第8話 兄弟姉妹の会への参加

 兄が三度目に入院したのは世紀の変わり目の年で,1年後父が入院先で死去した。

 その父に兄を準禁治産者にするよう言われたことを思い出し,家庭裁判所に申請して,今は成年後見制度と名を変えている新制度下の後見人に選任された。

 また,親世代が中心の家族会とは別に兄弟姉妹の会というものが活動していることを知り,遠方のため毎月とはいかないが,ときおり参加するようになった。

 会はたいてい20数名の参加者で、女性がやや多く,また20代30代も少なくなく,筆者はかなり年長の世代に属した。

 兄弟姉妹の病名は,双極性障害の1例を除いては統合失調症だった。

 毎回,自己紹介から始まるのであるが,驚いたのは8割方「兄が‥‥」で話が始まることだった。

 これは,長男に発病率が高いか否かの統計上の問題とは無関係に、説明のつくことと思えた。

 いきなり年上のきょうだいの世話や保護をする側に回れといっても困惑することが多く,姉ならまだしも相手が兄ではおっかなびっくりになってしまい,助言と相談相手を求めて会に参加してくるのだろう。

 それはともあれ,自己紹介から続く話は多彩であり,状況の切迫感を思わせるものも少なくなかった。

 素人目にも統合失調症が疑われるのに,10年たってもその兄を医療につなげていない例があった。弟の話を終えて最後に「皆さんを驚かせたくなかったから黙っていようと思っていたけれど母も同じ病気で」と言い出した若い女性もいた。

 妻とともに来ていた参加者は、その兄が父親を殺していると,後日,他の会員から聞かされた。

 会としてのスタンスは,いくつかの都府県での同趣旨の会が協力して数年前に出版した手記集『やさしさの距離』の題名に象徴されるように,きょうだいは自分自身の生活を優先し,患者には距離を置いて対応するのがよい,というものだった。

 けれど,家族の事情でそうもいかない場合も多いようだった。

 会員相互の話し合いだけではなく,ベテランの精神科看護師を呼んで話を聞いたり,SST講習会があったりした。

 ちなみにSSTとはSocial Skill Trainingの略で、その名の通り互いに対面したり小グループで会話や仕草の基本を練習して対人スキルのアップをはかる。患者だけでなく家族教育にも用いられているという(筆者は所用で参加できなかったが)。

 筆者は会では以前の記事で述べた,「治る」の言葉の医療側と家族との意味の齟齬そごを問題にし,かなりの共感を得た。

 くりかえすと、精神科医のいう「治りますよ」「治りました」が,せいぜい退院して日常生活を送れるようになるという意味なのに対し,家族の側では完全に元通りになることと受け取る。

 そして,治って退院したはずが家でゴロゴロしている患者を、「入院中に怠け癖がついた」と解し、復学や就職や(主に女性のばあい)結婚へ向けて叱咤しった激励して,再発のきっかけを作ってしまうのだ。


【参考文献】

兄弟姉妹の会(編)(1998)『やさしさの距離―精神障害とつきあうきょうだいと私たち』.萌文社

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