第20話 不機嫌な彼女-2

「ごめん、月子。今までまったく気がつかなかった。まさか、君が彼女と恋仲だったなんて」


 昇降口の前で見かけた月子をつかまえて、僕は朝の出来事を話した上で辿り着いた結論を告げた。

 真相を暴かれたためか、月子はげっそりとした顔で僕を見る。


「君の道ならぬ恋と、彼女が怒った理由を考えれば、すべてが一本の線に――」

「繋がるわけないでしょ! どれだけねじくれた線なのよ!」

「いや、だって辻褄が……」

「ああっ、もうっ、君ってバカなの!? いや、バカだわ! それも真性の!」

「ああ、そのとおり。三日森は結構なバカだ」


 割って入った声に振り向けば滝沢が面白がるような目で僕らを見ていた。


「最近、仲がいいよな、お前ら。やっぱりつき合ってるのか?」

「そうなの。でも、今別れたところ」


 月子は投げやりな調子でとんでもないことを言う。


「いやいやいやっ、とんでもない嘘を言わないでくれ!」

「はっはっはっ、フラれたな、三日森」

「だから僕と月子は、そんな関係じゃないって」

「月子ねえ……。そんなふうに君を呼び捨てにするのって、こいつぐらいだろ?」


 滝沢は月子に向かって言った。


「小学生の従弟いとこにも、そう呼ばれてるわよ」

「そーいうのはノーカウントだ」

「でも本当に深い意味はないのよ。成り行きって感じだったし、そもそも他の人だって、そう呼んでくれてもいいんだけどね」

「俺も?」

「ええ」

「そ、それじゃあ、月子……さん」


 目に見えないプレッシャーに堪えかねたかのように滝沢は敬称をつけた。もちろん、その間、月子は普通に笑っていただけなのだけど、習慣を変えるというのは、なかなか難しいようだ。


「ま、まあ、それはそうと、なんの話で盛り上がってたんだ?」


 誤魔化すように滝沢が聞いてくる。


「三日森くんが、女同士の愛は不毛だからやめろって忠告してきたの」

「お、女同士!?」

「そう、そこは男子禁制の禁断の花園! 穢れを知らぬ乙女たちの愛は、あまりにも純粋にして美しい!」

「マ、マジで、そっち系の人だったのか!?」

「いや、違うけど」

「違うのかよ!?」

「違うのよ。あなたの友達が、まったくかすりもしない迷推理をしてくれただけでね」


 月子と滝沢が、それぞれにジト目を向けてくる。


「い、いや……結構自信あったんだけど」


 頭をかいて誤魔化す僕を見ながら、月子と滝沢がそれぞれに勝手なことを言う。


「なんて言うか発想が卑猥よね」

「ムッツリだからな、三日森は。巨乳が好きだし」

「それは知ってる」

「つーか、お前らのほうが絶対仲いいよ! 息の合った連携で僕をいたぶるなっ」


 ふたりに向かって言い放つ。

 そこに、もう一つ足音が近づいてきた。


「朝から賑やかね、ルナ」


 花屋敷さんだ。行儀良く鞄を両手で持ち、背筋をぴんと伸ばしている。本当のところは知らないけど、どことなく良家のお嬢さんといった雰囲気がある。


「おはよう、咲良。見てのとおり、男ふたりに言い寄られてるところよ」

「デタラメだ!」


 声を上げたのは僕ではなく滝沢だった。心なしか顔が赤い。


「大丈夫よ、ルナの嘘はわかりやすいから」

「そんなはずないんだけど、咲良にはなぜかいつも見抜かれるのよね」


 肩を竦めながら深々と溜息を吐く月子。

 僕としてはもう少し月子に朝のできごとについての意見を聞きたかったのだけど、こうなってはあきらめるしかないだろう。どのみち予鈴も近い。

 ひとまず放課後まで待って、それからまた話をしてみよう。そう考えながら僕は昇降口の扉を開けた。

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