神託
深川夏眠
the oracle
足を止め、複式アルバイトフレームの黒いレンズを跳ね上げて日陰を見た。背嚢は重いが飲料水は切れていた。
「いらっしゃい」
売り子は年端も行かぬ小僧で、レジャーチェアから腰を上げ、暇潰しに読んでいたらしい本に
「水をくれ」
「あい、よく冷えてます。神域の湧き水でやんすから、ご利益がありやしょう」
小僧は大型のクーラーボックスに沈んだ瑠璃色の細いボトルを引き上げ、表面の水滴を拭って寄越した。見ると、いわゆるどぶづけの中には色とりどりの直方体の瓶が切り分けられた
「お代はそちらへ。おつりは出ません。あしからず」
「ああ」
値段はあってなきが如し。維持・管理費の足しに、お気持ちばかり……と言いたいのだろう。浄財と墨書された木箱に小銭を入れ、
「ありがとう」
「まいど。お気をつけて」
レンズを元に戻し、強い日差しを遮った。
「グァッ」
何かが粘膜を刺した。その場に
肩で息をつき、ストローの切れ端に似たものを視界の隅に捉えた。摘み上げると、ペロンと捲れた。小さな加工紙だった。細かい文字が印刷されていた。もう一度、黒レンズを持ち上げて
「
他にも財産やら恋愛やらが何だとか書き連ねてあったが、どうでもよかった。あの小僧が無造作に引き当てた御託宣に感謝して、放浪を続けることにした。
the oracle【The End】
*2023年8月書き下ろし。
**縦書き版はRomancer『掌編 -Short Short Stories』にて
無料でお読みいただけます。
https://romancer.voyager.co.jp/?p=116877&post_type=rmcposts
***雰囲気画⇒https://cdn-static.kakuyomu.jp/image/8fUBMw2X
神託 深川夏眠 @fukagawanatsumi
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