第二十三話 磨がれ途上の玉は輝きを知らない。

「おーい坊主、そっちに行ったぞ」

「はい!」


 正式にシルヴァ様の部隊に入隊し数週間後、俺はある森にて魔物狩りの任務についていた。髭を生やしたおっさんと二人で、一定数の魔物を狩るのが今回の目的だった。


 おっさんから俺に目標を変えた鳥獣型の魔物が突っ込んでくる。木々の隙間を縫うようにして迫る魔物に、そのまま刃を這わす。

 肉の抵抗を感じた刹那、剣の重さを利用して両断した。


「はっはっは! 見事見事」


 血振りをしながらおっさんが近づいて、両断された魔物を見てそう褒める。

 

「流石は儂の弟子であるな、うむ!」


 空気が震えそうなほどの高笑いを上げるこの壮年のおっさんは、初期から部隊に所属している古株の一人だ。あのシルヴァ様の剣技指導もしていた人で、とりあえずめちゃくちゃ強いおっさんである。


「俺、弟子になった覚えはないんすけど」

「部隊に所属している若人は皆、儂の弟子みたいなものよ」


 魔物の死体から皮やら四肢などの素材を処理していると、おっさんが俺を足の爪先から頭のてっぺんまで品定めするように観察していた。


「前から思っておったが、お前さんには光るモノがあるな」


 雑用を任されていた頃、何度か稽古をつけてもらう度に剣を生業にしろと言われてきた。

 

「そんなこと言われても、今のもわりと偶然っつうか……稽古でもまだまだ未熟なところが多いし、一本取れることの方が少ないし」


 俺の言葉に呆れた顔をしたおっさんが


「実るほど、頭の下がる稲穂……か」


 と、顎鬚を触りながら呟く。

 

「どういう意味なんだよそれ」

「なに、老体の楽しみが一つ増えただけよ。さぁ、戻るぞ」


 おっさんの指示を切っ掛けに、処理が済んだ素材を袋に入れて拠点へと戻った。


「あ、ハルくんおかえりー!」


 拠点に帰ると、ルピナスが俺達に手を振って迎えてくれる。魔法師と認められたローブを身に付けて、こちらに近づいてきた。


「わわっ! これはまた随分と狩ってきたね」


 担いでいる袋の大きさを見て感心混じりの感想を溢す。


「おっさんがいたからな」

 

 ルピナスがおっさんの方へと向くと、おっさんは肩を竦め片眉を吊り上げて苦笑いをしていた。何か不満そうなおっさんを見ていたルピナスは、どうやら理由を知っているらしく


「あ〜なるほどね」

 

 と共感を示していた。


「なんだよ、お前までおっさんと同じ顔すんのか?」


 自分だけ何も知らないみたいでルピナスに問い詰めようとした時


「──おっさんはダメだな、ハルベルト」

 

 上品で落ち着いた男性の声が背後から聞こえた。

 袋が掛かっていない空いた肩に手が置かれ、瞬時に誰か分かってしまった俺は身体が硬直する。

 あちゃ〜、と目の前にいるルピナスがニヤついた顔を見せ、わざとらしい仕草で額を押さえていた。


「シュ、シュレインさん……ただいま戻りました」

「あぁおかえり。しかし、おっさん呼びはやめなさい。これでも最年長だ」

「これでもは余計だぞシュレイン」


 おっさんがシュレインさんを肘で小突く。 

 部隊の中で一番気品に満ちていて渋くて格好いいと思うが、正直シルヴァ様の次に緊張してしまう。四十手前には見えない若々しさもあって、貴族という身分なのに俺達平民相手でも壁がない。


「ガランが余計なことをしなかったかい? ハルベルト」

「いえ、むしろやりやすかったっていうか」


 へぇ……と感心した様子のシュレインさんが、ニヤリとおっさんの方へと視線を送っている。

 

「まっ、そういうこった」

「ガランの目は正しいということか」


 喉でクククッと笑うシュレインさん。

 また自分だけ除け者にされている気がする。ルピナスもなんかわかっているみたいだし、一体何なんだまったく。

 はぁ……と溜息をついていると


「あら、二人とも居るわね。ちょうど良かったわ」

 

 シルヴァ様が現れて、皆が姿勢を正した。


「ハルベルト、ルピナス──私の天幕までついてきて。大事な話があるわ」


 ガラン貴方も、と只事ではない雰囲気のシルヴァ様。

 息を呑みルピナスと目を合わせ頷く。

 ついに機会がきたんだ、そうお互いに考えたと思う。魔物狩りは戦闘という状況に慣れるために任されたこと。ある程度回数を重ねた今、初陣について話し合うことになると予想した。


