第4話最終話

 如月はあからさまなため息を吐いた。

 

「全部嘘なんですよ」

 

「全部……?」

 

「ええ。中田さんたち学食組が腹痛を引き起こしていたことも、学食組が8人だと言うことも」

 

「それと、君は1番に教室を飛び出したのだから、トイレは自由に使えたと思うけどな。どこのトイレにも入っていない証拠だよね」

 

 上野のヤジは置いといて、如月の言葉に対処しよう。

 

「今は、学食の人数なんて関係あるか?」

 

「全くありませんよ。単に面白半分で聞いているだけですよ。ですが、学級委員たるものが、学食組の人数を把握していないなんて、それでよく学級委員が務まりますね」

 

 如月までも僕を嘲笑うのか。

 

「学食の人数なんていちいち把握できるか。気分によって行くか行かないか決められ……」

 

 如月は俺の声に被せて、話し出した。

 

「うちの学校は月極です。毎月毎月で料金を支払わないといけないのです。気分で行く行かないを決められるのは、食券を持っている9人だけなのですよ」

 

 俺もまだまだだな。頭に血が昇っていたよ。そういえば、そんなこといつしか言っていたな。ずっと弁当を作っていたからそんなこと忘れていたよ。

 

「そうだったなすっかり忘れていたよ。でも、学食の人数は何にも関係ないだろ。それ以前にこの茶番はなんだ。こんなことに付き合わされている俺らのみにもなってくれよ。事件はここいる4人で話し合って未解決だが終わったことなんだ。これ以上話をややこしくしないでくれ」

 

 如月はため息混じりの声でこういった。

 

「そうですね。私も厄介ごとはごめんなので、単刀直入にお聞きしますよ。加賀屋さんは5時間目と6時間目の休み時間はどこで何をしていたのですか?」

 

「だから、それは……」

 

「腹痛と言う嘘はつかないで、正直に話してください」

 

 なんだ如月のやつ。なんか怒っているように感じる。

 

「忘れ物だ。体育館に忘れ物をして取りに帰っていたんだ」

 

「らしいですがどうですか“浜井さん”」

 

 しまった。浜井は、6時間目が体育だった。

 

「僕が行った時は誰もいなかったよ」

 

「それは入れ違いになったんだ。俺は授業が終わってからすぐに体育館に向かったから……」

 

「僕も着替えてからすぐに体育館に向かったけどな」

 

 浜井。お前余計なことを。

 

「ほら、浜井の教室は3階で俺の教室は1階だから、到達するには俺の方が早いだろ。だから入れ違いになっていたんだよ」

 

 さっきまで如月の背後で笑っていた上野が、急に真顔になり如月を通り越して俺の前まで来ていた。

 

「君本当に醜いよ」

 

「何を言っている。君らこそ、こんなことをして何が楽しい」

 

「楽しくてしているんじゃないよ。僕はね、嘘をつく人間と犯罪者が嫌いなだけだよ」

 

「あいにくだが、俺はどちらも犯していない。健全な人間を騙して何がしたいんだ」

 

「いい加減諦めなよ。本当に醜いだけだから」

 

 上野は僕の前から移動して3人の前へと移った。

 

「浜井君。僕の顔をよーく見て。何か思い出さない?」

 

 浜井は顎に手を当て、右を見たり左を見たり目線だけは挙動不審になっていた。そして、何かを閃いたかのように手を打った。

 

「あ! 君は、体育館に上着を取りに来た人だ」

 

「よく思い出してくれたね。もし本当に加賀屋君が体育館に忘れ物を取りに行ったのならば、僕とすれ違わないとおかしいよね。それなのに、僕は君とすれ違った記憶はない。君も僕とすれ違ったとは一言も言わなかった。君は本当に体育館に行ったのかな?」

 

「そ、それは俺が正面入り口に方に回ったから会わなかっただけだ」

 

「それからどうしていたの?」

 

「普通にトイレに行って……」

 

「それはおかしいんだよ」

 

 上野までも俺の言葉に被せてきていた。

 

「君が正面玄関から入って2階の西側トイレを使ったとしよう。そうすれば、そこでもすれ違いが起きないとおかしいんだよ」

 

 ……そうか浜井か。この学校の階段は2つだから、いくら2階のトイレだとしても、階段を登れば浜井に出くわす。まさしく四面楚歌の状態か。

 

「それともう1つ。これは鮎川君、中村君、浜井君に訊きたいんだけど、彼女の靴の上に乗っていたものは何かな?」


「「クリーム」」

 

「クリームだよ」

 

 3人が口々にそう言った。

 鮎川は補足するように言う。

 

