『世界が彼女で覆われてしまう前に』
小田舵木
『世界が彼女で覆われてしまう前に』
あの日。彼女は無数に分裂し始めた。
僕と彼女はデートをしていたんだけど。僕がキスしようか悩んでる間に…彼女の身体が2つに分裂し始めたのに気付いたんだ。
「…
「どうした?キスしたいんだろ?」彼女は何がどうしたの
「君が…分裂しかかってる。まるでアメーバだ」
「はあ?」当然のリアクション。僕だってこんな無粋な事は言いたくないぜ。
「いやさ。ほら。生物でやったろ。無性生物の分裂。アレみたいに律さんが分裂しかかってる」今。彼女の背中から、彼女Bが生まれようとしている。
「私の気を引きたいからって。しょうもない嘘をつくなよ」呆れながら彼女は言うが。その後ろでは彼女Bが完全分離する手前で。
「こんなあり得ない嘘つくほど僕も愚かじゃないって」言い訳。何に言い訳してるんだか。
「…まったく。お前はジョーク好きにも程が―」彼女は振り返ろうとしているが、背中の彼女Bは分離を終えて。
「あーあ。遅かったな。分離しちまった…」僕は
「うわあああ」彼女は叫ぶ。自らの完全なコピーを前にして。
「…」コピーである彼女Bは反応が薄い。まあ、当然の話ではある。
「どうすんのよ、これ…」僕は彼女と向き合ったまま、当惑の声をあげるしかない。
◆
彼女のコピー。彼女Bは自らの身体を不思議そうに見回して。
僕らを不思議な顔で見る。
「どうやら当人は困惑気味だねえ」冷静さを半分取り戻した僕は律さんに呼びかける。
「そりゃ…私から突然分離したんだ。困惑するだろうさ。私と同じように」律さんは言う。相変わらずのクール具合。自分のコピーを前にここまで冷静になれる人類はそうそういない。
「で?どうすんのさ。製造元さんや」僕は
「私に訊くなよ。私だってどうしたら良いか、皆目検討つかんぞ」
「ええ?製造したじゃんよ」
「製造って表現を止めろ、馬鹿野郎」
「いやあ。分裂って表現を使うと―色々取り返しがつかなくなるような気がしまして」
「…意見が合うな。私もこの現象に分裂って呼び名はつけたく無いんだよ」律さんは彼女Bを見ながら言う。
「これさ…僕の想像があたって欲しくは無いけどさ」
「…多分、私も同じ想像をしているぞ」
「律さんBが分裂し始めたらどうなるんだろ…」
「言うな馬鹿、考えるだけで恐ろしい」
「それこそ永遠に律さんが産まれ続け―地球は律さんに覆われちまう」
「…ゾッとしないな。私で覆われた地球」
「ところでさ」僕は話を切り替える。律さんBが分裂し始める前に。
「どうした?バカタレ?」彼女は思案顔だ。まあ仕方ないよね。自分が無限分裂する危機に瀕しているんだからさ。
「分裂元である律さんは平気なの?身体のリソースを奪われたりしてないの?」そう、無から有は産まれたりしない。普通に考えたら分裂する時に身体のリソースが分割されているはずなのだ。これが道理に叶った話なら。
「不思議と…身体に異常を感じない」彼女は
「ほんとに?」僕は律さんに近づいて。彼女を抱っこしてみる。
「やめ…ろよ。でも。私の体重変わってないだろ?」彼女は顔を赤くしながら言う。
「あらま。確かに律さんの重みだ…」こうなってくると。律さんの分裂は道理を外れている。既存の科学に収まらない珍現象。それが
◆
「律さんやあ」僕は彼女を下ろすと語りかける。
「どうしたんだよ?」彼女はまだまだ混乱の渦の中。
「これさ。律さんBを放っとくと
「そりゃな。日常生活にも支障が出そうだ」
「いや。そういうレベルの話じゃなくて。大本の話。ここで無限分裂が始まろうとしている訳さ」
「ああ。世界の危機だな、コンチクショウ」
「ヤケ起こさないでよ…あのね。今ここで。僕たちは律さんBを捕まえて…処理すべきだと思うよ、僕は」律さんの分身を処理するなんてぞっとしないけど。
「処理って言ったってどうするつもりだ?馬鹿?」
