第二十一話 元王妃直属騎士団。
しばらく馬車を走らせた後、目的の詰所に到着した。
馬車の扉が開いて外に出ると、数十の騎士達の先頭に二人──背の高い黒髪の騎士と、整った顔立ちの橙髪の騎士が出迎えてくれた。
黒髪の騎士が一歩前へと進み頭を下げる。
「ようこそお越しくださいましたルシア王女殿下、リュカ王子殿下。御尊顔を拝し、恐悦至極に存じ奉ります」
黒髪の騎士に倣い後ろの騎士達も頭を下げた。
この方がおそらく団長だろう、もう一人は副団長だろうか。それにしても思っていたよりも若い。後列の騎士達の中に数人ほど彼より年上そうな方々が見える。
「面を上げてください。急な視察要請にも関わらず迅速な受け入れ、感謝いたします」
「滅相もないこと、殿下の願いを叶えるのは騎士の誉ですよ」
ハハハ、と無理に笑みを貼り付けている黒髪の騎士に副団長らしき男性が耳打ちをすると
「──分かってるって」
小声でそう返事をしていたが私の耳に届いてしまっている。
どこかルピナス様に似た雰囲気を感じてしまう団長らしき騎士が苦笑いを浮かべた。
「自己紹介が遅れてしまいました。私はこのガランサスの団長を務めております──ハルベルトと申します」
少しぎこちないが一礼をしたハルベルト様が隣の橙髪の騎士へ紹介の手を向ける。
「副団長のテルと申します」
ハルベルト様とは違い、綺麗な所作で慣れているように礼を取るテル様。
テル様の紹介を終えるとハルベルト様が片手を広げ
「どうぞ、中へご案内します」
彼の案内の下、後ろについていく。後尾にテル様がついて私達は整列している騎士達の中央を通るが、騎士の誰一人として石像のように固まって動く様子がない。
そんな彼等をリュカは、ちらちらと見ながら私の隣を歩いていた。
衛兵を王城の中で見かけるとはいえ、こんな大勢の騎士に囲まれるのは初めてだ。あの嫌な視線も彼等からは感じない。寧ろ、一部からは感銘を受けているような眼差しすら感じる。
騎士達を抜けて案内された先は貴賓室だった。
貴賓室といっても大して豪華さはなく最低限の迎えの部屋といった印象を受ける。
私としてもこれくらいがちょうどいい。あまりに豪華なものは頭が痛くなる。
私とリュカがソファに座りハルベルト様にも座っていただくように促した。茶器類が用意されている前で、ディーネが紅茶の準備をしようと手を伸ばすが
「ここは私が」
と、テル様が先に準備を始めてしまっていた。
その様子を見ているとハルベルト様がソファに腰を落ち着ける。
「改めて、視察の受け入れ感謝いたします」
「とんでもない。我等は両殿下の訪問を歓迎しておりますよ」
この方はきっと目上への相手が苦手なのだろう。笑顔を浮かべているが頬の筋肉がピクピクと動いている。
表情を観察していると、テル様が紅茶をそれぞれ差し出していた。
「どうぞ、お口に合うと嬉しいのですが」
綺麗に澄んだ赤い色。横目でディーネを見ると軽く頷いた。疑ってはいないが、毒の心配はないようだ。
カップを手に取り口に運ぶ。リュカも続くように一口含むと
「ぁ、美味しいです」
そう感想を述べて──お褒めに預かり光栄です、とハルベルト様の後ろで立っているテル様が返していた。
味が分からない私はそのままカップを戻すと、ハルベルト様がじっとこちらを見ているのに気がついた。
「ルシア王女殿下」
「何でしょう、ハルベルト様」
「どうして我等なのでしょうか?」
「どうして、とは?」
「正規の王国騎士団ではなく、我等ガランサスを視察に選んだお考えをお聞きしたい」
理由は聞かれるだろうとは思っていた。彼等からしたら急に視察されて驚いているのだろう。しかし、リュカもいる中で母様のことを聞くのも躊躇う。
──あの騎士団を無下にはするな。
父様の言葉が頭を過った。
ここでリュカだけを退室させるのも不自然だろうか。
リュカに一度顔を向けて様子を見る。目をパチパチさせて、どうして見られているのか分かっていない。
この子にも母様のことを知ってもらえる機会かもしれない、そう思いハルベルト様に向き直った。
「貴方達でなければならない理由があります」
「その理由とは?」
