第4話(最終話)
鮎川君、中村君、浜井君はそれぞれ、顎に手を当てたり、左上を見つめたり、こめかみ付近に指を当てて考え込んでいた。
何かを1番に閃いたのは鮎川君だった。
「そう言えば、加賀谷が初めに言い出していた」
「そう言われてみればそうだった」
「そうだよ。加賀谷君が言い出してた」
中村君も浜井君も追い打ちをかけるようにそう言った。みんなの疑いの目は完全に僕に向けられていた。
「ち、違う僕じゃ……」
さっきは如月さんだけど、今度は上野君に言葉を遮られた。
「君はどれだけ嘘を重ねれば気が済むんだ。学級委員が聞いて呆れるよ。もうこれ以上議論したって仕方ないだろ。君が正直に話して謝罪するなら終わる話だよ」
「違う! 違う! 僕じゃないんだ!」
「半液体状にまで溶けてしまったクリーム状のものを、生クリームだと判るのは犯人だけですよ。間近で見ていた陽葵ちゃんですら気が付いていなかったのですから」
言い返す言葉を必死になって考えていたけど、焦りと苛立ちが邪魔をして何も言葉が浮かんでこなかった。
「そうだ、いいこと思いついた。如月、江川に犯人が判ったと連絡して来てもらうのはどうだ?」
「それはいい案ですね。陽葵ちゃんもこれで一安心ですね!」
彼らは僕の私情をどこまで知っているんだ。今の今まで誰にも打ち明けたことがないのに、僕がされて1番嫌なことを……こうなってしまえばもう本当のことを言うしかないのか。この2人の口車に乗せられるのは癪だけど、江川さん本人に伝えられるよりはマシかもな。
「確かに俺だ。江川にプレゼントしよと思って、2ヶ月も前から練習して、やっとの思いで作ったお菓子も直接は渡せなくて、だから靴箱に入れようと思いついて、それで実行した。でも、授業が終わってこの暑さだから溶けていたらまずいと思って、誰よりも先に靴箱を目指していたけど……さすが陸上部だよ。僕は間に合わなかった……」
泣きたい気持ちでもないのに、自然と目からは涙が溢れていた。
「先輩やりすぎですよ」
如月さんがそう言って、上野君が苦笑いをして。あとの3人はどんな顔をしていたのだろか。滲んだ涙と、恥ずかしさで顔が見られなかった。
「僕はどこで間違えたのだろうか……」
小さくそう呟いた言葉に如月さんは優しく返してくれた。
「靴箱にお菓子を入れたところからですよ」
「そうだね。本当、直接渡せばよかったよ」
「プレゼントは直接渡さなければ、気付くてもらえませんよ。本来ならしたくないのですが、一応私も恋愛科学研究会に所属しているので、加賀谷君、あなたにチャンスをあげます。陽葵ちゃんはは、部活が終わった後、忘れ物を取りに1人で教室にやって来ます。部活が終わるまでまだまだ時間もあります。近くのコンビニに売ってある、生クリームとカスタードクリームが入ったシュークリームが好きだと言っていました。今からでも間に合いますよ」
僕はまず3人に誠心誠意謝罪をした。謝って許されることをしていたとは自分でも思っていない。たとえ殴られたとしても、それは自業自得。僕に彼らを責める権利などない。
「殴ったりしないのか?」
「はあ?」
「あ、ごめんつい……」
悪気はなかったが自然と鮎川君の方を向いて言ってしまった。
「何で? 殴る必要なんかなくない? 確かにお前のことは凄くむかついたよ、だけど、それとこれは別だろ。謝られたんだからこの話は終わりだろ」
そう言い残して彼は1人帰って行った。
「2人も本当ごめん……」
「はいはい、もういいって」
「そうだよ。僕ら友達でしょ」
中村君も浜井君もこうして帰って行き、残るは如月さんと上野君。
「どうして、僕が犯人だってわかったの?」
上野君は顎に手を当てて、考え込むようなポーズをとった。
「うーん。それは初めから」
「どう言うことだ?」
「だから初めからだった。如月が君が不審な動きをしていたから、ずっとつけていたんだよ」
「そうか。初めからだったんだな……」
「そんなことより、行かなくていいのですか?」
如月さんにそう言われ、僕は2人を置いてコンビニまで走った。如月さんに聞いた、生クリームとカスタードクリームのシュークリームを買い求めて。
教室に戻った僕は、いつものように机の整理を行なっていた。後1列で終わりと言うところで江川さんは現れた。
「あれっ? 加賀谷君、まだいたの?」
「ああ、そうなんだよ。やっぱり机を綺麗に並べないと気持ち悪くて」
「え? いつもそんなことしているの?」
「うん……まあね」
「へえ、凄い几帳面なんだね!」
「うん。よく言われる」
話すネタもここで尽きて、江川さんも机の横にかけていた手提げバックを持って帰ろうとしていた。
「あ……あの、江川さん……」
「うん? どうしたの?」
「こ、これ……きょ、今日誕生日でしょ?」
「え! どうしたの? 本当に貰っていいの?」
「うん。渡すために買ってきたから」
「ありがとう! 私このシュークリーム好きなんだ!」
「喜んでもらえてよかったよ」
「本当にありがとう! ちゃんと味わって食べるね。じゃあね!」
笑顔で手を振り江川さんは去って行った。机は全て並べ終わっていたけど、僕は自分の席で10分ほど時間を潰して教室を後にした。
生クリーム事件 倉木元貴 @krkmttk-0715
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます