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渡貫とゐち

新参、ノルンの武具屋


「はいはいっ、冒険者のみなさん、ちゅうもーくっ!! あっしは出張武具屋の新参店長を務めてるっす、ノルンと言うっす。今日はみなさんにお得な情報を――ってちょいちょい!? なんで逃げるんすか、せっかく大幅割引価格で新作も型落ちも修理も強化も承ってあげようって言ってるのにーっっ!!」


「いや、あのな? ……ノルン? って言ったか? 一目見て分かる新人に、自分の命を預ける武器と防具を任せるわけねえだろう。それによ、大方の冒険者には、既に長い付き合いの店があるんだよ……得意先が急に潰れたりしたら話は別だが……」


 左右に白い羽根付きの帽子を被り、勢いよく酒場に乗り込んできた(?)少女。胸にさらしを巻いた、全体的に幼く肌色が多い彼女は、分かりやすく頬を膨らませていた――彼女の中では宣伝すれば喜んで客が集まってくると思っていたのかもしれない。

 考えが甘いのは、言うまでもない。

 そういうところもまだまだ幼い――見た目だけでなく、店主としてもまだまだだった。


「悪いが、嬢ちゃんのところの商品を利用する気は、」


 仕事帰りのようで、赤い鎧を纏った老兵が、酒を飲んでいると……、


 ――少女を突き飛ばすように酒場へ入ってきたのは、老兵の知り合いだった。

 彼は息を切らしながらも、しかし言葉は乱れていなかった……体力自慢は冒険者の証である。


「――おいラウル、聞いたか!?」

「急になんだ。聞いてねえよ。どうした?」


「お前の武器と防具のメンテナンスを任せていた店主が、落石事故で――」

「……マジかよ」


 長い付き合いの知り合いが事故に巻き込まれたらしい……。

 年齢的にも既に危険水域に入っていたとは言え、まさか事故でとは……。


「……にひひ」

「おい、仕事の付き合いとは言え、古い知り合いが死んだんだ……そんな時に嬉しそうな顔をしてんじゃねえよ、失礼だぞ」


「おっと、失礼しました。顔に出すのはまずいですよね……ご愁傷様です」


「もう遅ぇよ。……まあ、あの店主も老い先短いってのに、頻繁に魔物の巣窟へ足を運ぶからな……人件費削減とか言って、危険な場所に自ら行って、素材を集めてくる……。こだわりが強い、しかも癖のある店主だったが、オレは好きだったんだがな――まあ仕方ねえか」


 老い先短い、と言えば、彼もそうなのだが……、未だに鎧を纏って剣を握り、現場に出ている自負があるのか、老い先が短いとは思っていないようだ。


 年齢を重ねても、体が丈夫なら長生きする……、確かに、持病もなければ流行りの風邪も引いたことがない。外傷はあれど、防具とスキルのおかげで最小限だ。

 体にガタは、まだこない。


「では、お得意先を失ったラウル様は、今はフリーなんすよね? 武具のメンテナンスは自分の手で? 面倒ならば全てを承りますけれど? あっしが店主を務める『ノルンの武具屋』と契約しませんか? 今なら最大価格でお安くしておきますよー?」


「……まだ小便くせえメスガキじゃねえか……、お前、腕は確かなんだろうな?」


 にこにこと営業スマイルを崩さないノルン。まだガキだ、という部分に眉がぴくりと動いたが、反論するほど癇に障ったわけではないようだ。


「ご心配であれば、お店の方を一度覗いてみますか? さすがにここで、口約束で済ませるつもりはありませんし、巧妙な軽口で騙す気もありません。あっしも武具屋のはしくれ、腕を評価されたいに決まっているでしょう? ――下手なものを上手いと評価されて嬉しいタイプではないんすよ」


「ああそうかい……なら、一度顔を出しておくとしよう……。メンテナンスだけか? 武具に耐性や、追加で属性を付与することはできるのか?」


「もちろん、できるっすよー」

「なら、前向きに検討してやるよ」



 ノルンの武具屋は船の中にある。

 出張がメインとなれば、馬車よりも船の方が移動がスムーズだ。彼女自身もよく動き、飛脚としての経験もある。船を拠点としながら世界を移動し、山奥や地下道、雲の上など、船ではいけないところは彼女の徒歩で埋めている……。

『いつでもどこでもメンテナンス』が売りに見えて、仕入れた装備の質も良い――というのは、実際に目で見た老兵の判断だった。


「いいじゃねえか。お前の作る装備、気に入ったぜ」

「ほんとっすか! じゃあ契約成立でいいっすよね!?」

「ああ、構わねえぜ……で、気になったんだが、このポスター……」


「ああ、それはあっしの店の特徴にしようかと思うんすよ――冒険者のみなさんはステータス画面が見れるんすよね? 外からあっしらは見られないんで、どういう風に見えているのかは知りませんが……、冒険者の頭の中を目の前に出力している、という仕組みくらいなら聞いたことがあるっす」


「まあ、そういう認識でいいんじゃねえか? 自分のステータス数値、状態異常、強化項目やマッピング済みの地形や知っている敵の情報なんかは目の前に見えるようになってんだ。意識すれば見えないようにすることもできるが……、冒険者になった時にギルドマスターから受け取れる『恩恵ギフト』ってやつだな。……で、それとこのポスターの内容に繋がりがあるのか?」


「はいっす。あっしの店のお得な情報をいつでも知ることができるように、ステータス画面に映り込むようにするんすよ……、リアルタイムで更新される情報っす。あっしの魔法でちょちょいとできてしまえるので、契約してくれるならお得な情報をタダでお渡ししますよ……定期購読費用などは必要ありませんし」