「貴方達の起源、私の母様……シルヴァ元王妃について聞きたいことがあるのです」
母様の名を発した瞬間、部屋の温度が下がった気がした。目の前の二人の目つきが鋭くなる。武人の威圧感とでも言い表そうか、息が詰まりそうだ。
無言の時間がやけに長く感じる。リュカも私とハルベルト様を交互に見合っていた。
「……なるほど。それは確かに我等でないと聞けないことですね」
二人が柔らかな雰囲気に変わっていく。しかし、その表情には真剣味が残っていて滅多なことは言えない空気だ。
「視察が名目ということは分かりました。それで、シルヴァ様の何を聞きたいのです?」
「すべてを」
「──は?」
呆けた様子を見せるハルベルト様。目が点になっているハルベルト様を敢えて聞こえていないふりで見ると、咳払いをして調子を戻そうとしていた。
「失礼しました。その、全てというのは一体……」
「貴方達が見てきた母様を、私は知りたいのです」
ここに到着した時に出迎えてくれた騎士達は、おそらく全員ではない。それでもあれだけの人数が一人の下に集った理由がある。私は知りたい。強制ではなく、母様に惹かれて騎士団にまで大きくなった理由を。
「私は貴方達の知る母様を知りません。戦場で戦ってきた母様を知りません。貴方達が母様のどこに惹かれて、何を見てきたのか……私はそれが知りたいのです」
私の言葉を受けて考え込む二人。ハルベルト様がテル様に振り向いて、お互いに頷き合った。
「分かりました。お話しましょう、私達が知るあの方を」
「お願いします……あぁそれと」
まだ何か? と硬い面持ちで様子を伺ってくるハルベルト様に軽く微笑む。
「とても話辛そうなので、この場において口調も砕いていただいて構いません。こちらからお願いしている立場ですから」
どんな非礼も許しましょう、とハルベルト様に告げた。
ハルベルト様は驚いた表情を見せると、前髪を掻き上げてソファを一段深く座り直した。
「正直助かる。お硬い言葉遣いは苦手なんだ、後ろのコイツと違って」
テル様が目を瞑って咳払いで返事をする。テル様もこの状況を受け入れたようだ。
「あ、姉上」
リュカが身を乗り出して不安そうな目を私に向けている。
「よろしいのですか? その、僕が……ここにいて」
きっとこれから私にとって大事な話が語られる。それがリュカにも分かっているのだろう。それも片親の話だ、戸惑うのも分かる。
それでも、もしかしたら何かを得る機会かもしれない。
……知りたいと思ったからです。
出発する直前、リュカがそう言っていた。俯いて何を考えているのか分からなかったけれど、ちゃんと自分で言葉にしていた。リュカなりに何かを成そうとしているんだろうか。
「それを決めるのは私ではありません」
「えっ、でも……」
「貴方が知りたいと思うなら、このまま残りなさい」
しっかりと目を合わせてそう伝える。
リュカは考え込むように黙り込んで座り直した。どうやらこのまま残って聞いてくれるようだ。
私達の様子を伺っていたハルベルト様が
「あ〜、そろそろいいか」
と頭を掻きながらそう尋ねてきた。
私達は頷いてハルベルト様が話を始めるのを待つ。
「つっても何から話したもんかな」
ソファの背もたれに体重を預けて腕を組んで考え込むハルベルト様。
「俺と……いや、俺たちとあの人の出会いはあんまりいい話じゃねぇからな」
「たち、ということはテル様もご一緒に?」
「いえ、私ではありませんよ」
テル様が首を横に振ってそう告げた。ハルベルト様は少し悲しむような表情を見せ私たちに語る。
「もしかしたら両殿下には、少々キツい話になるかもしれないが」
必要なことだろうからな、とハルベルト様が語った過去話に、私は服にシワが付くことなど構わず握り締めていた。
リュカも何か思うことがあったのだろう、黙って話を飲み込んでいる。
何か話を聞けたらいい──そんな考えで踏み込んだことを少し後悔してしまうほどに母様との出会いは凄絶だった。
「ルピー……魔法師団団長のルピナスは知ってるだろ? 俺とアイツは同じ村の出身なんだよ」
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