意されていました。

 友人Aが雑誌のレシピを見て手作りしたケーキに友人Cがイチゴをのせます。

 壁には、友人Bが「誕生日おめでとう」と書いてティッシュの花で飾った大きな紙がはってありました。


 また、複数回回収する場合もあります。


 いつも女物の派手な色の鏡を見て髪を直している少年がいます。

 まず、仲間と冒険し、怪しい人から逃れるために鏡で光を反射して相手の目をくらませます。

 次に、捕まってしまった仲間の縄を切るため、鏡を割って破片を使います。

 あとで、鏡は母親の形見で、「お前はもっと身だしなみに気を付けて、いい男になりなさい」と亡くなる時に渡されたと話します。

 物語の最後、友人たちは鏡を修復して少年に渡します。

 このように、キーワードになる道具などを複数の目的で使うことも伏線の一種と言えます。


 これ以外に、同じ伏線を同じ使い方で複数回張ることもあります。

 伏線にするものの存在を読者に覚えてもらうためです。

 上記の虫眼鏡の例では、それで物を見る様子を二回か三回は書いておかないと読者は忘れるでしょう。

 逆に、回収の際、「そういえば、そういう場面があったなあ」とぼんやり思い出してくれる程度でよく、詳細は忘れていてもかまわない場合、敢えて繰り返さないこともあります。


 なお、伏線と似ているけれど異なるものもあります。


 まず、「布石ふせきつ」です。

 「伏線を張る」と似た意味の言葉で、今後のために準備をしておくことです。

 上記の誘導型の伏線との違いは、隠そうとか驚かせようとはしないことです。

 例えば、次のエピソードで重要な役目をする人物や道具を、一つ前のエピソードで出して存在を知らせておくといったことです。

 隣の国が大国に滅ぼされたと書いておき、その大国が自国に攻めてくるのもこれです。自国が危なくなることを特に推理しなくても読者は想像できます。

 布石はわざと次の展開を予想させて、読者の期待を高めるといった使い方もできます。


 次に、「演出用の小道具」です。

 感動的な場面をより効果的にするため、象徴的なものをあらかじめ仕込んでおくことです。

 英雄が最も信頼していた部下に感謝の印として自分が初陣の時から背負ってきたぼろぼろの旗を譲ります。英雄が危機に陥って死を覚悟した時、部下が援軍を率いて現れて、あの旗を高く掲げます。


 大好きな恋人に求婚しようと、大きな宝石の付いた指輪を買います。しかし酔った勢いで浮気してしまい、激怒した恋人から別れを告げられます。気落ちして家に帰ると、机の上に渡すはずだった指輪があり、宝石の輝きに主人公は泣き崩れます。


 上記の虫メガネの例との違いは、旗がなくても英雄の救援は行えることです。来た軍勢の装備や相手の顔を見れば部下が来援したことは分かりますが、旗を使うことでより劇的な登場に感じられます。宝石の指輪も、恋人との別れといったストーリーの流れには関係せず、悲しみを強調する役目だけです。虫眼鏡の場合はそれがなければ問題が解決できず、物語が先に進みません。


 三つ目は、「再利用」です。

 一度出てきた人物や道具を、物語の後の方で別な役割を与えて再び登場させることです。その人物の使い方は同じことも違うこともあります。

 計画的に行う場合と、その役割はあの人物にさせればよいと後から思い付く場合があり、作者以外は区別が難しいです。

 伏線と違うのは、単に再び出しただけで、特にねらいがないことです。もう出てこないと思っていた人が意外なところで再登場すると、読者がびっくりする可能性はあります。


 四つ目は、「ミスリード」です。

 読者に誤解を与える書き方をしておいて、実はそうではなかったと後で明らかにする手法です。よく読むと断言しておらず別な解釈の余地があるのですが、読者に気付かれぬようにします。

 例えば、ある人物が崖から落ち、登場人物たちは彼が死んだと判断します。しかし、死体は確認しておらず、彼は生きていて重要な場面で再登場します。読み返してみると、生きている可能性を作者がつぶしていなかったことが分かります。


