第二十話 ステンドグラスの姉弟。
リュカの同行発言から数日が過ぎ、騎士団訪問の目処がついた視察当日。
湯浴みと朝食を済ませて自室で準備を始めている。
視察用に用意された衣装は、騎士服に似せた独特なワンピースのような形をした服だった。
白を主軸に淡青色が使われていて、気品も感じる。
式典やパーティーなどの内の公務と違い、動くことを考慮した外行きの服を初めて着ることになった。
戦の名残とでもいうのか、思っていたより動きやすそうなその服を言い表すなら姫騎士といったところだろう。
ディーネによって袖を通され、服の中に入ったままの後髪を外に出された。普段のマントワンピースと違い、足の付け根程度しかない短いスカート。代わりのように腰回りに留め具が付いており、外付けの外衣がスカートのように機能している。
そして太腿まである黒い靴下を履かされたが、鏡がないため自分の姿を見れていない。
いや違う、あるにはあるのだ。ただ……あまりにも似ていたから。
布が被せられた普段使わない鏡台が視界に入った。
徐に鏡台に近づいて、被っている布に触れる。
母様の姿を思い出すのが嫌になって使わなくなった鏡。もう見ることはないと思っていたけれど……今はきっと違う。
振り返って残りの準備と片付けを行なっているディーネを見つめる。
「──ディーネ」
「どうかされましたかルシア様……!」
呼ばれたディーネが私の方へと向き直ったと同時に目を見開く。
心を落ち着かせて、数年振りに鏡台に掛かっていた布を取り除いた。
そのまま椅子に座り、自身の髪を指で梳かす姿を見せ
「お願いしてもいいですか」
恥ずかしさで目が泳ぎつつディーネに頼む。
「は、はい!」
櫛を手に取り私の髪を優しく梳かしていく。それはまるで頭を撫でられているようで、少し懐かしい気持ちにもなった。
それでもまだ鏡を直視することができていない。視界には入れているのに、見ているものはこの騎士のような服で視線を上げるのに抵抗がある。
「ルシア様、少し待っていてください」
そう言ってディーネが何かを探し始めた。
すぐに目的の物は見つかったようで私の髪を再び梳かし始める。
「せっかくですから、少しだけ」
私の髪で何やらしようとしているらしい。お願いした手前、とりあえず身を任せることにした。
梳かしていった髪を後頭部の上あたりで一束にまとめ始める。丁寧に束ね何かで結び始めた。それ以外の部分も細かく調整され、ディーネの気が済むまでじっとしていると
「はい、出来ました。思っていた通りにお似合いです」
肩をトントン優しく叩かれて、鏡を見るように促される。
ゆっくりと服から首へ、鏡に反射する自分の姿を認識していく。そして、鏡に映る自分自身と目が合った。
「──ぁ」
自然と声が出てしまった。そこに映っている母様に似た私と再会する。空色の瞳に、白銀の髪、スッとした輪郭。生き写し、とまでは言えないが面影をしっかりと感じることができる。
今までは直視するのが怖かった。私を見ることで、息を引き取った瞬間の母様を思い出してしまうから。この世にはもういない事実を認めてしまうような気がして。
けれど、今は──
「ほら、とっても素敵です」
映っているのは私だけではないから。
鏡越しにディーネと目が合い、その隣に彼女が褒める私がいた。
後髪を青のリボンで結び、尻尾のように垂らされている。服との印象も相まって、活気を抱く少女のようだ。
「ありがとうございます、ディーネ」
ニコッと笑みを見せて一礼で返事をくれたディーネが片付けに戻る。
顔の左右を鏡に映して、改めて自分を観察していく。
映っているのは自分自身のはずなのに、いつもと違う自分に気持ちが少し跳ねている。ディーネに整えてもらった髪を触れようとしたその時
「──!」
鏡に映る私の背後で、あの黒い人影が一瞬映り込んだ。
素早く立ち上がり振り向くが、そこに影は無くディーネの片付けがひと段落ついた姿しか見えない。
「そろそろ時間ですね、参りましょうかルシア様」
ディーネが作業を終えてそう告げる。
気のせいだったのだろうか……見間違えただけかもしれない、と頭を切り替えて部屋を後にした。
向かった先は王城の玄関ホール。外に出れば馬車が用意されているはずだ。
道中、この騎士のような衣装を着た私を見て皆一様な反応を示している。固まって私を凝視して忘れていた一礼を慌てて行う、そんな様子に頬が笑ってしまう。
嫌な視線というより、ただ驚いているみたい。
反応を楽しみつつ進んでいると、準備が済んでいたのか先にリュカが待っていた。
「姉上、今日はその、僕のお願いを聞いてくれて、ありがとうございます」
「ベルリーサ様がいいと仰ったのですから、気にしないでください」
金の装飾が施された紺色の上着に白いズボンの王族服を着たリュカ。服装は立派なだけに、より弱々しい印象が強くなる。
「しかし、どうして同行しようとしたのですか?」
「……知りたいと思ったからです」
俯き絞り出したような声色で発した言葉。あまりに大雑把な理由に首を傾げてしまう。
「知る? 何を知りたいのです?」
黙ってしまったリュカの返事を待っていると、この玄関ホールに続く廊下の奥が何やら騒がしい。そちらに意識を向けると、執務室にいるはずの父様が姿を見せていた。
「父様、どうしてこちらに?」
「我が子の見送りができるのは親の特権だからな」
長居はできないが、と苦笑した父様が普段と違う私を見て、慈しむように目元を弛ませる。
「よく似合っているよ」
「ありがとう、ございます」
「リュカは……もっと胸を張りなさい」
リュカの肩を軽く叩いて姿勢を正すように促した。父様の言葉を受けて、背筋を伸ばし顔を見上げたリュカ。
「よろしい、立派だよ」
「は、はい!」
やっぱり私達はこの父様の子供なんだと、リュカの嬉しそうな表情を見てそう思う。父様に褒められることがどれだけ嬉しいことか、片親は違えど理解できる。
二人の様子を見ていると、ディーネが耳元で
「ルシア様、馬車の準備が出来ているようです」
そう囁いて出発の時間が迫っていることを教えてくれた。
頷きで返事をして、父様と目が合う。
「そろそろ時間か」
「はい、お見送り感謝いたします」
リュカと共に一礼し気持ちを示すと
「ルシア」
父様に名を呼ばれ顔を上げた。先程と違い、真剣な顔付きへ変わり父様から陛下へと雰囲気が変わる。
「本来どういう目的があって視察に行くのか、もう理由は訊かん。ただ、あの騎士団を無下にはするな」
強い意志を向けて言い放つ陛下の圧力。
母様の元に集って設立した騎士団ガランサス。それは父様にとっても特別な存在なのだろう。主を失っても解体されずに済んでいるのは、そうならないように誰かが止めているからだ。それはきっと──
「かしこまりました。敬意を払い接すること、お約束いたします」
言葉を受け取った瞬間に陛下の圧力が薄まった。
今ではもう父様として笑顔を向けて
「そうか、ならいい。さぁ、学んできなさい」
私達の背を押してくれる。そして私達は同じ馬車へと乗り込み、元王妃直属騎士団ガランサスが使用している詰所に向けて出発した。
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