断罪のわけ

 先輩と第二王子の婚約話は先輩のデビュタント直前、王子の一方的な好意から始まった。


 簡単に言えば、先輩の美しさに王子が一目ぼれしたのだ。先輩の美しさは万人がわかる圧倒的なものだ。しょうがない。


 しかし、そのあとはよろしくない。


 王族としての立場を最大限利用して先輩の父親である侯爵に圧をかけ、先輩との時間をつくらせた。

 

 その時間で王子は先輩に求婚した。その時先輩の頭には王子の数多くある悪評が浮かんでいたという。王子の機嫌を損ねぬように気を使いながら保留として帰ってきた。その場にいた専属のメイドもそう証言している。


 しかし、あの王子は異常に傲慢だった。


 先輩が王城を後にした直後から、先輩に求婚したと公言し、彼女もまんざらではなさそうだったなどと王子の印象だけの感想を垂れ流したのだ。

 侯爵が手を打つより早く、王都周辺の貴族には先輩が第二王子の求婚を受け入れたという形で話が回ってしまっていた。


 侯爵が国王に求婚の意味を問う機会をもらう頃には、目も当てられないような内容の噂も随分広まっていた。


 唯一救いだったのは、国王が婚約に乗り気ではなかったことである。

 先輩の優秀さは当時から有名で、デビュタントと同時にたくさんの縁談が舞い込むだろうと噂されていた。

 国王は、第二王子の2歳上の兄、王太子の婚約者にと考えていたのだ。


 しかし、デビュタントを控えた令嬢に対して、あまりにも下世話な噂がいくつもついてしまった。


 デビュタントしてしまえば先輩の力で何とでもねじ伏せられるのはわかりきっていたことだったが、先輩はまだデビュタント前。

 国王と侯爵の協議の結果、第二王子の婚約はあくまでも内定、双方の交流を重ねていき今後発表するという、なんともあいまいな時間稼ぎがとられた。


 噂が薄れたころに、第二王子との婚約を流す。時期を見て王太子との婚約を進める。


 その手はずだったが、王子は思ったよりもやかましく、噂を更新し続けた。


 その間に王太子は自力で美しく優秀な婚約者を見つけてきたことで、王子との婚約は内定のまま放置されていたのだ。


「殿下は婚約した気になってるわよ。そのドレスは趣味じゃないとか、髪は絶対結い上げろとか、あれこれ言ってるもの」


 婚約内定というあいまいな表現に疑問を口にした私へそう説明してくれたのもあの中庭だった。



 ******



 移動の馬車の中で聞いた断罪の顛末はとても簡単なことだった。


 聖女を自称する伯爵令嬢を第二王子が好きになった。聖女は王子の一番を望んだ。

 けれど、王子は好きになった者をすべて近くに置いておきたい。


 先輩との婚約内定を維持したまま、聖女との仲を深めれば、伯爵令嬢である彼女は、時期的にも身分的にも二番手となる。そうなれば聖女は王子のもとを去ってしまう。


 王子は考えた結果、先輩に罪を被せ、身分を落とし、聖女の従者として雇い入れる、というとんでもない計画を思いついた。


 まったく道理の通らないとんでもない計画だが、無駄に優秀だった当時の側近たちの手によって計画は着々と遂行された。


 先輩の字に似せて書かれた国家転覆の計画書、毒に倒れたが奇跡的に生還したという聖女の証言、部屋から出てきた謎の薬。


 捏造と少しのうっかりの結果、断罪は表向き成功したのだ。そのまま、地下牢に閉じ込められた先輩は複数いる協力者の手を借りて脱出、侯爵家に戻り、幼児になって姿を隠した。


 侯爵は少しずつ資産を外国に移し、移住の手はずを整えているらしい。


「聖女って何だと思う?」


 断罪の顛末を語ってくれているメイドの話がひと段落したときに、幼い姿の先輩が問いかけてきた。


「聖女、おとぎ話に出てきた悪魔を倒す少女のことですね。歴史上には存在しない」


 聖女が出てきたおとぎ話を念のため調べたがどれも製作者がはっきりとした物語だ。私の国の歴史にも、この国の歴史にも聖女が登場することはない。

 

「えぇ」


 先輩が笑いをこらえるような顔であいづちを打つのをみて、確信する。


「先輩、一枚かんでますね」


 先輩が顔をあげて嬉しそうに笑った。


「のっかっただけよ」


 メイドが話を続けてくれる。聖女の話も王子の話も先輩の口からききたくないという私のわがままを忠実にかなえてくれている。


 聖女、もとい伯爵令嬢は少し魔法の才能があったらしい。

 先輩の散歩コースで魔法の練習のようなことをしているのを見かけていた。


 時折、散歩に混ざってくる王子を熱烈に見つめていることに気が付く。少し調べると1人でいる王子に声をかけアプローチをし、あちこちで先輩の悪評を流していた。

 警戒すべき相手だと先輩は様子を見ていたらしい。


 先輩の散歩に王子がついてきたある日、散歩コースに自立歩行をする少し大きなゴーレムが現れたらしい。

 奇抜な形のゴーレムは初見で見たらそこそこ恐ろしかったらしく、王子の悲鳴をあげた。

 先輩は周囲を見渡し、少し離れたところで逃げるでも驚くでもなく様子を見ている伯爵令嬢を確認する。


 駆け付けた騎士たちの攻撃ではびくともしないゴーレム。先輩は近くでやっと呆然としているふりを始めた伯爵令嬢に、助けて! と叫んだ。伯爵令嬢は予想通り、攻撃魔法を打ってゴーレムを壊した。


「物理攻撃ではなかなか壊れないけど、魔法攻撃では簡単に壊れる設計だったみたいね」


 結果的に伯爵令嬢は王子に聖女だと言われ天狗になった。王子もピンチを救ってくれた聖女にどっぷりおぼれた。


「伯爵令嬢の方に興味を持ってくれれば円満かと思ったんだけれど、詰めが甘かったわ」


 そう言ってあっけらかんと笑う先輩。断罪の流れまでは読んでいなかったらしい。


「計画を知った時に、ちょうどいいから逃げるのに使わせてもらおうと持ったの」


「逃げる?」


「この国にいたら私はどちらにしろ王族へ嫁がなくてはいけなくなるもの」


「それは、だめですね」


「でしょう?」


 真顔になった私の顔を見つめる先輩の目は何か小動物を見つめているようにも見える。


「それに、ベルの国に家族もつれていくにはこの国との決別が必要だったわ」


 志願した数人の身寄りのない使用人と先輩の家族、私と先輩はもう間もなく国境を超える。

 あと数日で私の故郷だ。

 

「国の民も歓迎します」


 少し寂しそうな表情の先輩に、かける言葉があまり見つからない。私は慰めるのが苦手だった。


「……楽しみが大きいのよ。育った街に帰れなくなるのは少し寂しいわ」


「大丈夫です、いつでも、あのお屋敷に戻れる環境を整えましょう」


 思わずそう言うと、先輩が笑い出す。


「そうね、ベルなら、やってくれるわね」


 先輩の以前よりも少し高い笑い声がかわいらしい。それを口にしたら怒られるかもなと考えながら、私は脳内で少しずつ計画を組み立てていった。

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