学校の怖い話『自殺』

寝る犬

自殺(じさつ)

 死んでつぐなおうと思った。


 恥ずかしい話だが、俺は最近までいじめをしていた。

 特にそいつが嫌いだとか、何かきっかけがあったわけじゃない。

 法華津ほけつっていう苗字が面白いとかなんとか、そんなくだらない理由で周りがいじめていて、俺もそれに乗っかったっていう、一番当事者意識のないたちの悪いいじめってやつだ。


 その法華津ほけつが先月自殺したんだ。


 学校に出てこなくなったのは知ってた。

 それでも周りはぜんぜん気にした素振そぶりもなくて、それどころか「つぎはどいつを標的にするか」みたいな話し合いまで行われている始末。

 ホームルームで先生が「法華津ほけつくんが亡くなった」と告げた時には、一部で「マジか~」って笑いすら起きていた。

 俺も、「なにも死ぬことはないじゃん」って思ってその日は帰ったんだけど、数日後、たまたまお通夜の看板に法華津ほけつの名前を見てしまった。


 なんか他殺の可能性がある場合、司法解剖ってのがあって、まだ死体が帰ってきてないみたいな噂が学校でもあった。

 やっと帰ってきたんだなと、斎場さいじょうの門の向こうを何気なく見ると、喪服を着たおばさんがめちゃくちゃ泣いてる。

 同じような喪服を着た大人数人がなだめている様子だったが、俺が目を引かれたのは、その横に立っているうちの学校の制服を着た男だった。


 法華津ほけつに似てた。


 そいつは泣いてるおばさんの横に立って、俺の方をめちゃくちゃ睨んでいる。

 学校内に法華津ほけつの兄弟がいるって話は聞いたことがないので、従兄弟いとことかかもしれない。

 それならきっといじめがあったことも知ってるだろう。

 俺はその視線に耐えられず、あわてて目をそらして、急いで帰った。


 その日から、俺はことあるごとに法華津ほけつそっくりの男の視線を感じることになった。

 学校で、通学路で、夜中に部屋の窓から見た電信柱の下で。

 必ず俺を睨みつけていて、目が合う。


 あいつは法華津ほけつ自身じゃないか。

 幽霊になっていじめた俺を呪いに来たんじゃないか。

 だんだんとそう思うようになった。


 それにしても、なんで俺なんだって思うこともあった。

 別に率先していじめてたわけじゃない。

 誰かがやってることに、ちょっと参加した程度だったはずだ。

 首謀者と言われるようなやつ、法華津ほけつが死んだと告げられた時に笑ったやつ、呪うべき奴ならたくさんいるだろう。

 そいつらが、今までと何も変わらず、のほほんと笑って学校生活をエンジョイしてるのを見ると、無性に腹が立った。

 脳天にカチンとくる「ぎゃはははは」という笑い声に俺は立ち上がり、クラスメイトを無言でぶん殴る。

 そのあとは教室中がカオス状態。

 何人かに殴り返されたが、痛みを感じない俺は当然反撃し、駆け付けた先生たちに取り押さえられるまで殴り合いは続いた。


 生徒指導室で「なぜあんなことをしたんだ」と問い詰められた俺は、先生の隣に立って俺を睨みつけている法華津ほけつを睨み返しながら、無言を貫いた。


 停学を言い渡され、部屋にこもること数日。

 その間に写真週刊誌がいじめと自殺のことを取り上げ、学校とクラスが実名で報道された。

 さらに、ついに部屋の中にまで現れるようになった法華津ほけつの姿に、いたたまれなくなった俺は夜の街に出る。

 しばらく繁華街をウロウロして、街のあちこちから感じる視線を避けるようにして、郊外の大型マンションにたどり着いた。

 エレベーターはカギがないと使えないが、非常階段は使える。

 背中に視線を感じながら階段をゆっくり上り、15階の踊り場で死のうと思ったと、そういうわけだった。


 夏の蒸し暑い夜。

 15階の踊り場は、強い風が吹き抜けて寒いくらいだ。

 ポケットに入れていたメモ帳を開き、いじめがあったこと、俺もいじめに加わっていたこと、そして今は法華津ほけつに申し訳ないという気持ちになっていることを書く。

 最後に「ごめんなさい」と書き記し、メモ帳をポケットに入れた。

 背の高さくらいのコンクリの柵を乗り越え、下を見る。

 鉄骨の自転車置き場があった。

 ゆっくりと足を踏み出す。

 急速に流れていく周囲の景色の中、自転車置き場の屋根の上で、まるで俺を受け止めるように両手を広げる法華津ほけつの姿を最後に、俺は意識を失った。


 小さな「カシャン」という自転車のスタンドを外す音で目を覚ました。

 朝、すずめのさえずり、不審者でも見るように俺を見ながら自転車で走って行くサラリーマン。

 俺は自転車置き場の鉄骨に寄りかかるようにして眠っていたようだった。


 衣服に汚れもなく、それどころか体のどこも痛くない。

 見上げると、はるか上に見える15階の手すり。

 そこから身を乗り出すようにして俺を睨んでいる法華津ほけつの姿があった。

 しかしその姿は、俺が見ている先で煙のように消えてゆく。


 許してもらえたのだろうか。

 生きていていいということだろうか。


 立ち上がり、とにかく家に帰ろうと歩き出した俺は、何となくポケットのメモ帳が気になり、昨日書いたページを開く。


 そこには「ごめんなさい」という俺の字が黒く塗りつぶされ、そのすぐ下に「ゆるさない。生きてつぐなえ」という文字が書き込まれていた。


――了

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