ボクは童貞という存在を知らない

金沢出流

ボクは童貞という存在を知らない

 たぶん、小学生の時分である。

 その時分、カメレオンクラブというゲームショップが神奈川県横浜市に存する日吉には存在した。小学生のボクはその店の熱心な常連であった。ゲームというモノそれ自体に惹かれていたのもあるが、その店で働くヒトビトに魅入られていたからである。

 日吉という町は特殊である。もちろんその町で生まれ育った当時は特殊であることなんて知らず、その特殊性はボクにとって普通であったし、まるで特別な町でもなんでもなかった。

 日吉は学生街だ。慶應義塾大学の日吉キャンパスなるモノが日吉駅から綱島街道という、かつて日吉の隣町である綱島で作られた果物が銀座千疋屋まで運ばれるのに使われていたという街道、その道ひとつを隔てて、ご立派に拡がっている。

 その反対側に蜘蛛の巣のような放射線状に商店が広がる町、そのような商店街でボクは生まれ育った。


 当のカメレオンクラブには慶應義塾大学の学生たちが複数、勤めていた。恐らく慶應幼稚舎や、慶應普通部からエスカレーター式に慶應義塾大学に進学した本物のエリートたちではなく、慶應義塾大学の内部カースト的には下の部類にある、外部進学によってエリートの仲間入りを果たしたヒトビトだろうと今になって思う。現に在学中にゲームショップでアルバイトをしているのだから恐らくその邪推は当たっているだろう。

 そして彼ら彼女らカメレオンクラブで働く従業員たちはオタクばかりである。時は21世紀を迎えたばかりの2000年初期の話だ。とみに肩身の狭かったことだろうに、そこは慶應義塾大学に所属するエリートであるから、その肩身の狭さも、かの時代にしては軽いモノであったろう。


 ちいさなボクはそこで彼女と出逢った。慶應義塾大学の理工学部に所属する女性である。当時二十歳そこそこの透き通るような玲瓏な声色が特徴的な女性であった。そして彼女はオタクでもあった。熱心なポケモンカードオタクだった。運のいいことに、運の悪いことなのだろうか。いまだわからない。その点はボクには判断しかねる部分がある。保留したい。

 話を戻そう。

 彼女と出逢った小学生当時のボクもまたポケモンカードオタクであった。


「リザードンが出ない」とちいさなボクは諦念の思いを込めて吐露した。親からのお小遣いは使い果たしていたし、家に乱雑に放置されていた小銭などの現金をくすねて得た金銭もポケモンカードの購入につぎ込んだ、それほど当時のボクはポケモンのリザードンが好きだったし、どうしてもリザードンのポケモンカードが欲しかった。


「もってるよ?」と彼女は笑いを抑えて言った。

「そんなこと知ってるよ」ちいさなボクはすこし拗ねて、でもなんとか怒気を隠して言った。でも大人の女性で、アタマも良い彼女からしたらボクが拗ねていることも少し怒っていることもお見通しだったに違いないと思う

 ……いや、これではだめだ。

 本当のことを言おう。少しではない。拗ねていた。怒っていた。でもそれは隠したいことだった。大人になってこれを書いている今でも隠したい恥ずかしい自分だ。味のしないチューイングガムのような、そういう、矜持だ。客観的にみれば捨てるべきモノなのだ。


「交換してあげよっか?」にやにやとした笑みを隠さず彼女はそう言った。

「いいの!?」ボクは驚いてそう答えた。ありえないことだった。せっかく手に入れたリザードンのカードを手放すなんて、当時のボクからしたらありえないことだった。隠したはずの怒気は刹那に消えた。

 アルバイトをして、ポケモンカードのパックを剥いている彼女と、親の金をくすねてパックを剥いているボクとではリザードンのカードの価値が違うのだから、大人になったボクからしたら大した発言ではないのだけれど、当時のちいさなボクからしたらとんでもないことで、ありえない選択肢で、彼女は冗談で言っているのであろうとさえ思ったが、リザードンのあの格好のいいカードを交換してくれるという彼女からの蠱惑的な提示は、どうせ冗談だろうというボクの想いを自身の思考の見えない部分に追いやって、彼女の交換の提案に縋り付いた。


「カードトレーナー認定証とならね」とまたも彼女は意地悪な性格を隠さない笑みを浮かべて言った。ボクは沈黙するしかなかった。カードトレーナー認定証というカードは対戦に使えないプロモーションカードだ。そもそもデッキにも組めないカードで、ポケモンカード対戦においてはなんの価値も存在しないカードだった。それでも彼女がそのカードを欲したのは彼女にはそれを手に入れることができなかったからだ。


 カードトレーナー認定証というカードを手に入れる手段は少ない。かつて東京の日本橋に存在したポケモンセンターという施設で行われたカード大会において、五十人のカードプレイヤーと対戦しなければ入手することができないカードだった。

 読者諸賢にも想像に難くないだろうが、黎明期のポケモンカードというのはこどもたちのためのカードゲームだった。もちろん大会に参加するのはこどもたちばかりである。現に大会に参加して五十人以上のカードプレイヤーと対戦したボクも、その大会の場で大人と対戦したことはない。そもそも大人は参加できなかったのかもわからないし、参加できたとしてもこどもたちしかいないその大会にひとり、大人として参加するのは彼女にとってさえ憚られることだったろう。


「これだけはだめ……」ちいさなボクが熟慮熟考の果てに繰り出せた言葉は、こんなこと言いたくないのに、このカードを差し出せばあのリザードンが手に入るのに、でもこの交換に応じてしまったらボクはカードトレーナーとしての認定を取りあげられてしまう。大人のボクからしたらもちろんそんなことはないと軽く言ってしまえることなのだが、ちいさなボクのその言葉はいくら説明をつくしても語ることのできない。今のボクから言わせればウィトゲンシュタインの論理哲学論考に記されてあるかの有名な一文のような想いのこもった、ちいさなボクなりの七文字の言葉だったのだろう。


「しようのない子だなあ……ならうちにきて私が満足するまでポケモンカードで対戦してくれたらキミのカメックスと交換してあげる!対戦する機会なんてバイト中にこのレジでキミとするくらいしかないんだもん」と彼女は言った。そう言った彼女の表情をボクは覚えていない。ちいさなボクにとって彼女のこの言葉は歓喜の言葉なのだ。彼女の表情など覚えているわけがない。聴覚から得られた歓喜の情報によってボクの脳みそは支配され、視界から得られていたはずの情報が記憶に残るわけがない。


 かくしてボクは童貞ではなくなった。そして忘れられない事実がある。彼女の家には多種多様の多肉植物が飾られていた。乾燥した地域や、砂漠地帯原産の植物のコレクションだ。それはちいさなボクからみても、大人になった今、脳裏にみるモノとしても。とても美しいコレクションだった。

 多肉植物の上に広がる掃除をし損ねたであろう蜘蛛の巣のありようも含めて。

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