古本と三人の男

フーツラ@発売中『庭に出来たダンジ

古本と三人の男

 友人二人と神田古本まつりに行き、それぞれが満足した後の話だ。


 そのまま帰るのは勿体ないと、寂しがり屋の佐藤が「軽く飲まないか?」と提案した。時刻は十六時四十五分を回ったところで、なるほど。少し待てば居酒屋も営業を始めるだろう。


 私は賛同する。鈴木も渋々だが「承」と言った。


 入ったのはチェーン居酒屋で席に着くなり、お通しの業務用マカロニサラダが提供された。


 タブレットで生ビールを三つ頼むと急に手持ち無沙汰になり、佐藤と鈴木はリュックを漁り、古本まつりで買った本を取り出してパラパラし始める。


「ん……!?」


 佐藤が頁をめくる手を止めて唸る。「ステッキ術」と書かれた本に何かあったのだろうか?


「レシートだ」


 つまみあげたのは、如何にも古いレシートだった。感熱紙ではないインク式を見たのは久しぶりだ。


「卵が88円!」

「安!」


 佐藤の読み上げに鈴木が驚く。まだ物価の高騰が発生していなかった頃のレシートらしい。


 一通りはしゃいだ頃にはビールがやってきて乾杯。男三人の卓は「今まで買った古本に挟まれていたもの」の話題で盛り上がる。


「老婆の写真が挟まれていた事があるぞ」


 早くも赤ら顔の佐藤が得意気に言った。


「ちょっとホラーっぽいな」

「怖」


 しかし佐藤は手を振る。


「いやいや。違うんだ。その本のテーマが『永遠の愛』でね。俺が思うに、きっと前の持ち主はその小説を読み終わった後に、愛する妻の写真をその本に挟んだんだ。いい話だと思わないか?」

「うーん。でも、古本屋に並んで売り買いされてたんだろ? 随分と軽い永遠の愛だな」

「軽」


 二人で弄ると、佐藤は少々いじけて「じゃあ、お前達はどうなんだ? 俺より面白いエピソードがあるんだろうな?」と挑発してきた。


 鈴木を見ると、首を横に振る。無いらしい。ならば私が話すしかあるまい。


「小説に物語が挟まれていたことならあるぞ」

「物語が? どういうことだ?」

「疑」


 二人は眉間に皺を寄せて頭を捻る。


「小説を読んでいたら、いつの間にか登場人物がいなくなっていたんだ。話の筋とは関係なく。おかしいなぁと、本をよく見ると、途中から微妙に紙の色が変わっていた」

「それは、誰かのいたずらってことか?」

「あぁ。手の込んだ悪ふざけだよ。一度本をバラシて、自分で書いた小説と入れ替えたんだろうな」

「暇な奴もいたもんだ。で、どんな物語だった?」


 佐藤は興味を持ったようで、身を乗り出す。


「中年の男二人の話でな。登場人物の名前は忘れたが。佐藤と鈴木としておこう」


 うんうんと二人は聴き入る。


「元々佐藤と鈴木は中学の同級生だった。佐藤は明るい性格。鈴木の方はどちらかというと暗くて大人しい。そんな二人が偶々、居酒屋で再会した」


 佐藤はビールを飲み干し、おかわりを頼む。鈴木はチビチビと舐めているだけでジョッキの三分の一も空いていない。


「一杯目のビールは景気よく一気に飲むものだろ!」と佐藤は言うが、鈴木は「へへ」と曖昧に笑って流した。


「相変わらず煮え切らない男だな。そんなんでよく働いてられるな?」


 鈴木が黙して困った顔をしているところに、丁度良く店員が来てビールを置いていく。佐藤が一口煽ったタイミングで鈴木が口を開いた。


「先日、クビになったばかりだよ」


 一瞬、佐藤はギョッとしたが、アルコールが良くない方に作用した。佐藤の嗜虐性に火を付けたのだ。


「はっはっはっ! だよなぁ~。お前の上司の気持ちはよくわかるよ! 仕事でこんなにウジウジされちゃ~たまんないもんな」

「……そうかな?」

「そうだよ! 何でも素早く判断して、サクサクこなさないと。来た球は即座に打ち返すんだよ!!」

「……」


 三杯目も飲み干した佐藤がジョッキを置いてテーブルを鳴らす。そして生ビールを二つ頼んだ。


「鈴木! 店員が持って来るまでに飲み干せよ!」

「えっ……」

「いいから飲め!」


 促され、鈴木は渋々ジョッキを傾ける。ゆっくりとだが、ビールは確実に減っている。

 しかし、店員が来る方が早かった。


「はい、ざんね~ん。遅かったから、もう一杯な。こうやって仕事も溜まっていったんだろうなぁ~」


 そう言いながら佐藤はタブレットを手に取り、生ビールを選んで「送信」ボタンをタップした。


 鈴木の瞳に暗い感情が宿る。


「佐藤……」


 低い声だった。


「あっ?」

「なんで俺が会社をクビになったと思う?」

「そりゃ、お前がダラダラと──」


 ドンッ! と空になったジョッキがテーブルを打つ。鈴木はそれを離さず強く握る。


「ちげーよ! 酒癖が悪いからだぁぁ!!」


 怒声と同時にジョッキを持った鈴木の右腕が振るわれ、佐藤の顔面を横から歪める。


 ホールの女子店員が悲鳴を上げ、佐藤は椅子から転げ落ちた。


 店長らしき男が置くから飛び出てきて、「お客さん! 落ち着いて!」と鈴木をなだめる。


 佐藤は顎を押さえながら立ち上がり、「フーン。まぁまぁ面白いエピソードだな」と少し悔しそうにした。


 その辺りでやっと、注文していたつまみがやってくる。豪勢な刺身の盛り合わせに鈴木が「旨」と言った。


 汚れることを気にしたのか、二人ともテーブルに出していた本を仕舞う。


 古本に関する話題はそこで終わり。


「そう言えば、この前駅で田中明子を見たぞ。中学生の頃はあんなに可愛かったのに、すっかり肥えてて驚いたよ」


 佐藤は自分のでっぷりとした腹を棚に上げて、かつてのクラスメイトについて語った。


「驚」と鈴木は残念そうにする。


「鈴木は田中のこと好きだったもんな。当時は相手にされなかったけど、今ならいけるんじゃないか?」

「断」

「いいと思うけどなぁ。いつまでも独り身って訳にもいかないだろ?」

「拒」


 鈴木は頑なに首を振る。諦めた佐藤がふと、スマホの通知に気が付いた。


 手にとって画面を見るなり、顔色を変える。


「やばっ! 嫁がなんか怒ってるわ! 悪いけど、俺は先に帰るな!」

「……了」


 ジョッキのビールをあけることもなく、佐藤は会計の半分をテーブルに置いて立ち上がる。


 一人残された鈴木は山盛りの刺身を前に「多……」と呟き、黙々と食べ続けるのだった。



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