「んー?殺す?」
「お前はよくそういう事が言えるな、彼女を前にして」
「こういうのは情緒の話じゃない」僕は言い訳する。こんな言い訳してる場合じゃないけど。
「…一理はある。だが」律さんは言い
「だがもクソもない。やるっきゃないよ。世界を救う為に」
「…私を悪の根源にしてくれるなよ」
「しょうがないだろ?」僕は彼女Bに向かって身構える。こんな平和な公園には
「ったく。お前は何でだか思い切りがいい」律さんも彼女Bに向かう。
僕らの話を聞いていた彼女Bは。身構えた僕らと対峙したが―それも束の間。僕らに背を向けて、この公園の出口に向かって猛ダッシュを始めた。
「やべえ。逃げる気だぞ。律B!」僕は彼女Bを追いかけ始める。
「…あーあ。面倒臭い事になってしまった」律さんも彼女Bを追いかけ始める。
◆
律さんと彼女Bの追いかけっこは始まる。
彼女Bはオリジナル同様、脚が早い早い。僕は追いかけるだけで必死だ。こりゃ殺すどころの話じゃないぞ。
「この馬鹿。普段から運動しとかないから!」
「…文化系ボーイにそれはキツいぜ」僕は言い訳をしておく。
「とにかく。私が先行する。お前は後ろを頼むぞ」律さんは僕を追い越して、彼女Bに向かって全力疾走をかます。
律さんと彼女Bの追いかけっこ。実力が近い…と言うか完全に同じ者の競争。これ、決着は着くのかしらん。
僕はその後ろの方でひぃひぃ言いながら走ってる。まったく。エラいこっちゃで。
律さんは彼女Bの真横に着ける事に成功し。彼女Bに何か言ってる―
「おい。私!!止まれ!悪いようにはしないから!!」いやさ。処分するって話を彼女Bの前でしたじゃんよ?その呼びかけには意味ないぞ。まったく。律さんは単純だから可愛い。
彼女Bは律さんの呼びかけを完全に無視して、自分のペースで走り続けていたが―ここで大問題が起こり始めた。
そう。早くも彼女Bは分裂を開始したのだ。彼女Cが生まれようとしている。
これは予想外に早い。律さん、早く彼女Bを捕まえてくれえ。
「分裂を止めろお」彼女Bを追いかける律さんは言う。アホだ。言葉で止まるものか。違うよ、律さん。しょうがない。
「律さん、いいからタックルでもしかけてよ!」僕は律さんに向かって叫ぶ。
「おうっ」律さんは並んだ彼女Bにショルダータックルを仕掛ける。彼女Bはバランスを崩して倒れ込むが。分裂は止まっていない。背中から彼女Cが生えかかっている。
「コンチクショウ!!」律さんは倒れた彼女Bに組み付いて。背中が地面に着くように組み
「…律さん!ナイスだよ」僕はようやく追いついた。息も絶え絶え。
「これで。とりあえずは彼女Cの生成を止めたぜ」ドヤ顔を僕に向けてくる。眩しい顔してんなあ。
「…」組み伏せられた彼女Bは相変わらずのだんまり。言葉を喋れないんだろうか?
時間は過ぎゆく。
律さんと彼女Bは地面で仲良くおねんね。僕はそれを見守っている。
「…おい馬鹿野郎」痺れを切らした律さんは言う。
「…へい。何でっしゃろか?」僕は
「私はいつまでコイツを組み伏せていれば良いんだ?」声に苛つきが混じってる。
「…永遠に?」だって彼女Bの背中をフリーにした瞬間に彼女Cは生成されてしまい。彼女は永遠に増え始めてしまうのだ。
「私の体力は残念ながら有限だ。無限にコイツを封じておけん」
「だよね…んじゃあ?そのまま首締めてシメちゃう?」僕は残酷な提案をする。だが、それが一番確実だ。オリジナルだけがこの世に残る。後は僕らが死体を処理して、知らん顔しとけばいいだけの話だ。
「お前は『シメちゃう?』で済ませられるから良いよな」律さんは僕を非難する。
「だって。どうせ力は律さんの方が強いし」
「このクソもやし馬鹿め」律さんはお怒りだが…そんな話をしている中で彼女Bは馬乗りになった律さんを跳ね返そうともがいている。
