第二王子の転がし方

 第二王子の側近は激務だ、というのはあながち間違いではなかった。


 第二王子の“側近だけ”は忙しい。執務室の最奥でのんびりと紅茶を飲む王子を横目に、王子がやるべき仕事をこなしていく。

 彼の執務用の装飾を盛りすぎて少々趣味が悪く見える机は、執務机ではなくやけに大きいティーテーブルだったらしい。王子がそこでペンを持っているところをまだ見たことがない。

 

 私の正面で仕事をしていた赤毛の男が小さくうなると、書類を持って席を立つ。クッキーをつまみだした王子のもとに向かう。

 


「殿下、こちらは殿下に対応していただかないと……」


 男の言葉に王子の顔が険しくなる。


「なぜだ?」


「こちらに書かれている内容は、指揮官以上、この部屋では殿下しか知らないことになっている国防上の機密にあたる内容でございます。私が対応は……」


「しかし、お前でもわかることだろう? なぜオレがする必要がある」


「私がこの書類を対応できることが他の部署の方に知られるのが問題で……指摘されれば、殿下のお立場が……」


 男は慎重に言葉を選んでいく。しかし王子の立場の話になった瞬間、王子は趣味の悪い机をたたき大きな音を出した。


「オレの立場を心配するなんて、偉くなったな」


 目の前に立つ男をにらみつける王子。慌てて謝罪を口にした男に、王子は立ち上がり、男の耳元で何か言った。男の顔色がますます悪くなる。


「わかったな?」

 

 第二王子の言葉に男が何度も頷くと、王子は男の肩を何度か軽く叩き、執務室を出ていった。もちろん、休憩時間にはなっていない。


 扉がしっかりしまったのを確認して、男はため息をつく。

 

「大丈夫か」


 私の隣で成り行きを見守っていた長身の男が、赤毛の男に声をかけた。


「お前も、私の妃に手を出したいのか? だそうです」

 

 赤毛の男がそう言うと、長身の男が顔をしかめる。


「何か起こる前に君のお父上に相談しておいたほうがいい」


 長身の男はそう言うと、赤毛の男が持っていた書類を取り上げた。


「殿下の文字に似せて返答を書いておく、何もないことを祈ろう」


 長身の男が私の視線に気が付く。


「ここは……このような場所だ。後ろ盾がない君にはかなり厳しい場所だと思うが……」


「……前任者は」


「君の察している通りだよ。少し機嫌を損ねてね。どこにいるかも、わからない」

 

 王子の妃に手を出したとは冤罪らしい。

 あの王子は先輩を罪のでっち上げでおとしめてずいぶんと調子に乗ったようだ。

 

「……ここにいると知ってはいけないことを知ることになる。何を見聞きしても外で話してはいけない。それだけは覚えておいてくれ」


「承知しました」


 前任者の所在についても調べる必要がありそうだ。


 ******


 数日間で第二王子の人となりをわずかながら理解してきた。


 優れた自分にしかできないことをしたい。

 自分にしかできない何かをしたいと、思い付きで事業を起こし、途中で自分にふさわしくないと投げ出す。この数日間でも新しい貿易会社を作るという話を投げ出して、会社関係で雇った数十人を路頭に迷わせた。

 

 誰かができることはしたくない。

 書類の対応の時がこれだ。おそらく、赤毛の男に、自分にもできるが王子がやらないといけない、と言われたのが気に食わなかったのだろう。


 ほめられるとスムーズに動く。

 これが分かりやすく、先に3つほどほめると指示が通るのだ。


 兄の王太子には負けたくない。王太子よりできてないと言われるのが嫌い。王太子をほめるのなんてもってのほか。

 王太子の話題は禁句にしたいほど、露骨に機嫌が悪くなる。


 ほかにもあるが、最低でもこの4つを意識しながら仕事をしていれば、王子からわけのわからない叱責が飛んでくることはなかった。

 

 仕事をこなし、王子の仕事も適度にさばいているうちに、王子は勝手に私へ信頼を寄せていたらしい。


「あいつは優秀だ。それに比べてお前らは……」


 そのうち、そう言ってほかの側近たちをけなすようになった。


 疲れ切った側近たちの仕事のクオリティはどんどん下がっていく。それに伴い第二王子の評判もどんどん下がっていった。


 評価の低い王族に長く仕えても未来はない。そして、高位貴族の実家を持つ彼らは側近をやめても別の働き口はある。


 1人、また1人とやめていった。


 5人いた側近は私と長身の男。2人だけになってしまった。


「殿下、新しい補佐官は……」


 激務に耐えかねた長身の男がついに言ってしまった。声をかけた者全員に断られたことを長身の男は知らなかったらしい。

 プライドを傷つけられ、激高した王子にその場で辞めさせられた。


「すまない、後は頼む」


 長身の男は申し訳なさそうに私に告げた。しかし、去っていく男の後姿はスキップでもするのではないかと思うほど、弾んでいた。


 ******

 

