望月 幸福

知り合い

これは死です。


私には好きなものがありました。私は音楽、それだけが好きでした。ある人の書く曲たちが好きでした。何より、愛しく思う。それを、自己紹介欄、likeには書けません。私には強く独占をする癖がありました。他に知られたくない、と思いました。私が彼の曲の何を知っていたのかはさておいて。

曲たちは、いつも、私の心を満たしました。それは、救いでした。憂鬱から逃れるとき、また、曲を聴きました。それは、憂鬱でした。救いから逃れるときにも、それら曲を、聴きました。摂取と言っても過言ではない。彼の曲は実際、私に痛みを忘れさせたこともありました。魔法のようでした。リアルでした。私はそんな曲たちが好きでした。助けられていた。頼っていた。愛していました。

私の知り合いのうちに、素晴らしい女性がいます。彼女は知り合い中でも特に優れており、それは、勉学であったり、(珍しく、協調されぬ)自主性であったり、……それはもう、良い人。素晴らしい人。真面目に生きてきたと彼女は言った。私も同じ思いです。正当に評価されてほしい人です。彼女は(彼女のほうから私に笑いかけました)、私と関わる機会が多く、様々なことを話しました。好きなものを、話しました。彼女の好きだという漫画を薦められたこともありました。私は、音楽が好きです。私は先の、”彼”の曲のひとつを薦めました。私は浮かれていました。彼女が笑って言ってみせた、頼りにしているという言葉が、嬉しく感じられて、唯一の好きを彼女に分け与えました。彼女は感想をくれた。〇〇がよかった、〇〇が好きだ、と言った。私こそ、よかった、と思った。同じ4分を共有した事実が嬉しかった。受けた印象を語る姿に思わず笑みがこぼれた。押し付けたも同然な曲だが、彼女の大切に扱う態度が心地よかった。それと同時に私は後悔をしました。しています、今も、強く。矛盾している?いいえ。当然の感情です。…矛盾している。えぇ、確かに、おかしいのでしょう。私は私の独占したいという感情を、もっと大切に、慎重に扱ってやるべきだった。そうしなければならなかった。私の好きは音楽以外、彼の曲以外何も無かったのですから。私は特別を失いました。そうして、やっと理解できました。私は彼の曲が好きなのではなかった。有名とは言えない彼の曲が(目に見える範囲で)私以外に知れていないとき、私を満たしたのは優越でした。それが好きで、それを愛していたのです。それは硝子だった。私はそれを大切に抱えてきたつもりでした。六年、背が伸び続ける間、傷がつかぬように。その硝子に罅を入れたのは、やはり私でした。曲たちを愛していたはずの私は本意との差を気付かされ傷つき、特別を失った私は途方に暮れました。素晴らしい彼女のことも、素直に見れない。複雑に思います。

そうして、これらはすべて私の誤断からうまれたということ。私は私から好きを奪い、追い込みました。滑稽にも程があるでしょう。”こんなこと”で憂鬱に沈む。抜け出すためには曲たちを聴くこと以外、私にはそれしか無いのです。罅割れた今も、いつか粉々になったときにも唯一の寄り辺は彼の曲であり、それ以上は、この世界には無い。私には、それしか。


だから、これは、私の嗜好の崩壊です。

これは、死です。

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望月 幸福 @Berry_25

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