第二十五話 大鬼と大男。
曇った空のせいか、異様な雰囲気が漂っている王都に行軍する。
戦力差があまりにも開いているにも関わらず、白旗を掲げないオクトリカを前に俺は何故か緊張していた。
「こいつぁ、嫌な感じがしやがる」
おっさんも珍しく愚痴をこぼすように先を睨んでいる。
シルヴァ様も前を向いたまま頷いて
「やけに静かね。敵襲の知らせもなければ、怒号も聞こえないなんて」
追い詰められているはずなのに、まるで反応がないオクトリカに皆の表情が鋭くなる。
指示通りに部隊が進み、走れば一分もかからない距離で止まった。
後方に控える魔法師団が魔法の詠唱を始める。
王都の正門を破壊する為の魔法が放たれ、色取取の魔法が正門に直撃し砂埃が舞った。
破壊を視認すれば突撃する手筈だ。徐々に砂埃が落ち着き始めて、正門の周囲の壁に亀裂が走っているのが分かっていく。
数秒もすれば確認できる頃合いに、砂埃の中から複数の黒い影が蠢いていた。
「おいおい、なんだありゃ」
「──武器を構えなさい! 来るわよ!」
砂塵が晴れると同時に現れたのは大量の魔物だった。
それぞれの部隊が臨戦態勢をとり、あっという間に各所で戦闘が始まる。
「今までも何度か魔物を相手してきたけどよ、一人も兵士を見ないのは初めてだなっ!」
おっさんが大剣を振って猪の魔物を数匹薙ぎ倒す。
「それだけ人員が不足しているんだろう。引っ掛かるのは、あまりに魔物の数が異常なところだが」
シュレインさんが踊るように魔物を切り裂いて、おっさんの隣に並び立つ。シルヴァ様の動きを彷彿とさせる華麗な剣さばきで、すでに数匹の魔物を屠っている。
俺も負けじと狼のような魔物を真っ二つにして、続けて何匹か倒していく。魔物の種類は統一感がなく、鳥獣から爬虫の魔物まで様々だ。
中でも一際目立つオオトカゲの魔物が突進してきていたが、今ではもう凍り付いて絶命していた。
「キリがないわね。他のところも攻めきれてないみたいだわ」
「どうにもキナ臭いですね。魔物の様子もおかしい。錯乱しているのか見境がない」
シュレインさんが考察をしながら、シルヴァ様に向かってきた鳥獣の魔物を斬り落とす。
「あの門の先に行けば何か分かんだろ。儂らだけ進んでも囲まれる、地道にいくしかねぇな」
「そうね、まずは互いに連携しあって前線を上げていきましょう。魔物もそこまで脅威な存在はいないみたいだから、時間をかけて確実に行くわよ」
魔物の急襲に対応を迫られたが、今では落ち着いて対処できている。
魔法師団の支援も受けつつ数時間魔物を屠りながら進むと、ようやく正門の前に辿り着いた。
門の壁に梯子と縄を掛けて上に登る部隊と地上で進む部隊に分かれる。
俺達の部隊は地上から進むことになり、登った部隊の合図を受けて王都の中に入った。
「……なによ、これ」
俺達を待ち受けていたのは異常な光景だった。
「どうして魔物が服を着てるのよ」
人が着るような衣服を身に付けて彷徨う小鬼達。まるで最近まで住んでいたことを想像させてくる。端で死んでいる小鬼を食べる小鬼、自身に生えている髪の毛を毟る小鬼、他にも小鬼同士で喧嘩をしている様子が見えていた。
「こいつぁ、まさか……」
誰もがありえないことを予想してしまっただろう。けれど、それを決定づける存在が目の前を通る。
女性服をきた小鬼が、さらに小さい小鬼を布に包み背負って歩いていた。それは親子だと思わせると同時に、人が魔物に変わってしまったことだと皆に考えさせた。
「……ふざけないでよ」
シルヴァ様が細剣を握り締めて、辺りの空気が冷えていく。
まだそうだと決まったわけではない。それに、魔物へと変わってしまった人を戻す手段は探せば見つかるかもしれない。けれど、当時の俺達にそんな時間はなく残された手段は
「ふざけるんじゃないわよ!」
シルヴァ様の手によって、小鬼の親子の首が飛んだ。
その物音で彷徨っていた小鬼達が一斉にこちらを認識する。
「皆──弔うわよ」
俺達を敵だと判断したのか警戒し始める小鬼達を前に、シルヴァ様の言葉で俺達は動き出した。
シルヴァ様が俺達に示した手段の答え、魔物に変わった人をこれ以上辱めないように弔うこと。もはやこれは戦争ではない、人を魔物に変えた者を討つ征伐に変わったのだ。
中央に近づくにつれて小鬼の凶暴性が増していく中、この手で何人斬っただろう。王都に入ってから俺達以外の人間を見ていない。