「荷物は任せたまえ。さぁ、行きなさい」

「お願いします」


 担いでいた荷物をシュレインさんに渡し、シルヴァ様の後に続いて天幕の中に入る。椅子にシルヴァ様が座って俺達と向かい合った。


「さてと、それじゃあさっそく……その顔は察しがついているようね」

 

 自然と手に力が入る。部隊に加わって逃げることはできないこと、それは敵を殺すこと──延いては自分達の国に勝利をもたらすことだ。


「貴方達二人にとっては初陣となる話をしましょう」


 当時ローゼン国の戦争相手である小国オクトリカは、悪逆非道の噂が尽きなかった。魔物を調教し飼い慣らすことで兵器として運用し、捕虜や敵国の兵士を餌として食わせているなんて噂もある。

 そして、戦争の原因となったのは薬物でありオクトリカから外部へ流れることで薬物被害が拡大していることが分かったのだ。抗議の末、戦争が勃発。実際にオクトリカ兵士は薬物を使用し投入されているようで、狂戦士のような風貌になっているという。


「まずはハルベルト。貴方にはガランと共に行動してもらうわ。現場の動きもガランと一緒なら対応も容易でしょう」

「儂でいいんですかい?」

「近くで見たがってるのはガランでしょう? それとも外してもいいのかしら」


 へいへい、とペコっと頭を下げるおっさんからルピナスへとシルヴァ様の視線が移る。


「ルピナスは魔法師団に合流して副団長のウタリリにつきなさい」


 一度会ってたわよね、と確認をされルピナスが頷いた。

 初陣にしてはなかなか豪華な人選だ。それだけ今回は規模が大きいのかもしれない。

 

「細かい動きについては追って情報が届くはずよ。それでは作戦を伝えます」


 急に上官へと雰囲気が変わったシルヴァ様から伝えられた作戦内容。保護対象から新兵になったとはいえ、戦場というのはその甘えを許しはしない。

 自分には荷が重いのではないか、なんて思いは誰にも聞かれることなく作戦当日を迎えることになった。



 それは誰もが寝静まった夜。

 当番の兵士だけが見回る時間において、天幕の前で焚き火を見つめる男二人。酒代わりにと、ただの水が入った筒容器を片手に静かに笑う。


 髭を貯えた大柄な男と優雅さが離れない上品な男──ガランとシュレインが、ある新兵達について語り合っていた。

 

「あの時の様子を見るに、ハルベルトはまだ自分の技量の高さに気づいていないな?」

「そうだな。稽古相手に一本取れないことを嘆く奴だ、気づいてないだろうよ」


 ぐいっと容器を傾けて豪快に水を飲むガラン。

 唇に残った湿り気を腕で乱雑に拭った。


「相手は熟練された兵士なのにな」


 ハルベルトの稽古相手になりうる人物はもう限られている。

 約二年前、保護された子供が今では大人相手に善戦できる。それがどれだけの才能を秘めていたことなのか当人はまだ知らないままだった。


「ガランの立ち回りも理解しているようだったな」

「まったく末恐ろしいもんだよ……もう一人の魔法の嬢ちゃんはどうなんだ? 今日は一緒にいたんだろ」

「あぁ、彼女も同類だ。自覚がある分まだいいがね」


 同類という言葉に察してしまったガランが疲れを感じさせる目を向ける。

 そんなガランの様子に喉で笑い橙髪を揺らすシュレイン。


「双子の息子達が近い歳だが、あの段階に今到達できるかと言われると想像できないな」

「現実を見るとお前のとこの上位互換だわなありゃ」


 自慢の息子達なんだがね、とシュレイン自身もその意味を受け入れる。

 いつの間にか空になっていた容器を置いて手持ち無沙汰になったガランは、焚き火の勢いを見て調整し始めた。


「魔法の嬢ちゃんはアーリウムかウタリリに任せとけば問題ないだろうが……しかし、うちの姫さんはとんでもないのを拾ってきたな」

「そういう性分なのは今に始まったことじゃないさ」

「それもそうか」


 シュレインが空になっている容器に水を足す。

 まだまだ話し足りない二人は焚き火の熱を感じながら夜風を浴びる。

 苦笑も交えて過去に想いを馳せ、そして先を見つめる二人しか知らない話を気が済むまで続けていた。

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