第5話 魔剣
拠点に戻ってからというもの、オーリはずっと工房に籠っていた。
普段は規則正しい生活を送るオーリだが、鍛治が絡むと変わるらしい。いつ寝ているのかも分からないぐらい、ずっと作業している。
完成すれば俺達もドラプニル王国の王都に向かい、品評会とやらに参加する予定だが、まだまだ掛かりそうだ。つまり、今は完全に待ちの状態。
退屈したリリナナは自分のコレクションを呼び出し、昔話をさせていた。
「アウグストの時代も魔剣はあったのか?」
「……モチロン」
「何か魔剣にまつわる面白い話はないか?」
「イカ?」
リリナナと二人で無茶振りをする。
しかし、ダイニングチェアに腰を下ろしたアウグストは動じない。リリナナの入れた紅茶をゆったりとした動作で一口飲んだ後、昔を懐かしむように答えた。
「亜人大陸カラ渡ッテ来タ、ドワーフガ居タ」
「昔から渡来人はいたんだな。で、そいつが魔剣を造ったと?」
「タコ?」
アウグストは光のない瞳をこちらに向け、コクリと頷く。
「タダ、普通ノ魔剣デハナカッタ」
普通じゃない?
「どんな魔剣だった?」
「通常、魔剣ニ刻ムコトノ出来ル魔法ハ、一ツ。シカシ、ソノ男ノ造ッタ魔剣ハ、複数ノ魔法ガ刻マレテイタ」
ほう……。
「リリナナはそんな魔剣の話、聞いたことあるか?」
「ない」
ということは、失われた技術──
「今の話、詳しく聞かせてください!」
いつの間にか母屋に戻ってきていたオーリが興奮した様子で声を上げた。
「そして──」
アウグストを指差す。
「この人が誰かも教えて下さい!!」
そうだったな。まだ紹介してなかった。俺はアウグストを庇うような位置どりをする。
「この男は延長レンタル皇帝、アウグストだ!」
オーリは一瞬黙る。
「エンチョウレンタル国のアウグスト陛下……?」
「いや、延長レンタル中のザルツ帝国初代皇帝、アウグストだ。リリナナが呼び出した」
「えっ……!? この人もアンデッドなんですか? 初代皇帝のミイラ? バンドウさん達は一体……何者なんですか?」
「ただの新婚夫婦だ。細かいことを気にするな。そんなことより重要なのは、複数の魔法を刻んだ魔剣の話じゃないか?」
「イカ?」
「そうだった!」とオーリは意識を切り替え、アウグストに近寄る。
「魔剣の話、詳しく教えてくれませんか?」
アウグストは頷き、自分の腰に付けていたナイフを外してテーブルの上に置いた。
「コレモ、ソノ魔剣ダ」
「……触ってもいいですか?」
「ヨイ」
アウグストから許可を得ると、オーリは震える手でナイフを握った。唾を飲み込み、意を決して力を加える。
「……!?」
オーリは魔力を流したのだろう。握りから刃の部分へと二色の光が伸びた。
「アウグスト。これは何の魔剣なんだ?」
「回復ト解毒ダ。余ハ常ニ命ヲ狙ワレテイタカラナ」
ナイフの刃に触れると、オーリの手が優しい光に包まれた。
「あの……!! このナイフ、しばらく僕に貸してくれませんか?」
オーリが勢いよく頭を下げる。アウグストは少し困った顔をしてリリナナに助けを求めた。リリナナは更に俺の顔を見上げて「どうする?」と表情だけで尋ねる。
「貸すぐらいいいんじゃないか? オーリならばこのナイフを参考にして更に素晴らしい魔剣を創り出す筈だ。そうだろ?」
「はい……!! やってみせます!!」
疲れている筈なのにオーリは瞳をギラつかせる。
「それと、品評会に出す魔剣とは別に創ってもらいたいものを思い付いた」
「えっ……? なんですか?」
「大した話ではない。後で話す」
「まぁ、お世話になってますからいいですけど……」
オーリは俺に訝しげな視線を向ける。ここで詳しい話は無しだ。さっさと行かせよう。
「ほら、そのナイフを解析したくてウズウズしてるんだろ? 早くいけ!」
「は、はいっ……!!」
もう一度慌ただしく頭を下げ、オーリは工房へと戻っていった。俺の希望を叶える為に……。
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