第14話 「統合失調症は治る」か?

精神医療におけるごまかしの三位一体・その1)「統合失調症は治ります」


 ―このフレーズ自体は,不治の病というスティグマに抵抗する意図があるし,茫然自失した家族を励ますという善意も疑い得ない。


 にもかかわらずこれをごまかしとして槍玉に挙げるのは,これまで何度か触れてきた医療側と家族の側の意味の齟齬そごが,重大な結果をもたらすゆえである。


 くりかえすが医療側の「治る」とは,退院して家で日常生活ができ,再発もしない状態を言うのである。

 ただし「再発」防止のため薬は一生飲み続けねばならないというのだが。


 他方,家族の側では「治る」の語で,文字通り元通りになることを期待する。(全家連で理事を務めた精神科ソーシャルワーカーの滝沢(2017)も、「家族・きょうだいからすれば、発病する前の元気な本人に戻ることが「病気が治る」ことだと考えるのは、私にもよくわかります」(p.156)と述べている)。

 だから家でゴロゴロしていると叱咤激励して再発のきっかけをつくってしまうのだ。


 そもそも「再発」とは誤解の元になる表現であり,その点,最近用いられるようになった「再燃」(村井,2019)は,灰に埋もれて何かが燻ったまま,きっかけがあれば燃え上がるという状態を表現してより適切と思われる。


 また,最近注目されるようになった「リカバリー」(レーガン,2005/2002)は,「治る」の代わりとしてより妥当と思われるが,すでにふれたようにカタカナ英語が家族の側の理解を妨げる恐れがある(「パーソナル・リカバリー」に至っては最悪である!)。


 「回復」でいいのではないか。


 医療側の説明としては「治りますか」の問いへの答えとしては,(心ある医療者の方々は各自工夫されていると思うが)「完治は難しいでしょうがそれなりに回復して意義のある人生を送ることは可能です」といったところだろうか。


 そしてここが最も重要なところであるが,このような説明を受け入れることは,患者と家族の側の価値観の転換を必要とする場合が出てくるということだ。


 すでに述べた,兄の再発を知ったころの筆者の正直な思いを繰り返すならば,「人並みの人生をあきらめて,もっと気楽に生きる」となるだろうか(向谷地・浦河べてるの家(2006)の「降りてゆく生き方」(p.3)は,これに近いことを言っているのかもしれない)。


 「治ります」などと言っていては,このような生き方の転換,価値観の転換の機会が失われてしまうのではないか。


註)「人並みの人生をあきらめ‥‥」とは誤解を招く言い方かもしれないので、兄の場合に例をとって具体的に説明しておく。

 第4話でも述べたように、勧められていた公務員を蹴って、兄が民間企業、それも大手の商社を選んだのは,政治意識の高さが一因になったとしか思われない。伝統を誇る某左翼政党に「入党」したと聞いていたし,入社後も「企業内細胞」の会合に出席していたらしい。T大出のコースの一つとされていた高級官僚のような道は望まなかったのだろう。

 けれども、健常者でもハードな商社員を務めながら、服薬を隠し「党員」であることを隠しつつ、「革命の機が熟すまで潜伏し」続けるというのは、どう見ても人並み以上の生き方としか思えない。

 けれど、政治意識のきわめて高い兄にとっては、それこそが「人並み」の生き方だったのだろう。

 後日談になるが、今年の春に、その伝統を誇る某左翼政党では、党首公選を主張する本を出した古参党員が次々に除名されるという、騒動が起こった。

 これを見ても、兄の生涯を賭するに足る値打ちのある「党」であったとは、どうしても思えないのだが(ここでは政治談議はしたくないのでこれ以上はやめておきます‥‥)。


【参考文献】

向谷地生良・浦河べてるの家(2006)『安心して絶望できる人生』.NHK出版(生活人新書).

村井俊哉(2019)『統合失調症』.岩波書店(岩波新書).

レーガン,M.(2005)『ビレッジから学ぶリカバリーへの途――精神の病から立ち直ることを支援する』.前田ケイ(監訳),金剛出版(Ragins, M.(2002). A Road to Recovery. Mental Health America of Los Angeles.)

滝沢武久(2017)『こころの病ときょうだいのこころー-精神障害者の兄弟姉妹への手紙』.松籟社.


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