「もう、お前しかいない……離れないでくれ」


 第二王子と二人きりになった執務室で泣きそうな顔でそう言われた。

 私しかいなくしたのはお前なのだが。


「殿下には、王子妃殿下がいるではございませんか。私しかいないなど、そんなことは……」


 この際だから、聖女だという妃にも仕事を手伝わせればいいというつもりで、妃の話をふった。

 王子は小さく首を振る。


「弱いところは女には見せられない。お前の存在が……とても心強いのだ」


 そう言って抱きしめられたが、私には王子はいらない。そんなことされても困る。


 それに王子が妃の前で見せているのは、強いところではなく、強がっているところだろう。


「おやめください、殿下。こんなことをせずとも、私は殿下のおそばを離れたりなどしません」

 

「本当か?」


「えぇ、本当です」


 抱きしめられる力がなぜか強くなる。


「……おはなしください、殿下」


 もう一度言うと、名残惜しそうに王子が離れる。


「最期の時まで、約束だぞ」


 随分熱烈だ。私は寒気を覚える。表情に出ていないか不安だが、できる限りの笑顔を作り頷く。


 何かを納得した様子の王子が先に自室へ戻ると部屋を出ていった。


 残っている仕事にやっと手が付けられる。服全体を軽くはらって私は作業を再開した。5人で回していた仕事が1人になっているのだ。勤務時間はどんどん増えている。


 どれくらいたっただろうか、再び扉の開く音がして顔をあげた。知らない女と目が合った。豪華で派手な、王子の執務机のような印象のドレスを着ている。間違いなく貴族だろうから、立ち上がって迎え入れる。


「王子妃殿下」


 まったく確証はないが、ドレスのセンスからの予測でそう言うと、女は無言で私の前に立つ。


「初めまして? 殿下の補佐官になったというのに、私に一度もあいさつに来なかった最後の側近さん」


「それは私の不徳の致すところ。大変失礼いたしました」


 嫌味たっぷりの言葉に申し訳なさそうな顔をして返す。謝られると思っていなかったという顔をした妃は数度咳ばらいをして品定めをする目をする。私の頭のてっぺんからつま先までなめるように見ると小さくうなずいた。


「あなた……そう、確かにかわいらしい顔をしているわね」


「はい?」


「殿下になんて言って誘ったの?」


「……おっしゃっている意味が」

 

「あら、あなた、殿下の愛人ではないの? 先ほど、抱きしめられていたじゃない」


 これはめんどくさくなった。


「誤解でございます。私は殿下の愛人などでは……」


「あら、気にしないわよ。殿下はよくおっしゃっていましたもの。好きなものも愛する人も多いほうがいいと。その対象に性別も年齢も種族も関係ないとね」


 いい言葉風に言っているが、ただの浮気癖のあるダメ男ではないか。


「何より、一番は私だと言ってくださっていますし。それに、あなたのようなかわいらしい見目の方が殿下と並ぶ姿はとても絵になりますもの」


 そこまでは聞き取れた。何を言っているかはわからなかった。その後も怒っているのか何なのかわからないが、顔を真っ赤にした妃に早口で何かをまくしたてられた。


 私には心に決めた思い人がいると伝えて、なんとか誤解は解けた。


 妃が去り際、扉が閉まるより先に部屋前に控えていたメイドへ「あれ、飲ませなさい」と言っていたのが聞こえた。


 少し肝が冷えたが、それ以降、メイドから私宛の差し入れが異常に増えたこと以外、特に問題はなかった。


 

 おそらく何かの毒か薬が盛られているのだろう。持ち帰って大事に食べる、と言って受け取り捨てていた。

 そもそも私に効く毒や薬を妃が手に入れられるのかは、はなはだ疑問である。


 いや、本当に魔王を倒す聖女の力があれば毒、薬を作るのはたやすいか。


 もし食べたらどうなるのか、少し気になったので、保護魔法をかけて1つ保管することにした。


 先輩と会えたら、調べてもらうことにしよう。



 


 そして、やっと、一年が終わった。

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