【短編】創り出す"もの"

竹輪剛志

本編「創り出す"もの"」

 ディスプレイに滑らかで均一的な線が描かれる。その次に、鮮やかな色が油絵の様に重ねて塗られていった。それは絵描きに何年もの人生を捧げた者の技巧そのものである。


「……こんなのが許されて良いのかよ」


 一人の男がディスプレイに映し出されている美麗なイラストを見て嘆いた。電気もついていない部屋は散らかっており、足の踏み場もなかった。さまざまな物が散らかっている部屋の中で取り分け目立つのは、一枚のキャンパスである。その周りには多くの画材が転がっている。

 男は小学校以来ずっと使っている机に座りノートパソコンの画面を眺めていて、画面には依然イラストが表示されている。マウスを数回クリックすると、おもむろにキーボードで文字を入力し、エンターを押した。それから数秒、画面にはまた異なる美しい絵が映されていた。


「……とんでもないな」


 男は画面に映しだされた絵を見て絶望した。その絵は今流行りの最新技術。いわゆるAIによる画像生成によって描かれたイラストであった。そのイラストは恐ろしい程に美しく、理論的かつ芸術的であった。

 男が立派な絵を一枚描き上げるのにかかる時間はかなり長い。一方で、人工知能が描き上げるのに必要な時間はものの数十秒。

 男は嫌な想像で頭がいっぱいになった。近い将来、画家という職業が無くなってしまうのではないか。そうなれば、自分はどうすれば良いのか。自分が絵に捧げた十数年はどうなってしまうのか。

 男はどうしようもない想いを抱きながら立ち上がった。彼が通っている芸術大学に行く時間になったのだ。

 荷物を取り、部屋から出て徒歩で大学へ向かう。家から大学まではものの数分である。しかし、この数分は彼にとってどうしようもなく長く感じられた。

 悶々とした気持ちが晴れない。未来への不安が秒増しで増大していく。人工知能に仕事を奪われる。少し遠くだと思っていた未来は自分の元に来てしまった。何かしないと、全てを人工知能に奪われてしまうのではないか。

 大衆は高い金を払って少ししか水の出ない井戸よりも、少しの金でじゃぶじゃぶと水が出てくる井戸を選ぶに決まっている。出口の無い迷宮を彷徨うな気持ちで大学に到着した。

 見慣れた大学構内を通り、いつもの作業場の扉を空ける。


「ああ、君か」


 そこには教授が一人、椅子に座って画集を眺めていた。木造の作業場は歴史を感じられて、どこか落ち着く雰囲気を漂わせていた。至る所に絵具がついていて、まさに作品が生まれる場所、といった感じだ。


「……おはようございます」


 男が挨拶をすると、教授は顔をあげて彼の方を見た。


「随分と浮かない顔をしているじゃないか。どうした」


 男は荷物をおろしながら答えた。


「AI絵ですよ。教授知らないんですか?」


 そっけなく返すと、男はいつもの場所について絵を描く準備を始めた。目の前に描きかけのキャンパスをたてる。


「ああ、知ってるさ。今話題になっている奴だろう? なんでも、ものの数秒で絵を


描いてしまうとか… こっちでも話題になっていたよ」

 足を組み、頬杖をつきながら教授はそう返した。


「だが、それがどうしたんだい?」


 教授の問いかけに対し、男は書きかけのキャンパスをじっと見つめながら答えた。


「AIなら、この書きかけの絵を数秒で描き上げるでしょう…… そんなの、僕らがいる意味が無いじゃないですか」


 男の言葉は語尾が段々と弱くなっていった。悔しさか、悲しさか。彼は筆の柄を強く握っていた。

 すると教授はおもむろに立ち上がり、男の方に歩き、描きかけのキャンパスを眺めた。


「良い絵じゃないか。君らしい、な」


 続けて教授はこう言った。


「いくらAIが絵を何枚も描こうが、ピカソの絵には勝てない。何故か。それはピカソの絵には、ピカソの絵の良さがあるからさ」


 教授は男の絵から離れて、作業場の扉の方まで歩き出した。そして、歩きながらこう言った。


「岡本太郎の絵には岡本太郎の絵の良さ。勿論、AIの絵にはAIの良さが。そして……」


 扉が開いた。


「君の絵には君の絵だからこそ良さがあるのさ。AIじゃ描けない、ね」


 そう言って、教授は作業場を後にした。

 作業場には男が一人。握られた筆の力はいつのまにか弱くなっていた。

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【短編】創り出す"もの" 竹輪剛志 @YuruYuni

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