 少し違う使い方もあります。

 わざと読者に誤った推測をさせる場合です。

 女主人公は久しぶりのデートで、恋人に「仕事が忙しく、しばらく会えなくなる」と言われます。

 友人から恋人が副業を始めてお金をためていると聞きます。

 恋人の部屋には英会話学校の案内パンフレットが落ちており、書棚にアメリカに住む人が日常を書いた本があります。

 読者は留学や海外転勤ではないかと疑いますが、主人公は気付かず、来月になれば会えるという約束を信じて楽しみにしています。

 突然、恋人から大切な話があると呼び出されます。

 「君と会えなくて寂しい。結婚して一緒に住もう。お金をためてこの指輪を買った。新婚旅行はアメリカへ行きたいから、英語を勉強している」


 五つ目は、「後から意味の分かる記述」です。

 例えば、学校の帰り、友人が腹が減ったと馴染みのうどん屋へ誘い、たこ焼きを買って「やっぱり大阪のが一番やな」としみじみつぶやきます。

 別な日、近所の公園で出会った時、「この町が好きなんだ」と風景の写真を撮っています。

 主人公は気に留めませんが、しばらくして友人が家族と一緒に北海道へ引っ越すことが分かります。

 証拠型の伏線に似ていますが、のちの結果を誘導はせず、ストーリーの進行に影響を与えません。引っ越す人らしい行動をさせただけです。主人公や読者は知らないので意味が分からなかったのです。


 六つ目は、「強調のための事前の出来事」です。

 物語を進める重大な出来事の印象や意味を強くするため、事前に起こしておく小さな出来事です。

 例えば、幼い子供が軽い怪我をし、父親が大騒ぎします。しばらくして、その子供が死にます。父親の溺愛ぶりを事前に書いておくことで、悲しみの大きさがよく伝わります。

 友人との仲の良さを描いておいて、片方がひどい裏切りをする、二人が対立する陣営に分かれるなどもこれです。

 あくまでも強調のための部分であり、その事件を取り去っても物語は進みます。


 七つ目は、「繰り返し」です。

 これはコメディーに多いです。

 いたずら好きの男子が柔道の得意な女子を驚かそうとして失敗し、投げられて池に落ちます。

 後の場面で、いたずらがばれて別な人たちに追いかけられ、逃げ回った挙句その女子にぶつかって、再び投げられて池に落ちます。

 読者は一回目の出来事を思い出して、二回目をより面白く感じます。


 他には、地図にはあったけれど物語に出てきていなかった地名や、文中に存在は書かれていたけれど詳しく触れられていなかった人物や道具が思わぬところで登場すると、読者は伏線だったと思うかも知れません。

