第3話

「まだ事件は解決していないよね? なのにどうしてみんな帰ろうとしているんだい?」

 

 そこに現れたのは3組の上野一也だった。それと、同じクラスの如月歌恋もいた。

 

「上野君。人の話を盗み聞きだとは感心しないな」

 

 上野君は余裕な笑みを浮かべていた。

 僕ははっきり言って上野君は嫌いだ。この笑みが鬱陶しい。

 

「まあまあ、そんなこと言うなよ。盗み聞きしなくても、聞こえるような大きさで喋っていたのはそっちじゃん。それに、探偵役のお前に訊きたいことがあるのは、俺じゃなくてこっちの奴だ」

 

 そう言って如月さんに手を向けた。

 

「き、如月さん。僕に訊きたいことって?」

 

 いつもニコニコしている如月さんが今はずっと真顔だ。そんな顔に恐怖を覚えた僕の心臓は普段より早く動いていた。

 

「加賀谷さん」

 

「な、何かな?」

 

「あなたはいつも、教室のみんな机を綺麗に整理してから毎日帰っていますよね。そんな几帳面なあなたが、どうして今日だけは誰よりも早くここに来ていたのですか?」

 

「そう、この場には、もう1人怪しい人物がいたんだよ」

 

 聞く話によれば、上野君は誰ともつるもうとしないで1人でスマホを触っている大人しい人だと聞いている。如月さんも様子が変だし、なんなんだこの2人。

 

「如月さん。確かに僕はいつも遅くまで残っているけど、今日は少し用事があったんだ。それで早く帰ろうと……」

 

 如月さんは僕の言葉を遮った。

 

「では何で、鞄を教室に置いたままなのですか?」

 

「そ、それは、僕も焦っていたからね。鞄を忘れて取りに帰ろうとしてたよ。でも、その前にこんな事件が起きたのだから、ここに留まるしかないだろ」

 

「用事があると言いながら、何故ここに留まったのですか?」

 

「同じことを言うけど、クラスの人間が被害にあったんだ。学級委員としてほっとけるわけないだろ」

 

「それは素晴らしいお考えですね。さすが学級委員ですね。そんな学級委員さんはもちろん嘘などつかずに、正直に全て語ってくれますよね?」

 

「あ、ああ、もちろんだとも」

 

 いつものような笑みを浮かべていたが、上野君のようで薄気味悪い笑みだった。

 

「では、お聞きします。5時間目が終わった時の休み時間、あなたはどこで何をしていたのですか? 教室にはいませんでしたよね?」

 

「あ、あの時間は、お腹を壊していてトイレにずっと籠っていたんだよ」

 

「どこのトイレですか?」

 

「どこって? そんなのどこでもいいだろ? 恥ずかしいこと聞くなよ」

 

「いいえ、あの時は中田さんたち学食組の8人全員が一斉に腹痛を起こしていて、近場のトイレは全て埋めていましたから」

 

 ここの学校の男子便所の大便器は全部で26個。そのうちの2つは運動場の左右に設置されていて、部活や体育以外では遠くて極端に使いずらい。3組と4組の前にあるトイレには、大便器は2つ。2階と3階に同じ数だけある。少し遠いが特別棟に行けば、さらにトイレの数は増える。ただ現実的に手前のトイレしか行けない。特別棟の奥のトイレは用を足すには遠い。だが、近い順に埋めていっても特別棟が4つも余る。そんなことで僕を追い詰めたつもりか。甘いな如月さん。

 

「そ、そうなんだよ。埋まっていたからわざわざ特別棟のトイレまで行ったんだよ」

 

「嘘ですよ」

 

「はあ!」

 

 いけない。ついイライラしすぎて、怖い声が出てしまった。

 

「嘘とは一体何のことかな?」

 

 如月さんの背後で、上野君が笑いを堪える姿が視界に映ったが、見えていないふりをして心を落ち着かせた。

 

「だから嘘なんですよ」

 

「だから何が!」

 

「中田さん達学食組が腹痛を起こしていたことも、4組で学食を食べているのが8人だと言うことも」

 

 逆ギレをするのは1番ダメな行動だと分かっていても、心臓の音がうるさく頭がうまく回らない。

 

「学食組の人数なんて今は関係ないだろ!」

 

「ええ、単純に面白半分ですよ。でも、よくそれで学級委員を語れましたね。学級委員ならそれくらい把握していてもおかしくないですよね。まさか周りなんて見ていないのですか」

 

 そう言った如月さんはいつものように笑っていたけど、どこか怒っている様子だった。

 

「如月さん。悪いけど、話が逸れてしまっているよ。戻してもらってもいいかな?」

 

「そうですね。申し訳ありませんでした。では、もう一度訊きます。加賀谷さん。あなたは、5時間目が終わった時の休み時間、どこで何をしていたのですか?」

 

「だからそれは、トイレに……」

 

 僕が話ている途中だと言うのに、如月さんは割り込んだ。

 

「それはさっき嘘だと証明されましたよ。正直に話すと約束したのに、学級委員がそれでいいのですか?」

 

「だ、だから俺は!」

 

 つい大きな声を出してしまい、この場の空気は完全に固まっていた。みんなからも疑いの視線を向けられ、もはや僕1人でこの空気を変えることは不可能になっていた。

 

「ははっ。面白いことになってきたから、僕からも1つ面白いことを言おうか」

 

 上野君は突然そう言った。

 

「被害者の彼女、すなわち江川は一度も靴についたものを“生”クリームとは言ってないんだよね。そう言えば、誰がはじめに靴に付いたものが“生”クリームって言い出したんだっけ?」

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