第二十四話 最初の剣と最下の魔。

 俺達が保護されて部隊が戦いに行く背中を何度も見てきた。戻ってくる度に装備は傷付き怪我をして帰ってくる。もう会うことが出来ない人もいた。

 小国オクトリカの狂戦士らの力は凄まじく、この戦争が長引いている最大の要因でもある。数ヶ月もすれば片が付くと予想されていた戦いは長期化していた。


 そんな戦いの世界に俺達は身を投じる。


「緊張してるか?」


 彼誰時かたわれどきの森を行軍中、隣を歩くガランのおっさんが気に掛けてきた。

 緊張していないと言えば嘘になる。けど、不思議と頭は冷静で周りの音が鮮明に聞こえていた。草木が風で揺れる音、歩く度に鳴る装備の金属音、環境の情報がちゃんと頭で整理できている。


「今はまだ大丈夫」

「そうかい」


 後方には魔法師団が付いてきており、向かっている先は敵国の砦。

 おっさんと粗方魔物を間引いたおかげか、邪魔されることなく奇襲の態勢が整っていた。森を抜ければ砦までそう距離はない。

 

「ここを抜ければ後は時間との勝負だ。遅れるんじゃねぇぞ」


 おっさんがいつにも増して真剣な声色で俺に注意を向ける。頷きで返し、しばらく進むと森を抜けたと同時に一斉に走り始めた。

 夜明け前のぼんやりとした空の下を俺達は駆けていく。


 砦の門が視認できる距離まで近づくと、砦の方から鐘の音が鳴り響いていた。

 魔法師団の一部が止まり、護衛の役割を受けた兵士がその周りに固まる。そこにはシルヴァ様の姿もあり魔法の詠唱を始めていた。

 自身より二倍程の大きさがある魔法陣を構築し、巨大な氷塊を放つと魔法師団の面々もそれに追随する。

 山なりに空を飛ぶ氷塊は、やがて砦の門に直撃し俺達の侵攻を確実なものにした。


「相変わらず派手なことよ!」


 気持ちが昂っているのか、おっさんが大声で笑いながら走っていく。遅れないように後ろについていくと、損壊している砦の門からぞろぞろと敵国の兵士が迎撃するために出てきていた。


「ハルベルトよ、行くぞ!」

「はい!」


 おっさんは等身大はありそうな大剣を片手に、俺は長剣を握りしめて突撃する。

 砦から多種多様な魔法が飛んでくるが、後方の魔法師団がそれを防ぎ更に攻撃を加えていて、魔法の勝負はこちらが優勢だった。

 必死な表情をしたオクトリカ兵の一人が俺に向かってくる。生きている人間が、俺を殺そうと躍起になっている人間がもう目の前にいる。剣を振り上げて斬りかかろうとするオクトリカ兵。走る勢いはそのままに身体を捻り、相手の振り下ろしを避けると腹部に長剣を這わした。

 肉が切れる感触が終わると相手の叫び声が耳元で響く。全身に悪寒が走って身が一瞬竦んだ。


「ハルベルト止まるな!」

「──ッ!」


 おっさんの喝が飛び、そして認識する一本の矢。俺を撃ち抜かんとするその矢が


 ──電撃によって撃ち落とされる。


「ハルくん! しっかりして」


 周囲の戦いの騒音であまり聞き取れなかったが、きっとそんな風にルピナスは言っているんだろうとそう思った。


 ルピーも頑張ってんだ、根性見せろよ俺。


 萎れかけた覚悟を無理矢理に叩き起こして、俺は剣を握り直した。


 ……──どれくらいの時間が経ったのか分からない。確かなのは、仲間達の雄叫びと地面に横たわるオクトリカ兵の死体を見て、勝利を手にしたということだけ。

 息を整えながらぼーっとしていると、肩に手が置かれた。


「お疲れ」

「……おっさん」

「生きて勝ち残った。大したもんだよ、お前さんは」


 ヘロヘロな俺と違い、おっさんはまだ体力が有り余っている様子で他の仲間達のところへ肩を組みに行ってしまった。

 

 あれで五十過ぎって、体力どうなってんだ。


 離れても聞こえる豪快な声に驚きを隠せないでいると


「ハルくーん!」


 聞き馴染みのある声が聞こえた。

 声の方へ振り返ると、砂埃で汚れたローブを着たルピナスがシュレインさんと一緒にこちらに歩いている。


「お疲れハルくん」

「ルピーもな」

「まずは初勝利、おめでとうハルベルト」

「ありがとう、ございます。つっても俺、あんま活躍してないっていうか」

 

