第7話 忌まわしい記憶-1

 やがて夏休みが近づいたある日のこと、その日は夜中に室内に入り込んだ何匹もの蜂のせいでひどい寝不足だった。奴らは闇夜の中では活動しないと聞くが、明かりの点いた室内では普通に飛び回るようだ。

 だからといって電気を消して蜂と夜明かしする気にもなれず、なんとか駆除しようとしたのだが、適切な道具もなくて四苦八苦させられた。

 しかも、こんな日に限って陽射しは異常に強く、おまけに掃除当番が中庭だったため、うだるような熱気に晒されて僕は完全にグロッキーだった。

 今日は半日授業だというのに、放課後になっても冷房の効いた教室から動きたくなくてずっと机に突っ伏している。

 頭がひどくガンガンする。軽い熱中症だろうか。そんなことをぼんやりと考えていると、不意に冷たい手が僕の額にあてられた。


「熱があるんじゃないの?」


 聞き覚えのある女子の声。こんなふうに話しかけてくる女子の知り合いなんてひとりしか居ない。それでもぼんやりした頭では、それに気づくのにも多少の時間が必要だった。

 うっすらと目を開けて、その顔を視界に入れると月子は心配するように僕の顔を覗き込んでいる。


「やあ、クラスメイトさん」

「いつまでその呼び方なのよ」


 怒ったというよりも困ったような顔で月子は言った。


「とりあえず立てる? 保健室に行かないと」

「いや、大丈夫。もう帰るから」

「でも……」

「本当に大したことはないんだ。家で寝てればすぐ治るよ」


 それだけ告げると、なるべく自然に見えるように気をつけながら席を立った。

 さりげない足取りで出口に向かうと教室の扉を開ける。


「なんで掃除用具入れを開けてるの?」


 月子の困惑した声に誤魔化しの笑顔で応えると、今度こそ教室のドアを開けて外に出た。

 空調の効いた広々とした廊下を歩き、下駄箱で靴を履き替えると両開きのガラス扉を開けて外へ出る。

 むわっとした熱気と夏のニオイ。目に映るすべてのものが目映い陽射しに晒されて白く輝いているようだ。なんだか目眩がしそうだった。

 その場に座り込みたい誘惑に駆られたが、それではなんの解決にもならない。とにかく家に帰って、ゆっくり休もう。

 けたたましくセミの声が響く道を僕はゆっくりと歩き始めた。

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