「そうか……無料なら貰っておくか……」


「しかもっ、映り込んだ広告を指でタップすれば、ガチャガチャができるんすよ……知ってます? ガチャガチャ。子供がよくやってると思うんすけど……」


「あー……、なんか町でガキが集まってハンドルを回してるのを見たことあるな……手の平サイズの商品しか出ねえから、損した気分になるからやったことはねえが……」


「商品券が入っている場合もあるので、サイズは気にしないでいいと思うっすけどね。そのガチャガチャと同じで、画面上でガチャガチャができるんすよ……ハンドルは回せませんが。まあくじ引きだと思ってもらえればいいっす。運試しっすね。武器防具の購入、メンテナンス時に使える割引券が当たることもあるので、一日に一回、押してみるといいっすよ」


 割引券はともかく、ガチャガチャというシステムは、老兵には響かなかったようだ。


「……運試しね。どうせお前が操って、当たりが出る出ないを決めてんだろ? 美味い話には裏があるもんだ……」


「これに関しては完全に運っすよ。あっしも、そこまで高度な魔法を使えるわけではないので……、一度魔法をかけてしまえば、後はその日の運で決まります。ラウルさんの魔力を利用していますしね。もしかしたら連日で半額の割引券が当たるかもしれませんっすよー?」


「まあ、騙されてやるか」

「あざっすぅ。じゃあ、契約成立と同時に、広告の魔法もかけておきますねー」


「おいノルン」

「はいっす?」


「……よろしく頼む。冒険者にとって武具は、弟みたいなもんなんだよ」

「分かってるっすよ。頂いた信用をすぐに失うわけにはいかないっすから」




 ノルンとの付き合いが始まってから、半年が経った。

 まだまだ半人前、と思っていたが、腕は確かなようだ。ここ半年間で、めきめきと成長し、武具屋としても頭角を現してきている……、利用する客は老兵だけではない。


 今やお抱えの冒険者の数は大手の武具屋に迫る勢いである。


「さすが、ノルンの武器だ……切れ味がまったく落ちねえ――」


「なんだ、ラウルもノルンの常連か? 実は俺もなんだよ……いいよな、あの子。女の体をしてるのに、それに自覚がないってところがまた……」


 半年間で、体の方も成長していた。

 胸に巻くさらしが、いつ解けるか、気が気ではない老兵だ。


 年齢的には父親どころか孫くらいの差があるのだが……、彼女が心配過ぎる。


「まだガキじゃねえか。つーか、そういう目で見て契約したわけじゃねえよ……、あいつのことをそういう目で見るなら、お前を魔物の巣窟に置き去りにしていくからな?」


「冗談だっての……。マジな目になるなよ……お前はあの子の父親かよ」


「もっと年齢に差はあるが……似たようなもんだな――くるぞっ、あいつがボスだ!!」


 舞台は雪山。

 今回の依頼は討伐である。

 周辺の町や村に多大な被害が出ているため、早急に処理する必要があった。


「――ラウル、俺が囮になる。お前は今の内に属性を付け替えて、あいつの弱点を突け!」

「ああ!」


雪上せつじょうリザードマンの弱点属性は炎だ……、ノルンの武器属性スロットの雷を外して、炎をタップして――)


 ラウルの指が、ステータス画面上の属性変更ボタンへ伸びたが――


「あっ、なっ!?」


 その指は、突然現れたノルンの武具屋の広告に触れてしまう。


 まるで向かってきた指に吸い込まれるように、広告の枠が移動した……?


「おいッ、ラウル――」

「……、ッ、がぁはっ……!?」


 雪上リザードマンが振り下ろした棍棒が、ラウルの頭を叩いた。


 被っていた兜が割れる。防具のおかげで緩和されたとは言え、それでも強烈な勢いだった。

 衝撃は老兵の頭部を貫通し、彼の意識を揺さぶった。


「――お前っ、なにやってんだよッッ、属性の付け替えくらい一瞬で――」

「ち、違う……画面に、ノルンの……」


「なんだっ、聞こえねえっ!? お前にくっついてた雪上リザードマンがこっちにきて、二体を相手にしてんだっ、手が足りねえよ早く起きろォ!!」


 雪の上に手をつきながら、老兵がなんとか起き上がる。

 同行していた彼を助けることもそうだが、優先するべきは同じ失敗を引き起こさないための注意喚起だ。


「き、気を付けろ!! ノルンの魔法が、オレらのステータス画面に出てきてるのは知ってるよな!? ……スキル付け替え画面も関係なく一番上に出てきやがるもんだから、スロットの位置と被れば誤タップでガチャが起動しちまう――押したら最後、数秒は画面が固定されるぞ!!」


「――はぁ!? やべ、押し――ちょっと待てっ、俺もスキルが発動できねえ!!」


「おい、上――」

「あ?」


 棍棒ならまだマシだっただろう……、振り下ろされたのは、いつの間にか持ち替えていた、剣だった。


 その刃は鎧の隙間を狙って入り込み、冒険者の肉を裂く。

 滴る赤い液体。

 体温と共に、命までも奪っていく――



 ………………雪の上の赤色。

 倒れる二人の冒険者……。

 命が尽きるその寸前、彼らは聞いた――



『――おめでとうございまっす、半額割引券、大当たりぃっすっっ!!』



 彼らが死の間際に聞いたのは、聞き慣れたいきつけの武具屋の店長、ノルンの声だった……。


 最後にその声が聞けただけでも、冒険者たちは満足だった。





 …了

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