第15話 「統合失調症は普通の病気」か?
精神医療におけるごまかしの三位一体・その2)「統合失調症は普通の病気です」
この、普通の病気ということも,最近,精神医療・福祉の領域でよく耳にするフレーズである。スティグマに抗するというその善意は疑いえない。
にもかかわらず,ここにもやはり重大な
「この精神障害という病は,世間の人たちが差別しないで,普通の病気と同じだと理解して,心からそう思うと言われても,私は信じることができません。ほかの障害に対する気持ちの動きとはまったく違うと思うからです。」(p.42-43)。
「「統合失調症は百人に一人がかかる病気です。身近な病気なのです。決して恐ろしい病気ではないのです」―家族会などでよく耳にする話ですが,本当にだれでもなりえる,よくある病気だったら,もっと,医療も,福祉も,進歩していていいのではと思うのです。「よくある病気」だとしても,「本人だけでなく周りも病んでしまうほど,たいへんな病気」であることも,きちんと話してほしいと思います。」(pp.142-143)。
筆者自身も,兄の病歴を,そして症状の変転と医療側の対応に翻弄されたまま逝った両親の無念を想うと,普通の病気などとは
そもそも「普通の病気」という医療側の説明には,満足のいく根拠が示されるのを見たことがない(京大精神科教授村井の、「統合失調症は普通の人が患う普通の病気である」(2020,p.48)という主張にいたる考察にしても,臨床医の臨床的印象の域を出ないと感じられる)。
何が普通かの問題は立ち入ると煩瑣な議論になってしまうので,ここではより直観的に分かりやすい方法を取ろう。すなわち,「普通でない病気」と「普通の病気」の例を一つずつ挙げて統合失調症と比較するのである。
ここで普通でない病気として挙げるのは70年前のガンであり,普通の病気としては今日のガンを挙げよう。
70年間の医療の進歩で普通でない病気が普通の病気になった。この歩みは統合失調症にとっても示唆的ではないだろうか。
70年前,黒澤明監督の『生きる』(1952)という映画が公開された。
実直な市役所の職員だった中年の主人公は,医師には直接告知されないまま(当時は非告知が普通だった),自分が胃ガンであり半年のいのちであることを察知する。
これまでの自分の人生とは何だったかを
そのうち,児童公園新設の住民陳情が,窓口でたらい回しにされていることに,しかも自分自身がたらい回しの元凶の一人であったことに気づき,あらゆる妨害をはねのけて計画の実現に尽力する。
そして半年後の夜更け,開園を明日にひかえた児童公園のブランコに揺られながら,力尽きて息を引き取るのである。
この感動的な物語には,当時「よくある病気」だったにもかかわらずガンを「特別な病気」にしていた全てが込められている。
本人告知がされないこと。病気のメカニズムが分からず治療法も限られていたこと。そのため根拠のない様々な民間療法が,ガンを取り巻く神秘性のオーラさながら繁茂していたこと。
そして物語の中心にあるのは,患者の生き方の,価値観人生観の転換であった。
それから70年。ガン医療は飛躍的に進歩した。
メカニズムがほぼ解明され,治療法も日進月歩である。
本人告知が当たり前になり,「ついこの前,肺に転移したガンを手術しました」といった日常会話が身辺にも飛び交うようになった。
筆者も数年前からガン治療中の身となって実感したのは,いつの間にかガンが普通の病気になったということだった。
なによりも治療中だからといってQOL(生活の質)がたいして下がるわけではなく,筆者の年齢では統計的に余命がさして短くなるわけでもない。
生き方の転換など特に必要はないのだった。
特別な病気から普通の病気へのガン医療の70年の道程のどこに,統合失調症を対応づけるのがよいかというと,どう見ても現在よりは70年前に近い方になるのではないだろうか。
メカニズムが分からず治療法が限られていること。生き方の転換が必要とされる場合があること、等々。
「ふつうの病気」というフレーズの
誤解のないよう付け加えておくが、統合失調症は本質からして普通の病気ではないなどと、言っているわけではない。
「統合失調症を普通の病気にすること」は、精神医療にとっての、福祉行政にとっての、そして社会全体にとっての、目標なのだ。
今は目標であるものを確立された科学的知識であるかのように語ること。ここに精神医療界のごまかしの構造がある。
さらに言えば、知ったかぶりの構造がある。
この知ったかぶりの構造は、三位一体の第三である「統合失調症は脳の病気です」のフレーズで、いよいよもって明らかになる。
【参考文献】
兄妹姉妹の会(編)(2006)『精神障害のきょうだいがいます』.心願社.
村井俊哉 (2020) 統合失調症を改めて考える.こころの科学210(3月号),44-49.
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