第30話 統合失調症は脳の心身症!

『統合失調症のノンアドレナリン説:開けゆく展望』(山本健一著、星和書店、2023)を読む。


「第八節 脳も心身症となる」(p.289ff)


という小見出しの付いた興味深い節を見つけたので、忘れないうちに肝要な部分を引用しておきたい。


「本書ではこれまで、脳内ノルアドレナリン系はストレスにおける精神的変化を担うシステムであり、過度または長期にわたるストレスによって、この系自体に、その後に残る異常が引き起こされること、またこの脳内ノルアドレナリン系の異常が、多くの精神障害において重要な役割を果たすということもすでに見た。その中でも統合失調症は、ノルアドレナリン系の異常が最も進んだ形と言える。

 生物学的基礎があるということと、心理的原因があるということは、こうして全く矛盾しないのである。」(p.294)


 同感である。

 もう数十年前、K大学臨床心理学研究室に内地留学した時に、当時助教授だった山中康裕先生が、「分裂病(当時の名称)は脳の心身症」と説いていられたことを思い出す。

 その後、あまり話題にならなかったのは、その後の圧倒的な生物学的精神医学の流れの中で顧みられなくなったのかと思っていたが、こうして40年もたって復活したわけだ。


 脳の心身症説が、長いこと無視されてきたのは、心身症の原因となるストレスなるものが、自然科学の言葉では語りにくいからだと思われる。


 以前、第26話で紹介した『ストール精神薬理学』にも、統合失調症の神経発達障害説を解説するのに、脳の再構築のエラーをもたらす要因としては遺伝的要因と並んで、累積する環境ストレスの要因があげられ、その例として「幼児期の虐待・いじめ」があがっている。


 けれども、いじめがストレスであることは、いじめを受けている本人にしか分からない主観的世界の出来事だ。

 だからといって、ストレスをストレスホルモンの分泌によって定義しようなどとしたら、それこそ本末転倒だ。ストレスホルモンがストレスホルモンと呼ばれるのは、そのホルモンの活動が盛んな個人が主観的にストレスを訴えるからでしかないのだから。


 そのように、ストレスが主観的体験であるからといって、全く学問的に研究できないわけではない。

 たとえばいじめならば、いじめを受けている本人に体験を語ってもらい、それを「事例」として記録する。そうして、多数の個人の体験事例を収集して比較考察し、いじめがストレス体験として成立するにあたっての共通の体験構造を抽出する。


 そのような研究手続きの事を現象学的方法という。自然科学とは違うが、現象学的方法を用いる心理学であり、人間科学としての心理学といえる。

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