「…律さんや。そろそろキツいんやない?」
「ああ。限界だな」
「決断するなら今しかないぜ?」とことん他人事の僕は彼女に言う。済まん。僕はこういう減らず口を叩くしかできないんだ。
「…」律さんは彼女Bの顔を見ながら考えこんでいる。そうだよなあ。始めての殺人が自分のコピーだもんな。アホの律さんでも迷うよな…
「うがああああ」僕らが
ああ。彼女Bが立ち上がった…そして彼女Cを背中から生やして…
律さんは無限増殖の一歩を踏み出してしまった。彼女の思いとは裏腹に。
◆
僕と律さんは―分裂する彼女を見守る事しかできなかった。
「あーあ。やっちゃいましたぜ?軍曹?」僕は出来る限りちょけながら言う。
「ああ。やっちまったな馬鹿二等兵」
「んで?今後の方針は?」
「…今のところ私は分裂する気配は無いんだよな」
「そういやそうだ。分裂は一回限りって事かな?」
「今のところはそうだ。だから―私Cを追っかける」
「アイアイサー」僕は彼女Bから生えた彼女Cを睨みつける。彼女Cは彼女B同様、生まれた事に当惑しているらしい。
律さんは。彼女Cに向かって距離を詰め始める。彼女Cは当惑していたが、ダッシュで逃げ始める。彼女Bを引き連れて。
「うっわ。セットで逃げ出したよ。どうやって見分ければ良いんだよ!」僕は突っ込む。
「私はなんとなく見分けがつく。初々しい方が私Cだ」
「さすが製造元」
「その表現を止めろよ。バカタレめが」
僕と律さんは彼女BCを追いかける。彼女たちは―街の方へと逃げて行った。
「アホの律さんが製造元なのに、街に逃げるとは
「私もアホでは無いという事だな。しかし困ったぞ。街中で組み伏せるのは目立つ」今、僕らが居るのは公園の近くの川原だ。ここらへんは人通りが少ないから今までの
街中で。
彼女たちは別れていた。彼女Bは駅に向かって。彼女Cはその反対の商業ビルの中に。
「律Bは放っとこう。短期的には害はない」僕は律さんに言う。
「しょうがない」律さんは商業ビルに向かっていく。僕もその後を追いかける。
この商業ビルにはテナントがたくさん入っている。それも高校生の僕たちが入っても違和感のないテナントが。
「コイツは拙いぜ。時間を稼がれてる」
「ここで分裂現象なんて起こしてみろ。大騒ぎだ。急ぐぞバカタレ」
僕たちは手分けしてテナントを当たる。服屋にアクセサリーショップ、雑貨屋、下着屋…出来る限り探して見たのだが。
「見当たんねえなあ」僕は服屋の中で言う。
彼女は見当たらない。そこら辺に居ると思ったんだが。
もしかして。試着コーナーにでも隠れているのだろうか?こうなると男の僕は役に立たない。いきなり試着コーナーを開けて別の人が居たら。僕は性犯罪者としてしょっぴかれかねない。
「スッポコペンペンポン…ポンポポ」僕のスマホが鳴る。
「こちら馬鹿二等兵、オーバー?」
「私だ。この馬鹿。居たぞ、下着屋の試着コーナーの中に」
「そりゃ見つからない訳だよ」
「しかし。私もお前の事を叱れない。彼女は分裂してた。それを止め損ねた」
「…律さんは今、世界に4人居る訳だ。わお」僕は嘆息するしか無い。好きな女が4分裂。エラい騒ぎどころの話じゃない。いよいよ収拾がつかなくなってきた。
「良いか。私が私Dをお前が今居るトコロに追い詰めるから」
「待ち伏せ作戦ね。良いよ。僕は今、CAPに居るから」
「そこの試着室にでも隠れてろ」
「了解」
◆
僕は試着室で息を潜める。平日の夕方のCAPは空いていて。僕が二、三着服を持っていくと門番の店員はあっさり通してくれた。
「あまり長い事居ると。万引き犯扱いされるよなあ」僕は独り言を呟いて。
とりあえずは適当に持ってきたパーカーを着てみるのだが。そのデザインが皮肉だった。『Infinity』とプリントされている。すなわち無限。数学的な意味合いだが。