 地名や町などの名前が死を意味する言葉になっていて、そこで重要人物が死ぬと、これを暗示していたのかと読者は驚くでしょう。


 歴史小説では、伏線は基本的に意味をなしません。先の展開が分かっているので驚かず、伏線にならないのです。

 しかし、だからこそねらえる効果もあります。

 本能寺の変の直前、織田信長に言わせます。

 「俺を殺せる者は、もはやこの国におるまい」

 歴史を知っている人は、「このあと、あの事件が起こるんだよな」とにやにやします。

 歴史を知らない人は明智光秀の反乱にびっくりして、伏線だったのかと思うかも知れません。



 このように、伏線にはいくつか種類があり、効果的に使えば物語を面白くします。


 では、どうすればうまく伏線を張れるでしょうか。

 難しそうに見えますが、基本は単純です。


 伏線とは因果関係です。

 結果に対して、原因を作る作業です。

 原因を登場させた時点では、引き起こされる結果を分からないようにしておくだけです。


 起こしたい結果を決めていないと伏線は張れません。

 そのためには物語のあらすじを前もって作っておかなくてはなりません。


 つまり、伏線を使うには四つの力が必要です。

 まず、物語のプロットを設計する力です。

 次に、その結果を実現するのにふさわしい手段を考え出す力がいります。

 そして、目的をうまく隠しながら提示する力が求められます。

 最後に、それを効果的に回収する演出力です。驚かせたい、驚かせたくない、どちらにしても、ねらった印象を読者に与えるために、配慮と筆力が必要です。


 このうち最も重要なのは一つ目です。

 そもそも伏線が必要な物語を考え出せなければ張ることすらできません。

 回収する場面を書いた後で戻って追加することもありますが、それもある程度あらすじを決めていてこそできることで、行き当たりばったりで入れるのはかなり難しいです。


 また、伏線は手段であって目的ではありません。

 ストーリーを自然にまたは効果的に読者に伝えるために使うものです。

 伏線を入れないと不自然なところ、加えると面白くなるところにだけ使えばよく、無闇にばらまいても読みにくくするだけです。

 物語によっては、伏線のような技巧的な設計や驚きが、いかにも用意されていた結果という印象を与えてしまって邪魔になることすらあります。


 なぜ入れるのか、本当に必要なのか、事前にしっかりと考えた方がよく、そのためにも物語の全体像を脳裏のうりに描けるようにしておくことが求められます。

 伏線は使う目的を明確にして、張ったら必ず回収するのが基本です。

 とりあえず伏線になりそうな記述を入れておいて、使えたら使おうというのはやめた方がよいと思います。


 付け加えるならば、伏線は回収して初めて効果を発揮するものです。

 張ってから回収するまである程度の間隔が必要で、張ってすぐに面白くなるわけではありません。

 とりわけ、たくさんの伏線を張り、一気に回収して盛り上げるような構成の場合、面白い場面や驚きが物語の後半に集中しやすくなります。

 それを考慮せず、伏線ばかりに頼ってストーリーを工夫しないと、回収する前に面白くない作品と思われて最後まで読んでもらえないかも知れません。



 私は伏線をよく使う方だと思います。

 大抵の長編には重要な部分に含まれています。

 『花の戦記』には数十万字後に回収される大きな伏線がいくつもありますし、連作長編の『狼達の花宴』には巻をまたいだ伏線が多数あります。

 そもそも戦争の物語は、どことどこが戦ってどっちが勝った結果あることが起き、それがまた別な争いの引き金になるという風に、多くの事件や登場人物が絡み合って進んでいくものです。

 その意味で、伏線を使いやすいジャンルと言えるでしょう。


 伏線は上手下手が分かりやすく、驚きを与えるものなので読者受けのよい技法です。

 伏線の扱いがうまいと、物語を作る腕前がすぐれているように見えます。

 ですが、実際は、ただの技法の一つに過ぎません。

 実力がある人とは、用いるべきところに必要な技術を上手に使ってねらった効果や面白さを出せる人のことです。

 よい物語を生み出す力がなければ、技術だけすぐれていても意味がありません。


 伏線のうまさだけが印象に残る小説ではなく、大きなドラマとそれを効果的に見せる技術の両方で読者を楽しませる作品を目指したいものです。



 なお、インターネット上のサイトに掲載されるいわゆるオンライン小説では、伏線はとても使いにくいです。


 こうしたサイトでは、長編小説はしばしば分割して投稿されます。

 十五万字の小説を、三千字ごとに分けたとしましょう。

 毎日一話を投稿したとして五十日かかります。


 第十話で張った伏線を第四十話で回収した場合、一ヶ月が過ぎています。

 読者は第十話の内容を覚えているでしょうか。


 印象的に書いておいたとしても記憶はおぼろげです。

 驚きはかなり弱くなるでしょう。

 第一話から最終話まで、同じ日に一気に読んだ場合と比べて、伏線回収の面白さは数分の一になります。


 これは物語の作り方に大きな影響を与えます。

 インターネット上の連載小説では、伏線はせいぜい数話のうちに回収しないと、あまり効果を期待できません。

 多くのことを読者に記憶しておいてもらわないといけないような複雑な構成の物語は難しいです。

 そればかりか、どんでん返しや急展開も効果が薄れます。

 流れが途切れ途切れなので、いきなりな感じが弱くなるのです。


 ホラーやサスペンスなど、一定の雰囲気を持続して盛り上げる小説も作りにくいです。

 恐ろしげな印象を与えても、次の更新の日までに消え去ってしまいます。

 思い出してもらうために工夫をしても、同じ程度まで怖がってもらうのは非常に難しいです。それを何十回も繰り返すことになります。


 これにもまして深刻なのは推理小説です。

 推理に必要な情報を読者はほとんど忘れてしまうでしょう。

 探偵の解説が長い場合、謎解きが始まってから犯人が捕まるまで実時間で数日かかるかも知れません。


 こうした問題は作者の工夫だけでどうにかできる程度を超えています。

 従来のような長く起伏に富み、大きなうねりを作って最後に盛り上げて閉じるような物語は、オンライン小説では書きづらいと思います。

 オンライン小説が駄目だと言いたいわけではありません。

 ただ、従来の書き方の小説と、インターネット上に掲載する小説は、はっきりと区別されるだろうと思います。


 新しい媒体の小説には、新しい形式や構成が必要になります。

 多くの作者が工夫して、段々作られていくのだろうと思います。

 作者の側も、一気に読んで欲しいのか少しずつ楽しんで欲しいのかを伝えることが必要かも知れません。

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オンライン小説と従来の小説の違いについて -「『こぼれた花びら』 ~創作について~」より抜粋 花和郁 @hananoiroha

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