お友達

仁城 琳

お友達

えみちゃんは人と話すのが苦手でした。幼稚園に通っていた頃はあまり気にならなかったけれど、小学校に入った途端それはえみちゃんの最大の悩みになりました。頑張って話そうとしても上手く伝わりません。友達も作ることができません。一人になってしまったえみちゃんは学校では授業以外ではほとんど声を発することが無くなりました。えみちゃんの表情はどんどん暗くなりました。

友達ができないなんてお母さんやお父さんが知ったら心配させてしまう。先生に相談してもお母さんたちに伝わってしまうかも。えみちゃんはそんな気持ちから両親に相談することもできませんでした。そんなえみちゃんの唯一の相談相手は、三歳の時に誕生日プレゼントに買ってもらったクマのぬいぐるみのクーちゃんだけでした。

「クーちゃん、今日も話せなかったよ。」

「クーちゃん、お友達の作り方が分からないの。」

「クーちゃん、今日も一人だったよ。」

「クーちゃん、えみもお友達と遊んでみたいな。」

「クーちゃん、お話するのってどうしてこんなにむずかしいのかな。」

えみちゃんは今日もクーちゃんを強く抱きしめて誰にも話せない思いを吐き出します。クーちゃんになら伝えられるのに。クーちゃんになら上手く言葉が出てくるのに。

「クーちゃんが友達だったらいいのに。」

「えみちゃんはおともだちだよ。」

肩越しに声が聞こえました。えみちゃんは驚きました。クーちゃんが喋った!お友達が欲しいって願いを神様が聞いてくれたのかな。えみちゃんは喜びました。クーちゃんを抱きしめたまま部屋の中をクルクル回ります。

「ありがとう。ずっと友達だよ。」

「うん。おともだち。」


その日からえみちゃんは少し明るくなりました。学校では一人ぼっちでも家に帰ればクーちゃんがいる。クーちゃんとなら上手く話せる。今日もお勉強頑張って早く帰ってクーちゃんと話そう。

「クーちゃん、今日も話せなかったよ。」

「でも、がっこう、がんばったね。」

「うん!帰ったらクーちゃんが待ってると思うと頑張れたんだよ。」

「えらい。えみちゃん、えらいね。」

「ありがとう、クーちゃん。」

えみちゃんは思いました。クーちゃんがいるから学校の友達なんてもういいかも。でも…やっぱり休み時間にお話したいな。学校にもお友達が欲しいな。

「どうしたの、えみちゃん。」

「ううん、なんでもないよ。」

明日誰かに話しかけてみよう。えみちゃんは静かに決意しました。クーちゃんにならこんなに話せる。きっとクラスの子にも話せるはずだ。えみちゃんはクーちゃんをもう一度ぎゅっと強く抱きしめました。

休み時間が始まりました。えみちゃんの心臓は緊張で破裂しそうです。外で鬼ごっこしよう、と校庭に向かおうとしている五人組に勇気をふりしぼり声を掛けました。

「…あ、あの…!」

五人が一斉に振り向きます。えみちゃんはもう泣きそうになっていました。

「あの…、えみも一緒に…行ってもいい…?」

沈黙。どうしよう。断られたら。えみちゃんは自分自身が心臓になってしまったのかと思うくらいドキドキしていました。

「うん!もちろん!一緒に行こう!」

やった!言えた!自分から仲間に入れてって言えた!えみちゃんはとても嬉しくなりました。帰ったらクーちゃんにも教えてあげよう。きっと喜んでくれるよね。

えみちゃんは五人と鬼ごっこをしました。小学校に入学してから一番楽しい休み時間でした。

「えみちゃん!次からも一緒に遊ぼうよ!」

「えっ、いいの?」

「うん!えみちゃんと遊ぶの楽しいもん!約束だよ!」

「ありがとう…!うん、約束!」

お友達ができた。えみにもできたよ。クーちゃん待っててね、帰ったらお母さんよりもお父さんよりも、真っ先にクーちゃんに伝えるよ。


えみちゃんは帰ると真っ先に自分の部屋に向かいました。クーちゃんに飛びつきます。

「クーちゃん聞いて!えみ、自分から声を掛けられたよ!」

「えみちゃん。」

「クーちゃん、友達ができたんだよ!クーちゃんが勇気をくれたの!クーちゃんありがとう!」

えみちゃんはクーちゃんを強く抱きしめて話します。

「…して。」

「クーちゃん?」

「…う…して。」

「…?」

えみちゃんはクーちゃんの声をしっかりと聞き取れなくて抱きしめるのをやめて目の前に置きました。

「クーちゃん、どうしたの。」

「…して。…う…して。どう…して。」

クーちゃんはえみちゃんの正面にいます。なのに、どうして後ろから声が聞こえるのでしょうか。クーちゃんを抱きしめていないのに、どうして、肩越しに声が聞こえるのでしょうか。

「どうして。」

「…え。」

「えみちゃんの、おともだちは、わたしだけ。」

「…クーちゃん?」

声は後ろから聞こえてきます。

「どうして、どうして、どうして。」

後ろに何かいる。

「わたしだけ、どうして、おともだち、えみちゃん、わたしだけ。」

えみちゃんは恐る恐る後ろを振り向きます。これは。クーちゃん。じゃない。

「…ひっ…。」

「おともだち、どうして、わたしだけ、えみちゃん、えみちゃん、えみちゃん、えみちゃん、どうして、どうして、どうして、どうして。」



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