僕は鏡に向かって苦笑い。今、律さんは無限に向かっている。今日、今ここで食い止めておかないと―ABCで認識するどころの話ではなくなってしまう。
僕は服を試着し終えると、気を張ってみる。だが、律さんも彼女Dも来る気配はない。
ここで思う。商業施設に
僕はスマホを取り出し、電話をかけてみるのだが。
「トゥルルルルル…」呼び出し音だけが虚しく響く。
「クソっ。このまま待つにしたって時間かかり過ぎだ。もう出るしかない」試着室に入って10分は経っているのだ。
僕は試着室を出るとCAPの店内を見回して。店員以外が居ないのを確認する。
さて。ここでどう動くべきか。律さんの動向は分からない。あの人は単純だから、彼女Dを追っかけて外に出ているかも知れない…なんて考えて居る内にスマホの通知音。メッセだ。
『済まん。商業ビルから出た。今は駅の方のペデストリアンデッキに居る』ああ。僕の想像は当たっていたらしい。
…しょうがない。駅のペデストリアンデッキの方に行ってみるか。
◆
時刻は夕方から夜に移り変わりつつある。空は茜色。その下のペデストリアンデッキはこの時刻もあって混み合っている―のだが。
その中央に、律さんは居た。だが、時はすでに遅かった。彼女Dは彼Eを生成し終えた後らしい。
そっくりな顔の女子高生が3人追いかけっこをしている。これは奇妙な風景である。街を歩く人たちも足を止め見ている。
「律さん…やっと追いついたぜ」僕はハアハア言いながら彼女の元に。
「遅かったなバカ二等兵。お陰でご覧の有様だよ。どう始末つけていいのか分からん」
「どうしようもこうしようも。彼女…ええとEを止めなきゃ」
「そうしたいんだがな。こいつらコンビで私を邪魔するんだよ」
「商業ビルで別れたのが運の尽きだったかも」
「かもな。まあ起きてしまった事はしょうがない」
「さてさて。ツー・オン・ツー。僕らの戦いはこれからさ」
彼女DとEは僕らから距離をとって見守っている。時間を稼ごうって腹だな。彼女Fを生成する時間を。
「こうも街中だと、派手な真似は出来ん」律さんは言う。
「後で言い訳するのも面倒だしね」このペデストリアンデッキの近くには警察の派出所がある。つうか、今でも補導されかねないシチェーションだ。高校生4人の追っかけっこ。混み合うペデストリアンデッキでは迷惑な話である。
「アイツらを捕まえにゃ話は始まらん」律さんは僕の隣で屈伸を始める。
「愚直に攻めたトコロで彼女たちの思うつぼだ」
「
「…ぶっちゃけ。思いつかないんだよなあ」と言いながら僕は思案する。飛び道具か何かあればいいんだけど。とりあえずは背負ったリュックを下ろして、中身を見てみる。中身は学用品と身の回りのモノ。使えそうなのは清涼剤のスプレー缶。
「まあ、ここで思いついたら苦労しないよな」律さんは諦めた調子で言う。
「僕も天才軍師でもないしね」とか言いながら。僕はスプレー缶を手に持つ。もうこれしか無いのだ。思いつけ。活用法を。
僕たちと彼女たちは少しの距離をおいて向かい合っている。このスプレーの散布範囲ギリだ。このスプレーには清涼感を演出するために多量のメントールが入ってる…
仕方ない。
この作戦とも言えない奇襲策しかない。
僕は間をおかず彼女たちに近寄り、スプレーを目に向かって撒いてやる。
「んぐぅ!」彼女DだかEだかにヒット。彼女は目を抑えて悶絶している。
「今だよ!律さん!」僕は叫ぶ。
「がってん!!」その声に律さんは応え―目を抑える彼女コピーに組み付く。
もう一人は。この奇襲作戦にびっくりしてフリーズしている…僕はもう一人に抱きつく。
こうして。僕たちは彼女たちを拘束することに成功した。
◆
彼女を拘束したのは良い。だが僕の方はアタリだったらしく。
彼女…彼女Eの背中のほうがなんだかモゾモゾしている。
これはヤバイ。彼女は今から分裂する気だ!僕にどう止めろっていうんだい?
