第二十二話 薄氷に導かれたもの。
戦争による爪痕は人間だけが残していくものではない。
俺達の村は魔物の縄張りが戦争で乱れたことで簡単に壊滅した。兵士や領主の騎士が出払っていたこともあり、普段は村の周辺までこない奴や生息域が外れている魔物まで襲ってきた。
たまたま俺達は村の外にいたから襲われなかったものの、帰りに煙が上がっているの見た時は動揺したのを覚えている。
「おいルピー! 何呆けてんだ、行くぞ!」
「う、うん!」
今では魔法師団団長にまでなったアイツが当時はひ弱な少女で、まだ八歳のその手を引っ張って村まで戻った。辿り着いた頃には家屋は崩れ、大人子供関係なく無残に殺されている。小さく弱い個体が死体を食いに寄ってくるが、転がっている武器で追い払いもした。
でも、村を壊滅させた巨大で強い魔物に俺達は何もできない。
目の前には熊のような体躯に、鋭く大きい爪で死体を固定し口で引き千切っている魔物。その食み出ている死体に見覚えがあった。モノになった家族の最期を見て、もう生き残っているのは俺達だけだと痛感する。
「うわぁぁぁあ!」
復讐心に駆られ足に斬りかかったが、力も弱いせいか毛並みに沿って刃が滑る。俺の攻撃に気づいた魔物がゆっくりと唸りながら振り返った。
あぁ俺も死ぬんだ──背後で泣き叫ぶルピナスの声だけが耳に響いて手の力が抜けていく。
巨大な爪が掲げられた。振り下ろされたら俺の肉体は跡形も亡くなるだろう。足も震えて立っていられなくて尻餅をついた瞬間、目の前に爪が迫り
──魔物が凍っていた。
「ごめんなさい。遅くなって」
隣からとても澄んだ声が降りた。
氷漬けで身体を動かせない魔物の唸り声が、現れた女性の細い剣で簡単に取り除かれる。気づけば氷から出ていた魔物の首が、俺の足元にあった。
「ハルくん!」
顔面が涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっているルピナスが胸に飛び込んで顔を押し付けてくる。
俺の渾名を何度も呼んでいるが、嗚咽も混じっていて言葉になっていない。
辺りを見渡すと大小様々な氷塊が出来ていて、状況から判断するに隣の女性がしたことだと理解した。
「た、助けてくれて、ありがと」
俺達の顛末を想ってか哀れむような目を向けてくる。
「貴方達だけでも……助けることができてよかったわ」
女性の言葉通り、生き残ったのは俺達だけ。女性を追ってきたのか、兵士が人間と魔物の死体を一箇所に集めて火葬する。俺達はそれが燃え尽きるまでじっと見つめていた。
「貴方達、身寄りは?」
「いない、と思う。村の外にいるなんて話も聞いたことねぇし」
……そう、と何か考え込む女性。この先、どうやって生きていけばいいのか分からない俺達が、手を繋いだまま女性の様子を窺っていると
「よし、決めたわ」
急にしゃがんで俺達と目の高さを合わせた。俺達の空いている手を取って輪になる。白銀の髪が陽の光のように輝いて見えて微笑んだ表情が一層引き立つ。きっと、ルピナスもこの瞬間に魅せられたのだと思う。
「貴方達、私──シルヴァのもとに来なさい」
その一言で俺達の人生が変わった。
もちろん反発もあった。部隊に子供を混ぜるなんて許されないと。
「さすがにこれは認められない!」
「ならそこらの街の孤児院にでも預けて放っておけと!? 何も知らない土地で家族を亡くしたばかりの子供を?」
「この子達以外にも似たような境遇の子供はいる」
「私の目の前に映っているのはこの子達だけよ!」
獅子のような男性がシルヴァ様に詰め寄っていた。
周りの兵士達は成り行きを見守っていて介入しようとしない。口論は段々と熱を増していったが、最終的には獅子の男性が折れていた。
「シルヴァ、私達の手には限界がある。いつか破綻するぞ」
「生きる術を身につけさせるまでよ。それからのことは自分自身で選んでもらう。それに基本は雑用をしてもらうだけだから、戦場には決して出さないわ」
こうして俺達はシルヴァ様の部隊につくことになった。食事に衛生管理、装備の手入れなどの雑用を任されて、合間に剣を握る。
俺が剣を振るい、ルピナスが魔法を放ってシルヴァ様に稽古をつけてもらった。
「あら、二人ともなかなか筋がいいわね。誰かに教えてもらったの?」
「村にある旅人が来たことがあって、その時に何度か……まぁほとんどルピーに付きっきりだったけど、な!」
俺の攻撃を躱した瞬間にルピナスが電撃を放つ。シルヴァ様はそれに見向きもせずに氷の壁で防いでいた。
「もー! なんで防げちゃうのー!」
「うふふ、どうしてでしょうね~」
あまりの余裕さにムカつく気すら起きない。それでも諦めずに喰らいつくが見事に往なされる。隙だらけになってしまった瞬間に反撃されそうになるが、なんとか避けた。
「よく避けたわね。振り方は未熟だけど、動きの読みは正確だわ」
「俺の時は目の使い方を教えてもらったから、それでかも」
「目の使い方?」
「うん。あの旅人は魔法専門って言ってたけど、戦いにおいては剣士も魔法師も目の使い方は変わらないって」
常に先を見続けろ、と教えてもらったことを話すと
「……そう、いい教えね」
納得するように頷いて、またもルピナスの魔法を簡単に防ぐ。
息を潜めて確実に狙って放った攻撃だったが、シルヴァ様には通用せず
「もー!」
ルピナスの悔しがる声が響いていた。
月日が経つにつれて部隊の人数が増えてきた。他の部隊で邪魔扱いされた者や、自身の才能に気づいていなかった者をシルヴァ様が見出して、いつの間にか部隊に憧れる者すら現れていた。
シルヴァ様以外に部隊の人にも稽古をつけてもらうことが増えて、俺達はみんなと仲を深め──そして選択の時がくる。
「貴方達が加わって、もう二年近い時間が経ったわね。どこでも生きていけるだけの技術と経験も身に付けることができたと思うわ。街で仕事を探して職に就くこともできるでしょう」
ルピナスと並んでシルヴァ様にそう告げられた。最初に言われていたことだ。自分自身で生きる道を決める。これがどれだけ贅沢なことなのか、身に染みて理解していた俺達はもう既に決めていた。
あの時と同じように俺達を見るシルヴァ様。
「貴方達は、どう生きていきたい?」
ルピナスと目を合わせ頷く。
「俺は──シルヴァ様と、みんなと一緒に生きていきたい」
「あたしも、ハルくんと同じです。あたしだからできることがあるって、分かったから」
あの何もできなかった俺達はもういない。救われただけじゃなくて、誰かを救えるようになった。そうしてくれた人達がここにいる。その恩返しをしたい、そう思った。
シルヴァ様の前に跪く。それは忠誠を示す騎士の誓い。
「「シルヴァ様のもとに、居させてください」」
「……分かったわ。なら励みなさい。ハルベルト、ルピナス」
こうして俺達はシルヴァ様の部下となって戦場に挑むことになった。
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