第16話 「統合失調症は脳の病気」か?

 精神医療におけるごまかしの構造・その3)「統合失調症は脳の病気です」

 ―これも近年,他の二つのフレーズと並んでよく聞く言葉だ。

 

 脳の病気である以上,ガンや糖尿病など身体の病気とかわりない「普通の病気」に違いないし,ガンなどと同様に生物医学の進歩によって「治る」ようになる,というように,三つのフレーズは三位一体をなしているのである。


 にもかかわらず,「脳の病気」とはそれだけでは何も意味してはいないといわざるを得ない。


 そもそも,「医学の各分野は,特定の臓器とその機能を扱うが,精神医学の場合,臓器=脳であり,機能=こころである」(笠井,2013, p.31)というように,医学界のいわば標準的見解が「心は脳の機能」としている以上,論理的にすべての心の病気は脳の病気となり,ゆえに統合失調症も脳の病気である,というだけの,無内容な主張になってしまう。


 もし脳の病気ということに何らか実質的な意味を含めるとすれば,それは,梅毒性進行麻痺やアルツハイマー病や、さらには幻覚を主訴とするレビー小体型認知症のように,生物学的基盤が明らかになっていなければならない。

 ところが一方で,次のような記述を標準的な教科書の中に見る。


 「この統合失調症は現時点ではあくまでその原因,症状,治療,経過などが医学的に解明されていないものの,その生物学的な基礎がいずれ明らかになることが想定されている症候群の総称であり,それが医学的に解明された時点でXX病という新たな疾患概念ができる」(橋本,2013,p.103)。


 「内因性精神病である統合失調症の原因を生物学的に解明すると解明した時点でそれは外因性となり,統合失調症でなくなるという一見パラドックスが生じることを述べたが,これは医学の進歩とともに起こってきている」(ibid.p. 106)。


 これで見ると,「脳の病気」とは統合失調症研究もしくはであって,一般社会に向けて科学的事実として語れるような確立された知識ではないのである。

 

 おまけに脳の病気という言説の問題点として,第一に,脳の病気という言説は,差別と偏見をなくすこと(業界用語でいう「脱スティグマ化」)に,貢献するどころか逆効果になりかねないことがある。

 これについては次回に回そう。


【参考文献】

橋本亮太(2013)「病因と病態モデル」.日本統合失調症学会(監修),『統合失調症』(pp.103-114).岩崎学術出版社.

笠井清登(2013)「精神医学とは何か」.中山剛史・信原幸弘(編)『精神医学と哲学の出会い』(pp.30-35).玉川大学出版部.

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