「押し倒せバカタレ!!」彼女Dを組み伏せる律さんは言う。
「これ以上、衆目の前で恥ずかしい真似をしろと?」もう僕が彼女Eに抱きついた時点で周りの人は騒ぎ出してる。このままじゃ警察が来かねない。
「やるんだよ!この人の目のなかで私が増えてみろ。この騒ぎはもっと大きくなる」
「もう!しょうがねえなあ!」僕は彼女Eを押し倒そうとする訳だが。彼女のコピー元と同じで体幹がしっかりしてやがる。周りの野次馬はピィピィ指笛を鳴らしている。
しばらくもみ合い。僕と彼女Eは押し合いへし合いをする。いやあ。男だってのにひ弱なのがココで効いてくるとは。身体を鍛えておくべきだったね。
「律さぁん!助けて!」僕はさっさとギブアップ。
「アホ。今私がコイツから退いたら、コイツがお前を邪魔しにいくだろうが!」律さんは厳しい。まったく。これだからアマゾネスは。
僕と押し合いへし合いをする中でも、彼女Eは確実に分裂を始めている。背中から頭の先っちょが生えかけているのだ。周りの観客はどよめく。
「ぬああああ。ヤバイヤバイ。他人の目に入れちまったよ」僕は悲鳴のような声を揚げるしか出来ない。
◆
時刻は夜へと移り変わった。
空には月が。この異常事態を見守るのは満月―と思っていたら。
おかしい。押し合いへし合いをしていた彼女Eが動かなくなった。
「…ねえ。律さん?」僕は呼びかける。
「何だ?クソ馬鹿?」彼女は不機嫌そうに応える。
「彼女達…動きが止まってない?」
「ああ。それを私も言おうとしていたところだ」
ペデストリアンデッキに月の光が降り注ぐ。彼女DとEはその光のせいで動けなくなっている―ように僕には思えた。
僕は彼女Eを突き飛ばしてみる。とりあえず寝転がそうと思ったのだ。このチャンスに。
彼女はあっさりと後方に倒れ―頭から地面にぶつかる。その瞬間。
バキッという音が辺りに響き渡った。そして粉々に砕けた。
粉々に砕けた彼女Eの破片は、辺りを
「律さん!今の内にDを叩け。なんか知らんけど、今なら砕ける。そして彼女たちは律さんの元に還る」僕は叫ぶ。このチャンスを逃す訳には行かない。
「おうともよ!」彼女Dを組み伏せる律さんは、マウントポジションからパンチをお見舞いして。
彼女Dも粉々に砕けた。そして僕たちの周りを漂い。律さんの元に還っていった。
◆
こうして。僕たちは彼女DとEを消す事に成功し。
律さんの無限増殖を止めることが出来たのだが―いやあ。場所が場所だ。大騒ぎになってしまい。予測通り警官は現れ。あっさり捕まってしまった。オーディエンスの騒ぎ声が響き渡る。
「君たちィ!!何をしたんだ?」正義感の強そうな警官は僕らを拘束しつつ問う。
「いや何も?ちょっとした手品ショーをね…」僕はとっさに言い訳。ここで時間を取られたくない。彼女コピーは後2体残っているのだ。
「そうそう。小遣い稼ぎに手品をな!!」律さんは僕に合わせて言うが。警官は聞く耳を持たず。
「公道でショウをするにも許可が要るんだよ!とりあえず派出所で話聞くから」警官は有無を言わせず言う。
◆
僕たちは派出所でこってりと説教を受けた。その上親まで呼ばれてしまい。
親たちにあらぬ言い訳をする羽目になった。だって正直に言えるかい?僕の彼女が無限増殖し始めて云々…逆の立場なら信じないね。
◆
あれから1ヶ月。もう一度の満月の晩を今、迎える。
「おい。バカタレ」僕の
「どしたの?」僕は応える。いつもの調子で。
「野良の私は後2人。捕まると思う?」
「どうだろう?あれから放課後は君のコピーの捜索に使ってきたけど…全然見当たらないよね」あの晩から僕たちは街をくまなく歩いて彼女B、Cを探しているのだが。まったく成果は上がっていない。今晩が二度目の満月。勝負をするならこの晩しかない。
「まだ。戻ってきた気配は無いんだよなあ。だからまだアイツら生きてると思うんだけど」律さんは頭を
「いやあ。自分のコピーが2人もこの世に居るってどんな気分なのさ?」僕は
「別に。他人と変わらんよ。コピーであれ。今みたいに離れてるとまったく向こうが分からん」
「何かテレパシーとかないのかい?一応は大本だろ君は」
「そんな便利な機能付いちゃないね」
「ったく…しょうがないなあ」
「面倒くさいよなあ」
「ね。律さん。このままコピーが見つからなかったらどうする?」
「最悪だ。私にそっくりなヤツが3人、この世に存在することになっちまう」
「俗に言うよね。この世の中にはそっくりさんが3人は居るって。ドッペルゲンガーみたいで笑えるなあ」僕はここにきたって他人事。しょうがないじゃないか。
「お前は能天気で良いよなあ」
「だってあくまで巻き込まれた側だもん」
「…お前は私が好きなんだろ?」いきなり何を言い出すんだ。コイツは。
「そりゃあ。ベタ惚れですけど」僕は彼女にぞっこんだ。
「最後まで付き合えよな?」律さんは僕の目を覗き込みながら言う。
「…愛の告白かい?下手しい一生見つからないかもなんだぜ?」
「それでもお前には付き合ってもらう。なんたって当事者の近くに居たんだから」
「…謹んでお受けしますよ。さって。今日もコピー捜索の始まりだ」
僕と律さんは満月が照らす街を歩いていく。
アテはない、見つかるかも分からない、存在するのかも怪しい何かを探しに。
◆
『世界が彼女で覆われてしまう前に』 小田舵木 @odakajiki
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