第29話 第一部完結

 翌週の月曜日から復帰した俺が、松葉杖をついて教室に入ると生徒たちから拍手で向かえられた。


 教壇に立ってクラスを見渡し、俺は生徒たちに謝罪と感謝を伝える。

 担任代理をしてくれた伍代先生の話では、生徒たちは自主的に教室に残ってホームルームや勉強会を開いていたそうだ。

 本当にこのクラスは団結力と思いやりがあって素晴らしいクラスだと心から思った。九割の生徒が魔王軍の生まれ変わりだということを抜かせば……。


 その日の放課後、俺はあることを確認するために安土沢アンリを進路指導室へ呼び出した。

 ひとりでやって来たバニーガールコスの彼女は椅子に座るなり俺に向かって頭を下げる。


「この度は魔王さまを下衆共から守っていただきありがとうございました」


「生徒を守るのは当たり前だ。それに誰だろうと俺は助けていたよ」


「そうでしょう、だからこそ魔王さまも私もあなたを……」


「え? ま、まさかお前ら俺のことを……」


「社会的に殺したいのでしょう。勇者のドヤ顔が気に入りません」


「おい……」


 彼女はくすくすと笑う。


「まあ、いい。お前たちが俺を社会的に殺そうとするなら全力で抵抗するが、困ったことがあったらいつでも助けてやる。で、今回お前を呼び出したのは聞きたいことがあるからだ」


「なんでしょうか?」バニーガールは首を傾げた。


「入院中にワイドショーでやっていた大量殺戮事件だが、あれをやったのはお前たちか?」


「さあ、なんのことだか分かりません」バニーガールは反対側に頭を倒して首を傾げた。


「あれだけの事件なのに、なんの手掛かりもないと報道されていた。あんなことを出来るのは普通の人間じゃない、俺の眼は誤魔化せないぞ」


 安土沢アンリはくすりと嗤うだけで答えなかった。


「お前たちには人間としての倫理観がないのか……。お前たちだって人の親に育てられたんだろ? だったら――」


 そう言いかけたところで、彼女は俺を冷徹な目で見据える。


「あなたは虫けらの倫理観が解るのでしょうか? 牛や豚に育てられたら彼らの価値観が解るようになるのですか?」


「……」


「それと同じです」


「お前らしい答えだ。だけど半分は嘘だな」


「嘘?」


「お前らは魔人と人の間で揺れているんだ、違うか?」


「さあ、どうでしょう」


「あんなことはもうやめるんだ」


「……それは相手次第です。降りかかる羽虫は焼き払います。もっとも、あの事件と私たちは一切関係ありません」


「じゃあ他にも転生者がいるとでも言うのか?」


「その可能性は十二分にあります。魔王さまと私がこの学校に転生者の生徒を集めているのも、この世界に散った魔王軍を統制するためです」


「以前にも質問したが、なぜ俺を直接殺さない……。ひょっとしてお前らは俺をおもちゃにして楽しんでるだけじゃないのか? まあ、まさかとは思うが……」


 そうですね、と微妙なニュアンスで肯定した安土沢はくすりと微笑んだ。


「半分正解で半分は的外れです。さて、今後ともよろしくお願いいたします、先生。必ず私たちはあなたを社会的に殺してみせましょう」


 挑戦的なバニーガールから目をそらし、俺は夕暮れに染まるグラウンドに目を移す。そして夕陽に誓う。

 彼女たちの誘惑を躱しきって絶対に女子大学生と付き合ってみせると。

 

 安土沢は立ち上がり、「さて」と言って手を叩いた。

 合図を受けてぞろぞろと入って来たのは2Bの生徒たちだ。しかも全員がバニーガールのコスプレをしている。


「な……、なななななっ!!!!???? なんだこれはッ!?」


 進路指導室をバニーガールたちが埋め尽くしていく。あっという間に白や黒や赤に紫、シルバーにゴールドの多様な兎たちでいっぱいになった。


 この場にいないのは魔王だけ。

 ユピテルとサタリナもバニーガールだと!? なんと普通少女の逢坂さんの姿まである!? 一切の混じり気のないトゥルーにしてリアルJKがバニーガールのコスプレをしているッ!?


「クラスのみんなで話し合ったところ、魔王さまだけ抜け駆けしてズルイという結論になりまして」


「なにを言っているんだ!? 抜け駆け!? ずるいってなんのことぉ!!?」


「勇者はお気になさらず」


「気にするよ!!」


「そんなことよりも、物語はやはりハーレムエンドで終わるのが一番良いと思いませんか?」


「うう……」


 十畳ほどの進路指導室にひしめき合うバニーな美少女たち、わずかに動けば確実に彼女たちの柔肌に触れてしまう。


「これが私たちからの退院祝いです。どうぞ受け取ってください」

 

 一斉に全員が前かがみになって胸を強調するポーズを取った瞬間、理性の堪忍袋の緒が綺麗に切れる音が脳内に木霊した。


 ――ああ、これが天国なのか……。俺は今日、死んでもいいのかもしれない。死んだって後悔はない。欲望の赴くままにこの三百六十度の肉壁に飛び込めばいいのだ……。


 勇者が社会的に死んで終わる、そんな物語があってもいいだろう。








 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

可愛いメスだと思った? 堂道廻 @doudoumeguru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