第28話 不安-1

 教室に戻ったとき、すでに一時限目の授業が始まっていたが、そこには月子と田中の姿がなかった。

 そういえば級友を思いっきり殴ってしまうなんて、これはいろいろと後を引くかも知れない。ヘタをすれば停学処分だ。

 これでまた親父になにを言われるかわからないが、自業自得だからしかたがない。殴ってしまったこと自体を僕は悪いとは思わないが、それでもやっぱり後味の悪さは感じている。

 あんなことをした田中に対する怒りは冷めていなかったが、それでも今日まであいつは僕らの友達だった。その友情もこれで終わりかもしれない。それは寂しいことに違いなかった。

 授業内容を右から左へと聞き流しながら、ぼんやり考え込んでいると、やがて月子が教室に戻ってきた。

 どうやら田中を保健室に連れて行っていたらしい。

 その田中本人はというと今日は気分が悪くて早退したとのことだ。

 まさか僕が殴ったときに頭でも打ってしまったのだろうか?

 一時限目の授業の間、僕は不安な気持ちにさせられたが、休み時間が来ると、月子がぜんぶ事情を話してくれた。


「顔の腫れ以外はどうってことないわ。でも、誰がどう見ても人に殴られたって顔になってるから、今日はもう帰るって。でないと教師にいろいろ聞かれそうだしってさ」


 それって、もしかして僕が処分とかくらわないようにってことなのだろうか?

 月子はそこまでは聞いていないのか、自分の解釈などは挟まず、事実だけを述べる。


「三人にあやまっておいてくれって言ってたわよ。なんでもひとりだけ蚊帳の外に置かれて寂しかったんだってさ」


 それを聞いて僕と滝沢は顔を見合わせた。


「俺のせいか……」


 滝沢はつぶやくが、ふたりだけで話を進めようとしたのは僕も同じことだ。


「あなた達が気に病む必要はないわ。実際、悪いのは田中くんなんだから」

「けど、俺の態度があいつを傷つけていたなら……」

「それが嫌なら、彼はそのことをちゃんとあなた達に告げるべきだったのよ。何かあるなら僕にもちゃんと話してくれってね」


 月子の言うことはもっともだけど、ちょっと厳しすぎるようにも思える。僕らはまだ高校生男子。十代の青二才なのだ。そう思ったのは僕だけではないらしく、花屋敷さんも溜息交じりに言った。


「ルナってば、そういう容赦のない台詞を田中くんにも言ったのね」

「もちろん」


 うん、やっぱり鬼だ。


「何か言った? 三日森くん」

「名探偵からエスパーにランクアップした!?」


 心を読んだかのような月子の反応に僕が目を丸くしてると、そのやりとりを見ていた滝沢が苦笑を浮かべて言った。


「お前もたいへんだな」

「何が?」

「女房がこんなんで」

「いや、だから違うって!」


 僕は慌てたが、こういうとき月子はいつも涼しい顔をしている。

 なおも誤解を解こうとする僕に、滝沢は両手で抑えるように合図をしながら言った。


「冗談だよ、冗談」


 その滝沢の隣で花屋敷さんは、どこかつらそうな目を月子に向けていた。

 なんだろう? どうにも気になる。

 前に月子が言っていた初恋の話は本当のことだったのだろうか。頭のいい花屋敷さんが、そんな勘違いをいつまでもし続けるだろうか?

 それに前に見た月子の寂しげな横顔。

 なんだか急にいい知れない不安が込み上げてきていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る