第4話 1日目・龍野紅火

 「どういうことだァ?」

 ボク、龍野紅火がおもわず言っちゃったのはそれだったね。だって命を狙われてる女の子・北風龍子を追ってたら廃工場に呼び出されてるし、リンチされそうになってるし、そこを男の子に助けられてるし、かと思ったら殺すって言われてるし、てんこ盛りすぎるでしょ。

 まあなんでそうなってるかの理由は知ってるんだけどね。あの三人の動きはドイツもケンカなれしてる。百パーセント『同業者』だ。


『令和のY150』

『小学生限定 高額報酬』

『小学生だからできるお仕事です! 誘拐された小学生の保護にご協力してくれた方に150万円差し上げます!』

『保護対象:北風龍女(東横浜小学校6年1組)』

『注意! 以下の場合は報奨金を受け取れません。1、手足を除いた場所への暴力。2、凶器の使用。3、登下校の時間外の保護。4、スクールゾーン外の保護。5、事前の連絡の無い保護。』


 ボクが知り合いのケンカ屋から教わった裏サイトで見つけた『手配書』だ。子どもを誘拐するときに同じ子どもに手伝わせるって手がある。大人よりも怪しくないからね。だからケンカ屋の間にこのアルバイトがひろまっている。たぶんこれは臓器移植のために臓器をねらってるパターンだ。胴体への攻撃や凶器の使用を禁止しているのは内蔵が傷つきかねないから。登下校中やスクールゾーンだけで襲うように言っているのは、目撃者に子どものケンカだと思わせるため。事前の連絡は、ノックアウトされた子どもを証拠を残さずに素早く『処理』するため、かな。

 意外に思うかもしれいけれど、大人は子どものケンカをまず見ないフリする。十中八九って四字熟語があるけど、それ以上の95パーセントの大人は、子どもがいて当たり前の場所で当たり前の時間でケンカしてるなら、止めもしないし警察に通報もしない。よほどヒドくなければ、すぐに顔をそむける。だからケンカ屋が成り立つ。

 そこを上手くついて子どもに子どもを誘拐させようってわけだ。大人じゃ子どもに近づくだけで通報されても、子どもなら問題ない。

「つっても、これはちょっとメンドウな話になってきたかな?」

 ただ子どもだから問題もある。ルールを守る気があるヤツがほどんどいないんだ。こんな怪しいスパムを真に受けて見ず知らずの女の子に暴力を振るう人間のクズだけあって、ルール守るものじゃなくて『どうやったら破ってるってバレないか』っていうものだ。あの九竜雷乃もそうみたいだね。最近テレビで見ないなと思ってたけど、裏でこんなことをしてたとは。大人使ってるし武器使ってるしスクールゾーンから外れてるし、やりたい放題だな。

 でもああいうクズでもどれだけペナルティがあるかは依頼を出してる主催者によるらしい。元々大人じゃ子どもに手を出せないからこんなことをしてるんで、ルール違反者にもどれだけ制裁が加えられるかはバラバラだとか。

 そんなわけで、どう動こうか考えるボクだったんだけど、聞こえてきた九竜の声で決めた。

「すみません横浜に来てから殺気を感じることに。九竜さんたちが狙ってたってことですね。」

「アタシは狙っていないわ、アタシはね……」

「……どういうことです?」

「フフフ、さあ?」

(いまの言葉、もしかして九竜が今回の主催者か?)

 なら話が変わる。九竜たちをノックアウトして、ボクの復讐を邪魔する今回の『アルバイト』、その目的を暴いてかつぶっ潰す。

 なぜあの北風龍子を狙うのか。彼女が忍躰術の伝承者と知っていての行動なのか、たんなる偶然なのか。それを吐かせる。

「今日は集まってくれてみんなありがとう。また遊びましょう?」

 九竜が部下のオッサンを引き連れて廃工場から去っていく。ボクはしかたなく後を追った。本当は感動の再会と行きたかったけど……

「待っててねリュウちゃん。キミはボクがぶっ潰すから。」

 ボクは自分の右眼が疼くのを感じる。復讐のまたとないチャンスに全身の血管に力がみなぎっていくのを感じる。

 でも、まだだ、まだ早い。先に邪魔者を片づけておかないと、いらない横やりが入るかもしれないからね。

「雷乃様、全員撤収しました。」

「なら早く出しなさい。」

 体のいろんな所のプロテクターを調整して、フルフェイスのヘルメットを被る。顔が見えないようにしなきゃいけないってのはメンドウだけれど、それよりもこれからのケンカに心臓のリズムが上がっていく。

 ボクは九竜たちが車に乗りつけて発車するのを待つ。まずはヤツらから潰す。

 そしてボクは急発進した車の前に飛び出した。

「なっ!?」「ウワアアアアッ!?」

 車に乗る九竜とその部下と目が合う。来たッ、この感覚ッ!

「我流──」

 あわてて急ブレーキを踏んでも車は急には止まれないッ。スピードは遅くなっても、一秒以内にボクははねとばされる。だけれどォ!

「──車廻し!」

 はねられる瞬間に上に飛びながら体をひねる。空中で横に回りながら、車のバンパーから、ボンネット、フロントガラスにすべるように転がる。これぞ我流・車廻し!

