第37話 卒業-1

 僕らの高校生活は概ね順風満帆だった。

 些細なトラブルなら、いくつもあったけど、僕らはそれを力を合わせて撥ね除けていった。

 滝沢、田中、花屋敷さん、月子、そして僕。二年生の終わりまでは、なにかとこの面子で行動することが多かったけど、進級してクラス替えが行われると、僕らはみんなバラバラになって自然と会って話をする機会も減っていった。

 その中でも滝沢と花屋敷さんは毎日のように登下校をともにしていて、二人の仲睦まじさが羨ましくもあったが、そういう僕だって放課後になれば爽子との待ち合わせ場所へと駆けていくのだ。

 僕と爽子はともに東京の大学を目指すことにしていて、上手くすれば学校こそ違うものの、両校の位置が近いこともあって、向こうで逢うのに苦労せずにすみそうだ。

 もちろん、そのためにも勉強は頑張らねばならず、塾通いなども増えて仲間と会う機会はますます減っていった。

 一月末の試験が終われば僕ら三年生は、ほぼ自由登校で、いつしか月子と顔を合わせなくなって一月ひとつき近くが経っていることに僕自身驚いた。

 一度学校で、髪を下ろした月子を見かけたと思って声をかけると、双子のお姉さんの方だったことがある。それまでにも、ときどき遠目には見ていたのだけど、ひとりで居られるとほとんど見分けはつかない。

 ただ、お姉さんの――みなみさんのほうが月子よりも物静かで大人びた表情を浮かべている気がする。

 陽さんは僕が間違いを謝罪すると微笑を浮かべて言った。


「三日森くんね。月子から聞いているわ」

「え、ええ」

「あの娘は詳しいことは教えてくれないけど、前にあなたにすごいお世話になったって言っていたわ。頭が上がらないって」


 それはどう考えても言う方と言われる方が逆だ。


「い、いえいえ、僕のほうこそ助けられてばかりでして」


 恐縮して言うと陽さんは少しだけ面白がるように笑った。


「ステキな彼女ができたって聞いたけれど」

「え、ええ、それも月子――いえ、月子さんのおかげで……」


 顔もそうだけど声も月子によく似ているので、こうして話していると奇妙な気分になってくる。僕は話を逸らす目的もあって、とりあえず月子について聞くことにした。


「あの……月子さんはお元気ですか? しばらく会えてないので」

「ええ、あの娘は元気よ。あなたのおかげでね」

「いや、僕はなんにもしてませんけど?」


 僕が言っても陽さんは、やさしく微笑むだけで、そこにはなにやら意味深な物を感じはしたのだけど、それ以上のことは聞けなかった。

 それから時は流れて、ようやく僕が月子と顔を合わせたのは卒業式の当日だ。

 以前と変わらぬ元気な笑顔を見てほっとする僕に、月子は開口一番合格のお祝いを言ってくれた。どうやら滝沢から花屋敷さん経由で聞いていたらしい。

 僕はもっと他にいろいろと話したいことがあったのだけど、人気者の月子の周りにはすぐに人だかりができてしまって、どうにもそれは無理そうだった。

 その様子を遠巻きに眺めていると田中がゆっくり歩いてきて同じように月子を眺めた。いろんな相手から次々に話しかけられて大忙しの月子を見て、気の毒そうにつぶやく。


「たいへんだな、月子さん。今日はいっぱい告られるぞ」

「ああ……。そういえば星輪高校のアイドルだもんな」

「そのアイドルも今日で見納めかと思うと寂しいもんだな」

「うん……」


 月子は僕の高校時代を象徴する存在だ。これからもきっと彼女のことは何度となく思い返すだろう。

 だけど僕は東京の大学に行き、月子は地元の女子大だ。

 そもそも星輪高校があるこの茜川すら、僕の実家からは電車で一時間という距離にある。

 三年のクラスが別々になったこともあり、学年単位での同窓会が開かれなければ、これが今生の別れかもしれなかった。

 それは寂しいことだけど、誰もが通る道だと思えば受け入れるしかないのだろう。

 幸いなことに爽子も無事に志望校への合格を決めていたので、僕らは向こうでも普通に逢えるはずだ。そこにはきっと新しい出会いもあるだろう。今の僕はそれを期待してさえいた。

 やがて耳慣れたチャイムの音が鳴り響き、僕らはまず教室へと向かう。そこから講堂に向かい、卒業式を終えて、そして最後のホームルームというお決まりの流れだ。

 それにしても、なんとも感慨深いものだ。中学の卒業式も小学校のそれも僕にとっては作業でしかなかったのに、今は涙腺が緩みそうなほど胸が熱くなっている。

 あれから友達も増えたし、一部ではあるけど後輩とも交流を持った。灰色で終わるはずだった青春はバラ色とはいかないまでも、水色ぐらいにはなった気がする。

 講堂で「仰げば尊し」を唄いながら僕が考えていたのは、やはり月子のことだ。僕にとって大恩ある我が師といえるのは、やっぱり彼女のことだと思う。

 だからもう一度、最後に会って感謝の気持ちだけは伝えておきたかった。

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