 俺の言葉を受けて、呆気に取られた顔をするシュレインさん。

 

「いいかいハルベルト、戦というのは新兵が生き残るだけでも喜ぶべきことだ。それに加えて、ハルベルトはかなりの敵兵を倒しているだろう?」

「おっさ……ガランさんを避けようとした奴を相手にしてただけですよ」

「それでもハルベルトの貢献度は高いだろう」


 ハルベルトの動きに助けられた者もいるはずだよ、となぜか褒めようとするシュレインさん。少し嬉しくなってしまい頭を掻いて誤魔化していると、ルピナスが俺の横にピタッと寄り添った。


「でもさ、やっぱりすごいねシルヴァ様」

「……あぁ、そうだな。おっさんも凄かったけどシルヴァ様はそれ以上だ」


 戦いの中、俺の前を走っていたおっさんは大剣を振り払い敵兵を薙ぎ倒していた。あんな出鱈目な攻撃を防ごうとしていた敵兵は、防御ごと砕かれるように吹き飛ばされている。正直、勝てる気がしない。

 

 そして後方で魔法を放っていたシルヴァ様が、いつの間にか前線にいて敵兵を氷漬けにしていく。遠距離からの攻撃が来ても一切足を止めることなく進み、氷と共に舞う流麗の動きに魅入ってしまう。調教された魔物も現れたが細剣による卓越した剣技で問題なく倒し、その光景はまさに魔剣士の名の通りの活躍だった。

 敵兵の大半はおっさんかシルヴァ様に倒されたことだろう。


 砦に設置された敵国の旗が下ろされて、代わりに白い星型の花が描かれた旗が上がる。それを見た皆が勝利という事実を再認識した。



 初陣の戦いから二年が経ち、長期化していた戦争はやっと終着点が見えようとしていた。決め手となったのは食料である。微量とはいえ安定した食糧供給がされていたローゼンと違い、オクトリカは段々と手が回らなくなり疲弊していった。

 残すは王都の攻略のみ。

 ローゼン国は確実に根本を断つため、あらゆる兵力をオクトリカへと向けていた。そこには同盟国でもあるアトランテ国の兵も動員されている。

 それぞれの部隊が囲むように配置され待機していた。


「最終決戦って感じだよなぁおい」


 王都を目前に隣にいるおっさんがしみじみに言う。

 勝利は確実。誰がどう見ても負けしか待っていないオクトリカが、どうしてここまで抗うのか未だ分からないまま最後の戦いが始まろうとしている。


「これが終わったら、みんなはしたいこととかあるのかしら?」


 先頭で白い馬に乗馬したシルヴァ様が、俺達に向き合って突然そんなことを聞いてきた。

 俺達が互いに見合っていると、シュレインさんが先に口を開く。


「何分、戦場に身を置きすぎた故か具体的な事は思いつきませんね」

「儂もだ。何よりこれしか取り柄がありませんからな」


 背負っている大剣を親指で示し


「死ぬまで兵士でもやっておりますよ。それか傭兵でもいいですな」


 と、おっさんが豪快に笑った。

 貴方はそうでしょうね、と優しく微笑んでいたシルヴァ様と目が合う。


「ハルベルト、貴方はどうするのかしら」

「俺は……」


 俺は、どうすればいい? 

 ルピナスはきっと魔法師団に所属したままだろう。けど、この部隊は解体されてみんな別々にまた配属される。俺はこの部隊が好きだ。そして何より、目の前のシルヴァ様の部下であることが嬉しい。

 悩んでしまって答えが出ない俺に、おっさんが肩を組んできた。


「ここにいる連中は姫さんに救われたか惚れた連中ばかり。長年戦場を共にしてきて仲間意識も強い。いっそのこと、儂らで姫さんの為の騎士団でも作るか! はっはっは」

「馬鹿ね、そんなことできるわけないでしょ」


 次期王妃候補が個人の兵団を持つ、それがどんな意味を持つのか俺にでも分かる。王に余程の力がなければ厄介なことになるだろう。本人の意思など関係なく他者に利用されるかもしれない。でも、もし実現するならば──


「そろそろね。さぁ、終わらせるわよ」


 本部から行進の合図が告げられる。

 皆が気を引き締め直して歩みを進めた。

 まずは勝ち残ること、未来のことはその後でいい。けど、願わくばこのまま皆と一緒に居れるように、この人の部下で在り続けたいとそう思った。

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