第十四話 あたしとしての。
ごくり、と生唾を飲む音が頭に響いた。
ルシア様に見つめられて時が止まったかのような錯覚すら覚える。空色の眼が真っ直ぐにあたしを射抜いて離さない。
この子の妙な圧力は一体なんだ? 威圧とはまた違う。精神を締め付けられるような、強制的に真実を話さなければならないと思わされてしまう。別に嘘をついてやろうとか思っていないけど。
まるで罪悪感に言い訳をするような気持ちだ。
「ど、どんな魔法師かぁ。難しい質問だね」
ただ単に説明するだけなら簡単だ。経歴や戦績を語ればいい。でも、ルシア様が求めているのはそういうことじゃないと思う。人物としての形、性格が分かるような、あたしという視点から見た人物像。記録ではなく記憶という情報を求めている、そんな気がした。
「一言で表すなら、破天荒な人だったよ」
「破天荒……?」
想像がつかないのかルシア様の目が揺れる。
「魔法師は大体、後方部隊として編成される。魔法が使えても戦闘に活かせない人の方が多い世の中で、魔法師として所属するというのはそれだけでも才能だ。そして魔法とは元来戦局を変える手段として重宝されてきた」
魔法師一人当り数十数百の敵を倒せるんだから当然だね、と付け加える。
前線の兵士は魔法師の肉壁となれ、戦場とはそういうものとそんな考えが根付いている国はそう少なくはない。
「けれど魔法も一筋縄で扱えない。ルシア様が暴発させてしまったのが良い例だね。魔法は時に自分達を襲うこともある。戦場という特殊な環境で強い精神力が保てる人なんて、歴戦の猛者かイカれてる人だけだ」
そろそろ渇いてくる口内を湿らせる為に、紅茶を一口含んだ。
ルシア様の後ろに控えている侍女の様子を上目で確認する。彼女と目が合ってパチパチと瞬いてきた。ニコっと目元を弛ませるが、紅茶美味しいです──という感想が伝わっているかは微妙だ。
「そして魔法師は魔法を洗練させていく者だ。詩人が絵画ましてや彫刻で食っていくわけじゃないだろう? 魔法師は魔法を、剣士は剣技を磨いてその術で生きている専門家だ。でも、破天荒なあの人はそれをやってのけた」
今思い出しても輝いて見える。あたしは常にあの人の背中を見ているだけだったから。隣に立つために努力もした。けどあたしには、魔法の才しかなかった。それが悪いことではないけれど、嬉しいことでもなくなった。今ではもう、恩人に報いることができないのが──ただただ悔しい。
「母様は、何をしたのですか?」
真剣な顔つきであたしを見るルシア様に、あの人の面影が重なる。
「魔法と剣技の両立──魔剣士、とみんなはそう呼んでいたよ」
魔剣士、それは歴史上ただ一人を指す名称だ。それだけあの人が成してきたことは前代未聞であり、各国が恐れた響きでもあった。
「魔法師で唯一前線で剣を振い、魔法で部隊を率いた。そんな異例な存在だったからか、軍のお偉いさんとは相当揉めたらしいけど」
「母様が?」
「いくら魔法師の比率が女の方が多いって言っても、前線で活躍されるのは面子に関わるのなんのって。ほら、老いた高官って頭硬いから」
こめかみをぐりぐりと押さえて表現する。
それを見た侍女があらぬ方向へと顔を向けて、軍の悪口なんて聞いていませんと意思表示をしていた。
「そういうのを全部、実力と実績で黙らせてた。文句があるなら自分より戦績を残してみろってね」
あたしが語ったあの人の輪郭を、朧気ながら見えただろうか。ほとんど戦時中の話になってしまったけど、あたしが知る中で一番近くで見た印象がこれだから仕方ない。
ルシア様が自身より大きい物をゆっくりと飲み込んでいる、そう思わせるように目を伏せてじっと動かない。王妃として母としてのあの人しか知らないルシア様にとって、あたしが語ったものはどんな存在に見えたのか分からない。
けど、もういいんじゃないかと思う。
どんな心境の変化があったにせよ、止まった重い足を動かそうとしている目の前の少女に、あたしが出来ることは見守ることだけだ。
「……ありがとうございました」
ルシア様が目を開いて告げた。その目の光が少し、薄暗くなっているのを気づかないフリをして
「いいよ全然。さて、雑談の時間にしないように続き、やろうか」
逃げるように授業を再開した。
◇
数刻過ぎて授業を切り上げ夕暮れ時、あたしは魔法師団が利用している施設への道を歩いていた。
あれから授業を再開し何度か魔法を使用させたが、ルシア様は暴発させることはなかった。むしろ、なぜあの一回は暴発させたのか分からなくなるほどに優秀で少し混乱している。
そういえば、陛下や他の教師陣の方々と情報共有を行う会議が一定の頻度で行われて、みんなが口を揃えて放った言葉があった。
「ルシア様は規格外です」
最初に誰が言ったのか覚えていない。教育を施す過程で、誰もその異常さに最初は気づいていなかった……もちろんあたしも。
地頭が良いのだろう、とその程度の認識だった。けれど、違った。彼女は理解が早い、早すぎるほどに。特に身体を動かす感性が抜きん出ている。礼儀作法やそれこそ魔法技術も知識としてしか教えていない段階で、あれほど澱みなく発動まで持っていけるものか?
みんなが目の当たりにしているおかげか、共通認識として出来上がっているルシア様の歪さを、改めて噛み締めた。
「それに、暴発とはいえあれだけの魔力を注いで平気な顔をしているということは……」
あの子の限界はまだ先の方にあるということ。常時、あれだけの魔法を連発しても何ら問題はない地点に居るということの証左。
「ある程度修練した見習いが、二発放てば限界を迎える規模……今日が初めての実践なんだけどなぁ」
基本的に魔法師関係の者しか利用しないせいか、人通りが全くない道を見通す。一日の色を変える空の下を歩いて、少女の未来を夢想した。
磨けば何になるのか、魔法以外にも才があったなら……?
「やめやめ、らしくない。あたしが重ねてどうする」
それはかつて実在した魔剣士の再来ではないのか?
浮かび上がる願望を振り払う。少女相手に自分の欲望を押し付けるなんてどうかしている。
「そっか、まだ子供なんだよね」
王族でも異質な存在感を放っているからといっても相手はまだ子供。何より生まれた時から知っている相手だ。そう考えると感慨深い思いがくる。
真人祭の瞬間を思い出して、少しだけ口元がニヤついた。
「子供の成長は早い、か」
今日は軽くお酒でも飲もう、と考えて大きく伸びをする。
「ハルくんも居るといいけど」
子供の頃からの友人と利用する酒場の光景を想像して、歩く速さを落としていった。
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