「クリームを乗せられていた彼女も、日焼け止めのクリームがこぼれたのかと思ったって言っていたから……」

 

 鮎川は何かに気づいて俺の方を見つめる。

 

「そうだよね。江川さん本人も、クリームだと。でも、それを違うものだと断定した人がいるよね。ねえ、加賀屋君」

 

 全員の疑いの目が俺に向いた。

 それからのことは余り覚えていない。ただ、如月に言われて新しいお菓子を買いに行ったことだけはよく覚えている。

 

 コンビニから帰った僕は、いつものように教室で机を並べ直していた。如月に聞いた生クリームとカスタードクリームが入ったシュークリームを見つめながら。

 如月の話によると、本人はここに戻ってくると言うのだから。にわかには信じでいないが、今だけは如月を信じようと思った。

 全て並べ終わるまであと3つといったところの話だった。こんな時間の教室には誰も来ないはずだったのに、ガラガラと音を立て前方の扉が開いたのだった。

 

「あれ。加賀屋君まだいたの?」

 

「ああ、そうなんだよ。やっぱり机を直さないと気持ちが悪くて。江川こそどうしたの?」

 

 そう、僕の前に現れたのは江川だった。

 

「うんとね。忘れ物。大事な課題を忘れて帰るとこだったんだ。さっき走っていると、如月さんと上野君に会って、課題の話をしていて、はっと思い出したの」

 

 あの2人そんなことまで。まさか江川が忘れ物をしたのも、あの2人の仕業じゃないだろうな。それはないか。流石にそこまでしていたら引くどころの話じゃないな。

 最後の3つを並べ終えて、軽く手を払い教卓に置いていた自分のカバンに手を伸ばす。気持ちの整理はまだできていないけど、心を落ち着かせるために深呼吸をして、カバンの陰に隠していたコンビニで買ってきたシュークリームを掴んだ。

 

「加賀屋君っていつも机並べ直しているの?」

 

 突然江川に話掛けられて身体が過剰に反応してしまったが、シュークリームはばれていない。

 

「ああ、うん。毎日ってほどではないけど、気になった時は大体しているかな。暇な時だけ」

 

「へえ、加賀屋君はすごく几帳面なんだね。私はズボラだから羨ましいよ。分けれれるのなら分けて欲しいよ」

 

「言うほどでもないでしょ。江川だってノートは綺麗に取ってあるし、ズボラではないでしょ」

 

「いやいや、そんなことないんだよ。家に帰ったら適当だし。学校だから猫を被っているだけなんだよ」

 

「それ自分から言うか普通。猫かぶっていることバレたな」

 

「みんなにバラしたら加賀屋君の秘密もバラすからね」


「僕の秘密って?」

 

「……この場で言うのは面白くないから、加賀屋君が言ったときにだけ私が言うから」

 

「さては何も知らないな」

 

「そんなこと言ってもいいのかな? 私、辻ちゃんと友達だよ。同じ学校だったから知っているでしょ、辻恋心つじこのみ

 

「ああ、知っている。言うほど仲良かったわけではないけどな」

 

「そんなこと言って、小学生の時は帰りが一緒で、よく一緒に遊んでいたんでしょ? もう聞いているからね」

 

 江川は何かを知ってそうなニヤニヤとした笑みを浮かべていた。

 

「そ、そうか……あいつと知り合いなのか……」

 

 それは困った。辻だけはだめだ。あのバカだけは。何を話すか知ったこっちゃない。

 

「では、こうしないか。江川はまだ俺の秘密を聞いてはいないんだろ。これをあげるから、今日のことは全て無かったことにしてくれ」

 

「おお! これは私の大好きなダブルシューじゃないですか! 仕方ないですな。これは私がもらってあげるから、今日のことはなかったことにしてあげよう。それじゃあ、私はそろそろ帰るとするよ」

 

 帰ろうと鞄を肩にかけていた江川を僕は声で引き留めた。

 

「江川!」

 

 振り向いた江川に一言だけ伝えた。

 

「誕生日おめでとう」

 

 初めは驚いたような顔を浮かべていた江川だったが、にこりと可愛く笑いかけて応えた。

 

「ありがとう。てか知っててくれたんだ。じゃあ、また明日!」

 

 大きく手を振る江川に小さく手を振り返して、江川が去って行くのを見守った。

 今帰れば、江川とどこかで会うかもしれないからと、机は全て並べ終わっているけど、10分ほど教室の中に留まった。

 言いたい言葉は言えなかったけど、これでいい。あんなことをしてしまった僕にはそんなことをする権利はない。如月、後のことは任せてもいいかな。俺は学級委員を辞めるよ。

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生クリーム事件 倉木元貴 @krkmttk-0715

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