先輩をたずねて

 第二王子に気に入られたのが幸いし、簡単に休暇をとれた。王子が「お前がしている仕事など簡単にこなせるから安心してもっと休暇を取れ!」と言ったので、ありがたく休暇予定を2か月ほど伸ばした。

 第二王子の尻ぬぐいをする羽目になりそうな半泣きの元上司に引き留められたが、それならばやめるしかありませんね、と言ってそのまま馬車に乗り込む。


 王都から馬車で2日ほど揺られ、王都の次に大きな街である先輩の故郷の街につく。


 街で一番大きな屋敷が先輩の両親が住む、侯爵家の屋敷だ。

 念のため、侯爵家に顔を出した。

 約束をしていなかったので門前払いだろうと思っていたが、門番が私の顔を見るなり驚いた顔で、お待ちしておりましたと恭しくお辞儀をし、中に入れてくれた。

 客間に通されてすぐに、娘が修道院送りにされたわりには肌つやのいい侯爵夫妻に出迎えられる。


「今日、君が来ると聞いていたけれど。本当だったとはね」


 侯爵がそう言って軽快に笑った。

 やはり先輩には何でもお見通しなようだ。


「先輩を迎えにきたのです」


 そう言うと、侯爵は少し戸惑った顔をする。


「娘は……」


 言葉を濁す侯爵に、私は笑顔で言った。

 おそらく、先輩に会うには侯爵夫妻に私がどこまで気が付いているのか知ってもらう必要があるのだろう。


「ところで……お孫さんはさぞ、かわいらしいでしょう」

 

 その言葉に侯爵夫妻は顔を見合わせると笑いだした。


「それはもう!」


 ******


 侯爵夫妻から教えられたのは街のはずれの、小さな家だった。

 

 小さいが丁寧に作られた家、庭には小さな菜園があり、薬草や野菜が植えられている。


 丁寧に整えられた庭を抜けて、扉の前に立った。


「先輩。迎えに来ました」


 ノックして、扉が開くのを待つ。今までの3年間の中で一番長く感じる10秒だった。


「よく来たわね。ベル」


 扉が開き、出迎えたのは、先輩そっくりの幼い少女。


 私の名前を呼ぶ、ただ1人の人。


 あぁ、よかった。


 安堵で膝から崩れ落ちた。


「先輩、よく、よく、ご無事で」


「あなたも、あのヒントでよくここまでたどり着いたわね」


「先輩の一番の得意教科は魔法薬でした。毒殺しようとしたのであれば、毒だとわからない毒を作るなんて造作もないはず」


「そんなことしないわよ」


 小さな体で不服そうな顔をする先輩がどうにもかわいらしくて、思わず抱きしめる。

 

「あら、子供は嫌いじゃなかったの?」


 からかうような声すらも愛おしい。


「先輩が言ったんですよ、次会うときまでに好きになってろって」

 

「ふふ、そう、しっかり守ったのね」


「本当はすぐに迎えに行きたかったんですよ」


「いやよ、赤ん坊の何もできない姿なんて、恥ずかしいもの」


 先輩が笑いながら小さな手で、頭をなでてくれる。


「どうやって、小さく?」


「薬よ、毒薬と間違われて断罪の道具にされたけど」


「あの時、なにが……あ、やっぱ言わなくていいです。先輩の口からあの王子の話を聞くのは嫌だ。あとで知っている人間を教えてください」


「ベルは変わっていないようね。安心したわ。で?」


 あなたはこれからどうするの? 先輩が挑戦的に笑う。


「そりゃ、もちろん。先輩と一緒にご家族へご挨拶に行って、そしたら、ご家族もつれて私の実家に行きましょう! 盛大に祭りをします! で最後は……あの城を、大きな花火でどっかーんと燃やします!」


 先輩が嬉しそうに手をたたいた。


「燃やすのは城だけね? 人はダメよ?」


 先輩に念を押されてしまった。


「第二王子とあのよくわからない女も?」


「……あの2人は、そうね。私が何とかするわ。他は、あなたがうまくやってくれるでしょう?」


 唇にちいさな指が当たる。精一杯の大人っぽい笑顔がかわいくてしょうがない。


「そりゃもちろん」


 先輩をつぶさないよう慎重に、しかし思いっきり抱きしめる。


「私、魔王ですから!」


 小さな腕が背中へ回される感覚に全身が奮い立つ。


 うん、やはり、この国の学園に潜入したのは間違っていなかった。


 侵略の足掛かりを探すためだったが、もっといい方法が見つかったし何よりもこんなに素晴らしい先輩に出会えてしまった。

 

 わが国の民は、まちくたびれているかもしれないが、先輩に会えばすぐに手のひらを返すに決まっている。


 きっと盛大な祭りと大きな花火を準備してくれることだろう。

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