第二十八話 雪解けの源流に浮かぶ

 僕は小心者だ。

 自分に自信が持てなくて、いつもおどおどしてしまう。父上を見て、その凜々しさと雄大さに憧れて自分に落胆する。母上の厳しさと愛情に応えることが出来ない愚かさに気が滅入る。なら、姉上は?


 いくら考えても、どこを比べようとしても僕は姉上を知らないままだ。

 僕は知りたいと思った。姉上のことを。


 そんな時だ、姉上の周りが少し変わっていたのは。

 いつも雲がかかったような顔をしていた姉上の侍女が、晴天のような輝きを放っていた。

 きっと僕よりも姉上のことを知っている。

 僕は王子なのに、家族なのに、姉弟なのに……姉上のことを一番知らないのは、僕だ。一番近くて一番遠い、そんな距離をどうにかしたい。だから、探した。

 あの侍女が何をしに行ったのか調べさせると、とある騎士団へ視察に行くことが分かった。


 ここしかない──そう思って父上達の前で初めてお願いをすると、僕のお願いはすんなりと通る。

 姉上の表情からは何も読み取れなかったが、嫌われてないことを祈るしかない。


 視察当日を迎えて、まるで騎士を思わせる姉上の姿に少し見蕩れてしまった。多少大げさかもしれないが、とても綺麗で精霊が人に化けたのなら、こんな風だろうと思う。

 対して僕は普段と変わらない。それなりの衣装を身に着けただけだ。

 姉弟でこんなに違うものなのか、と肩が下がったけど父上に姿勢を正され立派だと言われた時は、嬉しさのあまり声が裏返ってしまった。


 そんな父上から姉上へ、急に声色に圧が加わってその様子に息を呑んだ。

 僕だったら心の状態が身体全身に表れたことだろう。でも姉上は、真っ直ぐに父上と向かい合っていた。


 すごいな、姉上は。


 ただただそう思うばかりで馬車へ乗る。

 馬車の中はカラカラと進む音ばかりが聞こえてきて人の声は聞こえない。姉上とその侍女、そして僕が一つの空間にいるけど気まずさで外ばかり眺めていた。

 それでもチラチラと姉上の様子を窺う。しかし、目を伏せて何を考えているのか分からない。時折、侍女と目が合うが僕の方から逸らしてしまっていた。


 目的の騎士団がいる場所へ到着して馬車を降りた先には、大勢の騎士が僕達を迎えてくれた。

 ハルベルト団長とテル副団長の案内の下、騎士達の間を進む。僕にとっては全ての騎士達が大きくて格好いい。右を向いても左を向いても微動だにしない彼等による、僕達のために用意された特別な道から貴賓室に通された。

 

 僕はそこで姉上が何故この騎士団へ訪れたのか、本当の目的を知った。

 ちゃんと話を聞いたことがないけど、母上より以前に王妃だった人がいることは知っていた。

 姉上にとって、きっと一番大切な話が始まる。それを僕が聞いても良いのか、邪魔にならないか不安だった。


「貴方が知りたいと思うなら、このまま残りなさい」


 ──知りたい。姉上のことも、姉上の本当の母親のことも。

 そのためにここへついてきたのだから。


 そうして意気込んで聴いた話は僕の想像を超えていた。出迎えてくれた騎士の人達に、こんな過去があるだなんて思いもしなかった。

 

 大変だっただろうな。


 今の僕と同じ様な歳に凄惨な目に遭っているハルベルト団長。それを救ってくれた姉上の母親もすごい人だった。

 