 車が衝突する音が聞こえる。先頭の車が急ブレーキしたんで、後ろの車が次々にツッコんで玉突き事故だ。ボクは後ろの車のボンネットにまで転がると、素早く左に降りた。ここからは時間との勝負だ。車は三両、ぜんぶタクシーみたいな形だから乗ってるのは十人ぐらい。事故の衝撃から立ち直る前にぶちのめす。まずは一番被害が薄い最後尾の三両目を潰すッ!

「雷乃様、大丈夫ですグギャッ!?」

 まず一人! 慌てて飛び出してきた運転手のオッサンの頭をつかみ、車に叩きつけて気絶させる。オッサンが出てきた運転席の上のへりに手をかけて、体をうんていするみたいに上げて、そして一気に車内に突入ッ!

「なんバラァッ!?」

 助手席にいたオッサンの右ほほにキックが刺さり、窓ガラスに頭を打ちつけて動かなくなる。運転席から後部座席のロックを解除する。車外に出ると、後部座席のドアを開けて、ポカンとしている三人のオッサンに連続でフックを入れた。

「え、なにっギャァ!?」「誰グギャッ!?」「やめてやめアガアッ!?」

 これで五人。予想よりも人数が多い。

 直ぐに二両目の車に走る。どんどん車から降りてくるオッサンの一人にドロップキックをかましてダウンさせると、車内から武器を取り出そうとしていたオッサンを後ろから殴り、逃げようとしていた別のオッサンを背中から蹴り飛ばす。ここまで良いペースだ。二両目はあと二人、どちらも鉄パイプを持ってる。

(だがなってないッ!)

 ボクは鉄パイプを振り上げた方のオッサンに突っ込み、ビタリと止まった。靴の裏とアスファルトが擦れて音と熱を感じる。オッサンは鉄パイプを、振り下ろせない。

(ちょろいっ!)

「ガハッ……」

 余裕で当て身をみぞおちに入れる。膝から崩れるオッサン。次はもう一人の鉄パイプを持ってるオッサン。こっちにはゆっくり歩く。鉄パイプは、振り下ろせない。それが当然だと思いながら、また当て身で沈めた。

 ふつうの大人は、子どもを凶器で襲えない。たとえヤラなきゃヤラれるとしても、鉄パイプを頭に振り下ろしたり、ナイフを突き刺したりできない。このオッサンたちはどう見てもパンピー、おおかた九竜のファンとかだろう。そんなヤツらに武器を持たせても、素手よりも戦えない。

「なによ、なんなのよっ!」

「雷乃様、ここは殺ります!」

「バカっ! そんなの使ったら証拠が残るっ!」

 あとは一両目、九竜と三人のオッサンだけれど。

(ヒューッ、できるヤツもいるじゃん。)

 一目見てこれまでの雑魚とは格が違うってわかった。

 ムキムキの素手のオッサン二人に、銃を持ったオッサン。コイツらの身構え方から全員ケンカの心得があるのがわかる。なにより後先考えずに拳銃を構えるイカれ方。思わず武者震いがしてくる。

 そこでボクに一つのひらめきが走った。コイツらならあの奥義を、頭での車廻しを試せるかもしれない。

(試したい、どこまで強くなってるか。)

 この五年間、二千日以上の修行を経て、今のボクが拳銃にも通用するのか知りたい、そう思って気がついたら走り出していた。

「ナメてんじゃねえぞスッぞゴラァッ!」

「バカぁっ! 撃つなぁ!」

 オッサンの指先へと全神経を使う。トリガーガードから人差し指が離れた。来るッ!

「我流・車廻し!」

 技名を言いながらボクは横にステップを踏み、同時に体をフィギュアスケートの選手みたいに回す。撃つ瞬間に銃口がブレる。着弾点は側頭部、それをヘルメットの丸さと、体の回転で、受け流すッ!

 頭にすごい衝撃がくる。ぶん殴られたみたいに頭がゆれる。でも、ボクはそれをハッキリと自覚できてる。つまり。

「しゃあっ! 成功だッ!」

 ハッキリとわかったッ! ボクは弾丸すら受け流せるほどに強いとッ!

 コーフンで笑ってしまう。今のボクなら復讐完遂間違い無しッ!

「この■■■共がっ! とっとと逃げるわよっ! アンタたちは足止め!」

「ムフフ、本気出しちゃいますね。」「オジサンはね、小さい子ほど傷つけるモチベーションが上がるんだ。」

(おっと、ハシャギすぎたか。)

 とっさにしゃがんで飛び蹴りをかわして、次に膝を取りに来たタックルを横にかわす。テンションがハイになってスキを見せたあいだに、ムキムキのオッサンコンビに距離をつめられていた。さすがに二対一はキツい。潮どきだな。

「お前らも乗れ!」「ムフフ、また遊んであげるね。」「今度は逃げちゃダメダメ。」

 ドッジとガードに集中してムキムキコンビの攻撃をやり過ごす。その間に九竜たちは車に乗り込んでいた。さすがにあの数に一度に襲いかかられたら死ねるが、心が折れてるらしい、飛び込むように車にオッサンたちが吸い込まれていく。ムキムキのオッサンたちが車にしがみつくと、急発進して去っていった。

 ボクは確信する。今のボクなら、同じ小学生相手に負けることはないと。

「待ってろよォリュウちゃん……すぐにぶっ潰しにいくからねェ……!」

 ボクはまた右眼が疼くのを感じた。

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鉄風雷火! @woshimoto_misui

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