第6話 オーリと父親

 赤く焼けた金属の棒を火挟で押さえると、オーリはハンマーを振り上げる。


 カンカンカンとリズミカルに打音が鳴り、暗い工房の中に火花が飛び散った。


「オーリ。鍛接はスピードとバランスが重要だ。炉から出た瞬間から、温度は下がり始める。それを意識しながら、ハンマーの強さを調整するんだ」


 工房のスツールに座る父親の声に頷きながらも、オーリの視線は金床の上にある金属から離れない。一振り一振り打点と力を調整しながら、ハンマーを振り下ろす。


「魔鉄と鉄の接合面が滑らかでないと、碌な魔剣にならないぞ。隙間なく均一にだ」


 ドワーフ特有の酒焼けした声はオーリの心を落ち着かせた。


 自然と集中力が増し、複合した金属から鳴る微妙な音の違いを拾えるようになる。正すようにハンマーを落とし、どんどん整えていく。


 鍛接──魔鉄と鉄の接合──は上手くいっている。


 オーリは金床の金属を火挟で挟むと、再び炉に入れた。加熱を待つ間に父親を見ると、三つ編みした顎髭を扱きながら笑顔を作っていた。


「オーリ。魔剣を鍛えられるようになればもう、一人前だぞ」

「まだまだ未熟だよ。父さんに見てもらっているから、なんとかやれてるだけだよ」


 火挟で挟んだ金属がだんだんと明るい色になる。


「……俺が死んだら、この工房はオーリにやる」

「何を言い出すの? 父さん」

「酒飲みの鍛師なんてのは大体、短命なんだ。それも腕がいい奴ほど早く死ぬ。ウチの親父もそうだった。まぁ、今のホルンボリ工房の奴等は長生きするだろうがな……」


 父親の眉間に皺が寄った。オーリは反応することなく、視線を戻す。


 炉の中の金属が丁度よい温度になると、オーリは再び金床の上で固定した。ハンマーを丁寧に振り下すと、小気味のよい音が工房に響く。


 一通り打ち終えて満足すると、オーリは視線を父親に向ける。父親はスツールから立ち上がって金床に近寄った。


「……よく出来ている。これだけしっかり鍛接していれば、先の行程で失敗することはない。オーリ……成長したな」

「本当?」

「あぁ。もう一人で大丈夫だ……」


 オーリの前に立つ父親の影が急に薄くなる。


「父さん……?」

「オーリ……。お前は大陸で一番の鍛師になれる。鍛錬を怠らな──」


 言い終えることなく、輪郭だけ残して父親の姿が見えなくなる。


「父さん…! 待って……!! まだ──」



 瞼を開くと、黒目黒髪の男と銀髪に赤い瞳の女がオーリの顔を覗き込んでいた。


「お前を息子にした覚えはない」

「ないない」

「えっ……あれ……?」


 自分が何処にいるのか分からなくなって、オーリは慌てて首を振り、瞳をぐるりと回す。


「焦らなくても大丈夫だ。ここは死後の世界なんかじゃない。オーリ。お前の工房だ」

「僕、どうしてました?」


 オーリがぼんやりとした表情で尋ねると、黒髪の男──バンドウは呆れる。


「もう何日も工房から出てこないから心配して様子を見に来たんだよ。案の定、床で寝ていたがな」


 言われて取り乱し、オーリは起き上がる。


「マズイです! 王都での品評会に遅れちゃいます! 今すぐ準備して向かわないと!!」


 オーリが凄い剣幕で囃し立てるが、どうやらバンドウとリリナナには届かないらしい。二人とも落ち着き払い、顔を見合わせる。


「チャタロウ。あれ、呼ぶ?」

「そうだな。品評会に間に合わないのはつまらないからな」


 二人は平坦な会話を続ける。


「あの……リリナナさんのトカゲで王都に向かう感じですか?」

「まぁ、そんなもんだ。早く準備しろ」


 バンドウは壁に飾られた何本もの魔剣に視線を向けた。


「はい!」


 オーリが返事をすると、バンドウが工房の扉に向かって歩き出し、その後をテトテトとリリナナが続く。


「父さん! 行ってくるね!!」


 誰も座っていないスツールに向かって、オーリは声を掛ける。もちろん、返事はない。だが、満足気だ。


 壁の魔剣をマジックポーチにしまい、父親の形見のハンマーを腰のホルダーに止める。


 大股で歩いて久しぶりに工房の外に出ると、庭にデン! と立派な馬車の客室が停めてあった。しかし、馬が見当たらない。


「あれ? 馬車で行く?」


 オーリが訝しんで首を捻っていると、客室の窓が開いた。


「早く乗れ。近くに居たから、すぐに来るぞ」


 バンドウの声だ。


「一体、何が来るんですか……?」

「タクシーみたいなもんだ」

「タクシー……?」


 聞いたこともない単語に戸惑うが、待たせるのも悪い。オーリは慎重に扉を開けて客室に入った。


 六人は楽に座れる広さがあるのに、リリナナはバンドウの膝の上に居る。


「ほら、座れ。もうヤツが来る──」


 バンドウの言葉と同時に窓の外が暗くなる。急に天気が悪くなった?


「きた」


 リリナナがポツリと呟くと、客室がぐらりと揺れて軋んだ。何か巨大な生物に鷲掴みにされたように……。


 何事かとオーリが窓の外を覗くと、水晶のような鱗を持つ巨大な龍の顔が見えた。


「こちらバンドウ。ドラプニル王国の王都まで頼む」


 バンドウが手に持った箱型の魔道具に向かって話す。


『コチラ、ニドホッグ。了解シタ』


 低く威厳のある声が客室に響くと、オーリの身体は浮遊感に包まれた。


「飛んで……る……?」

「そりゃ飛ぶだろ。ニドホッグはドラゴンだぞ?」

「だぞ?」


 オーリは諦めてシートに座る。


「空飛ぶ友人ってドラゴンのことだったんですね。もう、驚かないですけど……」と言ったオーリだったが、このまま行けば王都で騒ぎになることは間違いない。顔を青くする。


「あの……今更ですけど……もうちょっと目立たない移動手段はないですか?」

「ない」

「ないない」


 パタパタと手を振る二人をみてオーリは「ないかー」と呟いた。

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