第32話 裏切らない

 午後4時過ぎには雨もあがっていた。風はまだ強めだったが、歩くのに支障が出るほどではない。僕は帰路につく月子を駅まで送っていった。

 自慢になるはずもないが僕の家にはゲーム機がなく、トランプすら持っていない。

 よって時間を潰すのに使えるのはテレビぐらいで、僕らは2時間サスペンスの再放送をぼーっと見るという、あまり有意義ではない時間の使い方をしてしまった。

 もっとも、ときおり月子がトリックの粗や犯人の行動のおかしさにツッコミを入れて、それが面白かったので僕としては退屈しなかった。

 ただ、月子の振る舞いがあまりにも自然だったせいで忘れかけていたが、彼女は今日、あきらかにおかしな行動を取ったのだ。

 自殺なんて月子らしくないし、あの後の様子を見ても、とてもそんなことをしようとしていたようには思えない。

 だからといって、もし本当にオカルト染みたことが起きたのなら、今の月子はあまりにも落ち着きすぎている。

 怖い目に遭ったとさえ思っていないようなのだ。

 僕はなんだか不安になって、駅に着いたところで念を押すように月子に言った。


「明日は僕の家まで来てくれるんだよな?」

「ええ、そのつもりよ」


 返事に不自然な間はなく、その眼差しもしっかりと僕を捉えている。

 それでも、彼女をひとりにすることには、なんだか抵抗があった。


「やっぱり、茜川まで送っていくよ」

「いや、大丈夫よ。片道何分かかると思ってるの?」

「でもさ……」


 なおも僕が言いつのると、月子は口元には笑みを浮かべたままで、困ったように眉を寄せた。そして僕の目を覗き込むようにして聞いてくる。


「三日森くんは、わたしに死なれると悲しい?」


 それはパンとお米とどっちが好きかと聞いているような軽い口調だったが、内容はあまり普通じゃない。僕は考える前に怒ったように言っていた。


「当たり前だろ」

「どうして?」


 これもまた、月子の口調は軽い。僕はやはり怒ったように答えた。


「君のことが好きだからだよ!」


 告げると月子はくすくす笑い、やや上目遣いに僕を見て言う。


「愛の告白みたいね」

「え……?」


 指摘されて、はじめて気づく。言い方が悪かったか。


「でも大丈夫。わたしは君の気持ちはちゃんと知ってるから勘違いなんてしない」


 月子は少しうつむき加減に寂しげな笑みを浮かべると、両手を後ろで組んだまま小さく円を描くように歩き、再びこちらを見たときには、いつもどおりの笑顔に戻っていた。


「安心して、三日森くん。わたしは大丈夫。わたしは君を裏切らないから」


 どこかで聞いた言葉を言うと、軽く手を振って駅の構内へと歩き出してしまう。

 追いかけようとして僕は立ち止まった。感じていたのは奇妙な罪悪感だ。


「これ以上は月子を疑うことになるか……」


 つぶやいて僕は踵を返した。何度か、ふり返って駅を見たが月子の姿はもう見えなかった。

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