第21話 友達の恋-1

「三日森、ちょっと相談したいことがあるんだ。ここだとなんだし、屋上まで来てくれないか?」


 放課後、そう言って僕の予定を狂わせたのは滝沢だった。

 いつになく真剣な顔した友人を無碍にもできず、僕は月子と話すことをあきらめて、滝沢の後について屋上まで足を運んだ。

 明るく幅の広いモダン建築の階段を上ると両開きのガラス扉が見えてくる。そこを開けばプランターに色とりどりの花が植えられた生徒たちの憩いの場が広がっているのだが……


「暑い……」

「そ、そうだな」


 僕の隣で顔をしかめる滝沢。今は半日授業なので日差しも強く、とても外に出る気がしない。

 とりあえず予定を変更してガラス扉を閉めると、回れ右をして空調の効いた踊り場で話を聞くことにした。ちょうど長イスまで置いてあって雑談するにはちょうどいい。


「それで滝沢、相談ってなんなんだ?」

「う、うん、それなんだが……」


 滝沢はこちらに顔を向けることもなく、なにやら言いにくそうにしている。急かす必要もないので、僕は気長に待つことにした。

 我が校の全館冷暖房完備の謳い文句はダテではなく、こんな屋上の出入り口ですら快適だ。両開きとなったガラス扉の向こうには目映い光に照らし出された屋上が別世界のように広がっているが、こうして眺めている分にはむしろ心地良い。遠くから響くセミの声も、ここでは子守唄のようなものだ。

 壁に視線を移せば大きなボードに様々なポスターやプリントが貼り出されている。中には壁新聞もあって、都市伝説も同然の屋根の上に現れるマッチョ男がどうのこうのというくだらない記事もあった。

 それにも見飽きて、だんだん退屈し始めた頃、ようやく滝沢は口を開いた。


「三日森、お前って月子さんと仲がいいよな」

「……て、またその話かい?」

「いや、そういう意味じゃなくてさ」

「じゃあ、どういう意味?」

「俺よりは仲がいいってことさ」

「まあ……自惚れじゃないなら、友だち程度には思ってもらえてると思うけど」

「実は月子さんに聞いてもらいたいことがあるんだ」

「聞くって、なにを?」

「つき合ってる奴が居るのかどうか」


 意表を突かれて僕は滝沢を見た。


「た、滝沢! 君は、まさか月子のことを――」

「いや、違う!」


 滝沢は慌てて強い口調で否定した。そして視線を逸らして頬を赤らめると、その頬を指先で掻きながらボソリと言った。


「俺が知りたいのは花屋敷さんのことだ」

「花屋敷さん……?」

「月子さんと花屋敷さんは仲がいいだろ? だから、彼女なら花屋敷さんに彼氏がいるかどうかくらいは知ってると思うんだ」


 そこまで言われて、ようやく合点がいった。毎度のことながら僕は察しが悪い。長らく他人に関心がなかったせいかもしれないが、考えてみれば、それでよく僕はこいつの友達面ができたものだ。

 どうせ向こうだって僕のことなんか、学校だけの暇つぶしの相手としか思っていないと決めつけていたけど、そうでないなら僕のほうが、よほど酷いことをしていたことになる。

 もちろん滝沢の内面なんて僕には見えないが、だからこそマイナスの方向に決めつけるのは間違っていたはずだ。

 仮に期待して失望するようなことがあったとしても、それを怖れていては僕にはいつまで経っても本当の友達なんてできやしないだろう。

 それに僕はもう月子を知っている。この世に信頼に値する人間が居ることを知っているんだ。だから僕は今、心からこいつの力になってやりたいと思った。


「わかったよ、滝沢。それぐらいはお安いご用だ」


 僕が告げると滝沢は心底嬉しそうな顔になった。


「サンキュー、三日森! やっぱ、お前は俺の親友だよ」


 親友なんて言われて、それだけで舞い上がれるほどには僕はもう純粋ではない。かつて僕をそう呼んでいたガキどもは揃って僕を裏切った。

 それでも僕はもう一度滝沢を信じようと思う。それができなければ僕はあのガキどもにも負けたままだ。

 決断すると僕は立ち上がって滝沢に言った。


「とりあえず、月子を捜してみるよ。まだ学校に居るかも知れない」

「お、おう。見つからなかったら、また明日でもいいからさ」

「了解」


 答えると僕は階段を一段抜かしで駆け下りて教室へと向かった。

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