各部隊少数ずつに分かれ波状のように広がり、俺はおっさんと二人一組になって市民街を進んでいた。
「門から出てきた魔物も元は、なんてことはねぇよな?」
おっさんが嫌なことを口走った。
「考えたくないけど、この現状を見ると可能性はあると思います」
尋常ではなかった魔物の群れ。あれだけの数をどこから調達したのか疑問だった。けれど、現地で発生させたのなら想像がつく。小鬼が小鬼を食っていたことからも食料は共食いさせて賄っていたのかもしれない。いずれにしろ、残る疑問は人を魔物へと変貌させる手段だけだ。
「まぁ、考えるのは儂らの仕事じゃねぇか、先に進──」
市民街から貴族街へと区画を渡ろうとした矢先、近くの建物が崩れた。崩壊ではなく、何かに破壊された勢いのまま瓦礫がこっちに飛んでくる。
「ハルベルトッ!」
巻き込まれそうになった俺を押し飛ばして、身代わりにおっさんへ瓦礫が降り注いだ。
「おっさん!」
瓦礫に埋もれたおっさんを救出しようと一歩踏み出そうとした、その時
「グルルルッ」
破壊された建物の方から巨大な鬼が喉を鳴らして現れた。建物と同等の巨体に異常発達した筋肉と犬歯。腕が長く、丸めた手の甲が地面について四足歩行の形態になっている。
状況からしてこの大鬼が破壊したに違いない。
先に大鬼をなんとかしないと、おっさんの救助の妨げになる。
──武器は持ってない……けど、異常な筋肉。皮膚も硬そうだ。こっちを警戒していない? なら無視しておっさんを助けた方が……いや、さっきの破壊音で助けがくる可能性もある。だったら俺がこいつの注意を向けておいた方がいいか。
覚悟を決めて剣を構えた。大鬼が見下すように目線だけをこちらに向けている。
脚力を込めて飛ぶように駆けて、その無防備な腕に刃筋を通す。
「──ッ! 嘘だろっ」
右腕を切り裂く途中で剣が止まった。骨に当たり引き裂けない。
大鬼が痛みで雄叫びをあげて、腕を振り回した。
「クソ」
仕方なく剣を手放し腕に残したまま、暴れる大鬼から距離をとる。おっさんを巻き込まないように反対側に位置取り、使える武器を探すが
「何もない、か」
これが兵士相手なら武器を奪い自分のものにするが、相手は魔物。それも膂力なら間違いなく相手が上。投擲物もこちらでは威力も期待できないのに
「グラァァッ!」
瓦礫を乱暴に掴みこちらに投げ飛ばしてくる。狙いが分かりやすくて予測して避けるが、当たればひとたまりもないだろう。怒りで何度も投げ飛ばしてきても速さを活かしてひたすらに避ける。
決め手がない、膠着状態に陥った。
「探せ、探せ、探せ」
使える武器は腕に残ったままの剣。けど、回収しようにも下手に近づくとやられる。
「……いや、無理に回収しようとしなくてもいいか」
頭の中で想像した可能性が思考を支配する。
「利用してやる」
あえて右往左往に動いて、狙いをつけさせないように走り回る。大鬼が地面を抉り土の塊を飛ばすが、その先に俺はもういない。再度、大鬼が右腕で
土塊が飛んできたが、直上を通過する。大振りになってできた態勢から大鬼は左手を伸ばし捕らえに迫ったが、俺はそれを利用し土台にして高く飛んだ。
狙いは右腕に残った剣。そしてその右腕は動きが鈍く、対処に遅れる。
落下の重力に身を任せて上から剣を踏み叩いた。
「グアァッ!」
骨に一段と剣が沈む。再び距離をとって攻撃を仕掛ける為に視線は外さない。すると、右腕を上げて苦痛に悶える大鬼の背後に、一人の男がゆらりと立ち上がっていた。
「よくやった! ハルベルトッ!」
おっさんの大剣が大鬼の右腕を空に飛ばした。
ボトッと、目の前に大鬼の右腕が落ちる。
「……マジか」
いとも簡単に斬り落とした技量に、思わず驚愕の声が零れてしまった。
斬られた右腕から剣を回収し、おっさんに近寄る。
「大丈夫なのかよ?」
「ん? いや、ちとまずいな。当たり所が悪い」
空いた片手の親指で頭を示された直後に血が流れていた。しかし、あまりに平然と立っているおっさんに困惑してしまう。
「グァア! グァア!」
苦痛に顔を歪ませている大鬼が敵意を剝き出しに、こちらを睨みつけて左手を地面に叩きつけている。
「だから、早く終わらせるぞ」
「はい!」
フーッ、フーッと威嚇をするように息が漏れる大鬼に、俺達は剣を構えた。
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