第22話 友達の恋-2
他に誰も居ない教室で月子はひとり自分の椅子に腰掛けていた。
僕が入ってきたことにも気づかず、ぼんやりとした視線を窓のほうへと向けている。ひどく遠い眼差しで、その目が何も映していないことは明白だった。
そこに浮かんでいるのは笑みではなく、悲しみではなく、だからといって無表情でもない。その横顔は見ているものの胸を締めつけるほどに儚げで――とても綺麗だった。
いったいどうしたというのだろうか? 声をかけるタイミングが見つからない。
息を呑んで僕は立ち尽くす。その視線の先で月子が、ゆっくりと口を開いた。
「お腹空いたなぁ」
ぼやくような呟きに僕はずっこけそうになった。そのとき机にぶつかった音が聞こえたのだろう。月子が振り向いて言った。
「あれ、三日森くん? まだ居たんだ」
「あ、ああ」
こちらを向いた月子の顔は馴染みのある笑顔だ。とりあえず僕が頷くと、彼女は目を細めて、からかうように言ってくる。
「教室でひとり黄昏れる女子のアンニュイな
「いや、盗み見てないし、ほくそ笑んでないし、そもそも卑猥ってどういう表現だよ」
相変わらずの調子に、さっきのはなんだったんだと内心で嘆息しつつも、僕はとりあえず目的を果たすべく彼女の方に近づいた。
「月子、ちょっと聞きたいんだけど」
「なにかしら? いや、待って。君って変な奴だから、きっと変なことを聞いてくるよね。たとえばデリカシーもなく体重は何キロとか?」
「いや、そんなことを聞いてどうすんのさ」
「それはこっちが聞きたいわ」
「そんなこと言われても、聞く気がないのに答えようがないだろ」
「うーん……。じゃあ、スリーサイズのほうか」
「前から思ってたけど、月子って発想が少しエッチだよね」
「なんですと!?」
月子は目を見開いて心外そうな顔をした。
「だって前にも寝取られ寝取られって」
「君を焚きつけるためでしょ。言うほうだって恥ずかしかったんだから」
ぷいっと横を向いてしまう。その仕草がかわいらしくて僕は少し笑った。
「ごめんごめん」
「それで、なにを聞きたいの?」
そっぽを向いたまま横目で聞いてくる。
「花屋敷さんってさ、つき合ってる人とか居るのかな?」
「滝沢くんね」
「え?」
「彼に頼まれて聞きに来たんでしょ」
「なんで判るんだ? やっぱり名探偵なのか」
「普段の彼の態度を見てれば咲良に気があることなんて一目瞭然でしょ」
何をか言わんやという顔で月子は僕を見た。
「そ、そうなのか……」
正直言って、僕はついさっき滝沢から聞くまで、そんなことは微塵も思わなかった。そもそも友人の恋路なんてものに関心がなかったのだけど、僕がそうであるように彼らだって恋をするのはあたりまえだ。
僕が軽い衝撃を受けていると、月子は先ほどの質問に対する答えを渋ることなく返してくる。
「居ないはずよ。もちろん、わたしが知る限りだけど」
「そ、そうか、良かった!」
僕は礼を言うのも忘れて、滝沢に報告するために踵を返した。
「あっ、ちょっと」
「ごめん、また今度」
それだけ言って僕は教室を後にした。
階段を一段抜かしで駆け上がると、踊り場で不安げな顔で待っていた滝沢に声をかける。
「滝沢!」
「み、三日森、どうだった?」
「大丈夫だ。月子が知る限り居ないって」
「そ、そうか!」
さっきまでの冴えない顔が、途端に花が咲いたように明るいものへと変わる。友達が喜べば僕も嬉しい。そんな当たり前の気持ちを僕は再確認した。
滝沢は大げさに僕の両手を取って何度も頭を下げてくる。
「ありがとう、三日森!」
その大げさな態度に僕のほうが恐縮してしまう。
「いや、大したことはしてないから……」
「俺、告白するよ」
「え?」
「明日、花屋敷さんに告白する!」
「そ、そんなに早く?」
決断の早さに僕は目を丸くした。
「いや、早くはねえよ。一年の時からずっと片想いしてたからさ」
「そ、そうなのか。気づかなかった」
「こんなこと、なかなか人には言えないからなぁ。田中に知られたら、ぜってえおちょくられるし」
「そ、そうかな?」
「けど、お前にはもっと早くに相談しとけばよかったかもな」
「え……」
「とにかく明日。明日だ」
自分に言い聞かせるように言うと滝沢は表情を引き締めて僕に言う。
「もし俺が尻込みして逃げ出しそうになったら、構わねえからケツを蹴飛ばしてでも、前に進ませてくれ」
こいつは男だ。僕はそう思った。
自分はといえば今さら語るまでもない体たらくだというのに。
「わかったよ、滝沢。僕にできることなんて本当にそれぐらいだろうけど応援してるからな」
「ああ。ありがとう、三日森!」
滝沢のその笑顔を見て、僕はふたりが上手く行くことを心から願った。
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