第3話 気付き
結局、最後まで絵本を読んだものの、特別なものは見つからなかった。
彼の亡くなった場所の近辺に、絵本と見比べたくなるようなものはなかったし、特別な書き込みや挟まれたメモなどもなかった。
めるこが大きくため息をつく。
「はあ……なんも見つかんない……」
「おかしいな……絶対なにかあるはずなんだけど」
「って言っても、ないもんはないじゃん」
拗ねた声を上げて、めるこはくちびるを尖らせると、悲しげに目を伏せた。消え入りそうな、小さな声が言う。
「智くん……なにがあったの……」
長い睫毛が頬に影を落として、細い吐息は震えていた。地雷系ファッションの肩を落として、めるこは力なく下を向く。
「もう、浮気とかどうでもいいよ。なんで? あのとき、智くんに何があったの? どうして死んじゃったの……知りたいよ、智くん……」
「めるこさん……」
膝の上で握りしめていた手は、かたかたと小さく震え、握る力が強すぎて真っ白になっていた。震える指先がゆっくりと動いて、なにも見つからなかった絵本をそっと閉じる。
そのとき。
(──あれっ?)
閉じた絵本の裏表紙。
お話が終わり、星が落ちきって誰もいなくなった夜空を描いた、艶のある、深いネイビーの──。
──はっ、とした。
慌てて、めるこの手から絵本を取り上げる。そのまま天井に掲げて、回したり裏返したりする。困惑しためるこがなにか言っていたが、まるで気にならなかった。
「──めるこさん」
「えっ、な、なによ……⁉」
「聞きたいことがあるんだけど。あなた、彼の持ち物を勝手にあさったりしてた?」
「っ……‼」
さっ、とめるこが顔色を変える。頬を真っ赤にして、怒鳴るつもりか、勢いよく息を吸い込む彼女の前に、私は勢いよく手のひらを突き出した。
「責めるつもりで聞いてないから。必要なことなの。答えて」
「ぐっ……それは、する、けど……なによ。仕方ないじゃん!」
「──するのね」
「だって! 怖かったから‼」
激情を振り切るように、めるこは首を左右に振る。ハーフツインの髪が広がって、涙と香水のにおいがした。めるこが叫ぶ。
「智くんは優しい。智くんはあたしを大事にしてくれる。愛してるって言ってくれる。でもそれも嘘かもしれない、隠れて浮気してるかもしれない、ホントはあたしにうんざりしてて、どっか行っちゃうかもしれない……! だからあたし、確かめたくて、それでしょっちゅう、鞄や棚をあさったり、スマホ見たり……」
「彼はそれを知っていた?」
「っ……知ってたよ! 智くん、それであたしの気が済むならいいよって、笑って……」
そこまで言うと、めるこはぐっと言葉を詰まらせた。涙まじりの声が、震えながらささやく。
「本当はわかってる。智くんは浮気なんかしないって……でも、ときどき──不安で、不安で、たまらなくなるの……それで、どうしようもなくて……」
ぐずっ、とめるこが鼻をすすった。歯を食いしばった彼女は、必死で涙をこらえている。
(やっぱり、彼はこの子の盗み見グセを知ってたんだ)
それなら──答えはひとつだ。
私は顔をあげると、めるこの瞳をまっすぐに見つめて、言った。
「──たぶん、わかったと思う。
どうして彼が、あの夜、絵本を持って死んだのか」
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