「我等の忠誠は、今でもシルヴァ様のもとにあります」

「陰で好き勝手に言われようともですか?」


 姉上が言っていた、役亡しの騎士団。

 どういう意味か分からなくて調べたら、この騎士団を蔑む言葉だった。あんなに格好良くて、色んな人の想いで出来た騎士団を悪く言う人がいる。

 話を聞いたせいでもあるのか許せない気持ちが強くなっていく。なのに──


「はい。それが、誓いというものです」


 キッパリと言い切るハルベルト団長。後ろで控えるテル副団長も誇らしそうにしている。当の本人達が問題にしていないなら僕が騒ぐのは間違いだ。


 頭ではそう理解していても冷めない気持ちが行き場を彷徨う中、練兵場に案内されて王城では見る事がほとんどない鍛錬の様子に目が奪われた。特に見入ったのはある一組で、武器がぶつかり合う音もよく目立つ。

 最初は大柄な騎士が優勢だったのに体格差を覆して小柄な騎士が勝っていた。小さき者が強き者を倒す光景に興奮した。


「わぁ! すごいですね姉上!」


 闘いの見世物が好きな人の理由が分かったような気がする。勝負がついた後もお互いが褒め合って、周囲に影響を与えていく姿も輝いて見えた。

 あんな風に僕も剣を振れるだろうか。

 湧き立つ感情を抑え込めず、自分でも知らないうちにのめり込んでいると


「……してみたいですか?」


 姉上の声が不思議と鮮明に聞こえた。


「してみたいって……姉上、何を」

「リュカも、彼等の様にしてみたくはないのですか?」


 また彼等が鍛錬を始めだした。

 どうしてあんなにも頑張れるのだろう。怖くないのだろうか。身体に当たれば痛い筈なのに、どうしてまたすぐに立ち上がれるんだ。


 ──知りたい。


「やってみたい、です」


 王子である僕があの場に向かうのは本来よくない。万が一、怪我の一つでも負えば大問題だ。だけど、それでも僕は知りたかった。彼等が見ている景色を見てみたい。


「ではリュカ殿下、こちらへ。お相手は私でもよろしいでしょうか?」

「はい! よろしくお願いします」


 ハルベルト団長の指示を受けたテル副団長の後についていく。二階から一階へ降りて薄暗い通路を抜けると、上から見ていた光景が目の前に広がっていた。

 距離も近くなったからか迫力も増したように感じる。


「わぁ……」

「殿下、ご自身の好きな武器をお取りください。私の見立てではこのあたりがよろしいかと」


 騎士見習いが使うよりも軽そうな木剣が一ヵ所にまとまっていて、一般的と思う剣を抜き取った。いざ両手で握ってみると、重心が剣の重さで不安定になって身体がふらつく。


「おっと、気をつけてください」


 テル副団長に支えられ体勢を整える。


「意外と重たいですね」

「本物はもっと重いですよ」

 

 騎士達の見様見真似で剣を振り下ろすと、握る両手に負荷が加わってピタッと止めることさえできなかった。たった一振り、それだけのことなのに腕に疲労感がある。


「すごい……これより重いのを皆さん振っているんですよね!」

「時が経ち成長すれば、殿下も我々のように剣を振れますよ」

「僕が?」

「ええ。私も最初はまともに剣が振れなかった身ですが、今ではこの通り」


 テル副団長が僕の身長と同じくらいある木剣を手に取り、片手でスッと振り下ろす。その動作はとても流麗で力強さを感じた。あれを受けてしまえばきっと、握っている剣が簡単に弾き飛ばされてしまうだろう。


「さて、掛かり稽古をしましょう。自由に攻撃してきてください」


 テル副団長が他の皆の邪魔にならない空いた場所に僕を連れて剣を構えた。僕も剣を構えてテル副団長に相対する。


 こんなにも大きな人だったっけ?


 練兵場の二階で隣にいた時やさっきまで一緒に歩いていたのに、こうして目の前にするとその存在感に気圧された。紳士的で優しい印象を抱いていたけど、今のテル副団長は政務をしている時の父上に似ている。

 

 ──これが、騎士。


 興奮か緊張か、身体が本能で大きく見せようと肺が膨らみ肩が上がる。

 振り落とさないようにもう一度剣を強く握り直して


「それでは、行きます!」


 騎士の世界に一歩踏み込んだ。

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