第9話 忌まわしい記憶-3

 まだ僕が未来に夢と希望を抱き、真面目に頑張っていた頃のことだ。

 その当時、僕の学年では女子の間で、いろんな色や形のリボンを集めることが、ささやかなブームになっていた。

 もちろん僕のような男子にはまったく関係のない話で、事実その事件が起きるまで、僕は流行っていることさえ知らずに居た。

 事件というのは、まあわりとよくある話で、ようするに盗難だ。彼女たちのリボンが体育の授業中に、まとめてなくなったのだ。もしかしたら犯人は、ちょっとしたイタズラのつもりだったのかもしれない。

 その頃の僕は何かとみんなに頼りにされていたこともあって、女の子たちからリボンを取り戻してくれるよう頼まれた。

 名探偵ではないので犯人が誰かなんて見当もつかなかったけど、それはまだ校内のどこかに隠されているものだと僕は考えた。

 まだ下校時間ではなかったから、犯人が誰であれ、大量のリボンを隠し持つのは難しい。ならば、きっと学校のどこかに隠したはず――そう考えたのだ。

 はたして、それは屋上へとつづく階段の踊り場に積み上げられていた使われていない机の中から、まとめて見つかった。

 僕は喜んで、それを彼女たちに届けに行ったのだが、そのとき誰かが言ったのだ。


「やっぱり、三日森が犯人だったぞ!」


 なにを言われているのか、一瞬わからなかった。

 でも、その瞬間、そこに集まっていた全員の目が冷たいものに変わっていたんだ。

 一瞬の間を開けて次々に罵声を浴びせられ、僕にリボンを探すように頼んでいた女子たちまでもが僕を罵り始めた。

 混乱しつつも、僕は説明した。

 そもそもリボンが盗まれたその時間に僕は体育倉庫で先生の手伝いをしていたから、そんなことは不可能だってことを理路整然とみんなに話したんだ。

 だけど話し終えたとき返ってきたのは誰かのげんこつだった。

 あとはもうみんなが寄ってたかっての殴る蹴るだ。

 もちろん小学生のリンチなんて、たかが知れているから、大怪我なんかはしなかった。

 ただ、そのとき誰かが言ったんだ。


「前から生意気だと思ってたんだよ」


 ――てね。

 そしてそれに「そうだそうだ」と追従する声。

 僕はそれで気づいてしまった。

 ああ、こいつらは犯人なんて誰でもいいんだ。ただ僕を吊し上げる理由が欲しかっただけだって。

 おかしいだろ?

 その瞬間まで僕は、そいつらのことを仲間だと信じていたんだ。

 なんて滑稽なんだろう。それまで僕は自分が疎まれてるなんて夢にも思わなかった。だって僕はべつにそいつらに何もしてないんだ。

 だけど現実はこれだ。

 そこには僕の味方なんてひとりも居なかった。僕のことをいつも親友だなんて言っていた奴も、困っていたときに助けてやった奴も、僕の言葉に耳を貸さないばかりか、僕を痛めつける側に回って、へらへら笑っていやがったんだ。

 挙げ句、泣きながら家まで逃げ帰った僕を待っていたのは、親父のげんこつさ。

 どうやら女子の誰かが僕が泥棒だって親に告げ口して、うちに抗議の電話を寄越したらしい。それを親父は何も考えずに信じ込んだんだ。

 もう言い訳するのもバカバカしくて僕は家を飛び出したよ。

 どこへ向かうかも決めずに、ただただ走って走って何もかもから逃げ出したかった。

 その後のことは、よく覚えてない。

 でもまあ、気づいたときには家に居たから、けっきょく連れ戻されたんだろう。

 親父は最後まであやまらなかったけど、翌日には僕の潔白は証明された。

 当然だ。そのとき僕は先生たちと一緒に居たのだから。

 教頭が嘆いていたよ。我が校で集団リンチが起きるなんて考えもしなかったって。

 でもまあ、しょせんは義務教育の小学校で、僕も大怪我をしたわけじゃないから大きな問題になることはなかった。

 先生たちは僕に暴行を働いた連中に頭を下げることを強制しただけで、根本的な解決は試みてもいない。奴らが反省などしていないことは、それから僕がみんなに無視され続けたことを見ても一目瞭然だったけどね。

 もっとも僕はそれを気にも留めなかった。なぜなら僕はもうそのときには、誰も信じないことに決めていたからだ。

 それ以来だよ、僕は覚えていたくない相手の顔と名前を不思議なぐらい、すぐに忘れられるようになったんだ。

 だから僕はもう、そいつらの顔も名前も思い出さない。中学までは一緒の学校だったんだけど、今はみんなまとめてキレイさっぱり赤の他人だ。

 高校を星輪にしたのは、そいつらのことを二度と思い出したくないからってだけじゃなくて、僕が忘れた相手から知り合いみたいに思われるのが気持ち悪かったからでもあるんだ。

 幸い、同じ中学から、ここに来た奴は居なかったから、気楽だったよ。

 できれば家にも帰りたくはないんだけど、そうもいかない。

 まあ、親父は毎日どこかで飲んでくるから、帰りはいつも11時を回ってる。

 僕はそれまでには風呂も歯磨きもすませて部屋に戻ってるから、まず顔を合わせることはないよ。朝も親父が起きる前に家を出るようにしてるしね。

 まあ、だいたいこんな感じさ。僕が君のいう偏屈になった事情は。

 けっこう可哀想だろ?

 いや、笑ってくれていいよ。けっきょくはいじけてるだけだってね。

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