友への花


 英雄の住むこの地『ノルン王国』は、資源にも、治安にも、周辺環境にも、国を統べる王にも、ありとあらゆる面で恵まれた正しく夢の国。

 世界中から憧れられて、自国の軍事力も強い上に同盟国も多く、領土を求めようにも手が出せない。

 その上、ノルンには必ず欠かす事なく『英雄』と呼ばれる者が存在する。


 英雄、それはノルンを護る絶対の存在。

 その圧倒的な力の前には、どんな軍事力も兵器も太刀打ちが出来ない。

 その絶対的な信仰力の前には、どんな国民や政治の中枢を担う重鎮達も裏切らない。

 その果てしないカリスマの前には、どんな兵も士気を落とさない。


 戦いを挑んだ者の心を常にくじき、護る者は常に心を強く持つ。

 それがノルン王国の英雄。

 ノルン王国が究極的に平和な一番な理由。

 だからノルンに暮らす者は皆幸せで、ノルンに産まれると言うだけで最高のアドバンテージになる。


 と言うのが世界での共通認識。


 だが、ノルン王国には一部の者だけが知る悪しき風潮が在った。


 それがこの、英雄信仰の裏側。

 国民全員が信じる『英雄』と言う名の宗教の裏側。


 ノルンの民は、「神は現世うつしよにて人を護る存在。天上の世界など無く、ノルンこそが神の居城である」という歪み尽くした考えの元生きている。

 だが、そんな事を言っても現世に神は居ない。

 ならばどうするか。偉い者は考え、研究し、時には禁忌をも踏み越えて。

 そして創り上げた。


 自らの手で神を創り出す方法を。


 そうして創り上げられた神は、死ぬ迄『天上の間ヴァルハラ』と呼ばれる屋敷の中で神を飼い続け、自分達の信仰に都合の良い知識と技術だけを与え続ける。

 余計な知識を与えないよう、移動は全て馬車で行い、国民へ声を届ける事はあっても、国民からの声が届く事は英雄には無い。

 俗に言う一般常識などは神に不要と全て斬り捨て、ただ自分達が与えたい知識と能力のみを追求して植え付けていく。


 その風潮の中で創られたのがこの英雄の少年だった。



***


 

 ライラとの約束から約一ヵ月。

 本日は雲一つない綺麗な新月。


 今まで持ち合わせていなかった「楽しみ」の感情に戸惑いながら、ベッドに腰掛け少年はライラを待つ。

 表情こそ無表情なものの、足はパタパタとベッドの側面を叩いており、まるで尻尾をパタパタと振るう犬のようになっている。


「ふふ、そんなに私との会話が楽しみだったのかい? これなら、私が賭けに勝つのも早そうだ」


 やがてライラがいつものように窓から現れ、明らかに待ち侘びていた少年にクスクスと笑いかける。


「……そんなに僕は分かりやすかったですか? 」


「あぁ、驚く程にね。

 それこそ、感情を一切隠せない犬の方がまだ分かり難い程に」


「へぇ、犬ってそんなに分かりやすい生き物なんですか。一度見てみたいですね」


 少し混ぜたユーモアに想定外の返しをされ、ライラの表情が曇る。

 少年に悪意はない。揶揄からかうような雰囲気もない。

 あるのは唯の好奇心。


「犬を……知らないのかい? 」


 恐る恐るライラが尋ねる。

 だが、少年はライラの恐れを汲み取れず、


「確か、四つ足で歩く獣でしたっけ? 前にチラッとメイドが話して居るのを聞いたことがあります」


 自分がどれだけ可笑おかしな発言をしているとも気が付けずに質問に答える。


「そこまで常識を奪うのか……連中は」


 口の中に含むようなボソッとした呟きに、英雄は首を傾げる。

 少し漏れた音は聞こえたようだが、肝心の内容は聞こえていないようだった。


 それに安堵し、ライラは話を切り替える。


「よし、なら今日は動物と自然の話をしようじゃないか。

 この敷地内だけじゃ見られない景色を教えてあげるよ」


 そう切り出して、直後にライラの指先が小さく光る。


 すると、少年の足元にハートの形をした白の花びらが幾つも、幾つも降り積もる。

 その一つを拾い上げ、英雄は花びらをマジマジと見つめる。

 光が無い事もあり、花びらを持つ手が鼻の頭に付いてしまう程に近い距離で。

 その結果、花特有の香りが少年へと届き、驚いたように目を見開く。


「凄い良い香りですね……それに、とても綺麗だ」


 優しい瞳で眺める少年を、ライラは眺める。

 真っ暗と言う事もあり、ライラからも英雄の姿はハッキリと見えていないが、それでも彼が楽しんでいる事はこれ以上なく伝わっていた。


「その花の名前は、『ライラック』

 『リラ』とも呼ばれる花だよ。


 『思い出』や『友情』の意味も持っていてね。私の一番好きな花さ」


 ライラも足元に転がる花びらを拾い、優しく微笑む。


 その後もライラックの花を片手にライラは英雄に自然を語り、時には花びらのように何処からともなく取り出し、動物を語り、模型を作り手渡した。


 そのすべての話を少年は楽しそうに聴き続け、好奇心に満ちた顔で質問を続ける。


 ライラックの咲く景色。犬のいる場所。様々な動物が暮らす土地。多種多様な色が広がる風景。


 ライラの口から紡がれる話は少年にとっては全て未知であり、話を聞く英雄はまるで幼子のように嬉々としていた。


 だが、楽しい時間もいずれは終わる。


 2時間ほど会話をし、ライラはベッド脇に置かれた時計を確認する。


「さて、どうやら今宵はこれでお開きのようだ」


 そのライラの発言に少年は少し寂しそうに首を下に向ける。

 表情がわからないのにも関わらず、余りにも分かりやすい態度にライラは小さく吹き出しながら少年の頭をポンポンと撫でて、


「来月、また同じ時間に逢いに来るさ。

 それとも、もう賭けは私の勝ちで良いかい? 」


「まだ早計にも程がありますよ」


 少年は自分の頭の上に乗せられた手を小さく払い除け、ライラを睨み付ける。


「ははははッ、そうかそうか。

 じゃあ来月こそは勝てるように話題を練って来るとするよ! 」


 そんな少年を笑い飛ばし、ライラは指を一つ鳴らす。

 すると、足元に散乱した花やら模型やらが一瞬で消え去り、


「じゃあね少年、また逢おう」


 そう言っていつもの如く窓から足を出し、階段を降りるようにして姿を消して行った。


 少年はその後数分ほど、ライラの消えた虚空を眺めてポツリと呟く。

 自分が願う事を禁じられた英雄が。

 自分が望む事を奪われた英雄が。


「いいなぁ……」


 と。

 本当に小さな声で。

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