第十三話 魔法師としての
明くる日、庭園の一角にある
背後に紅髪の侍女を伴って私が辿り着いた先に、ルピナス様がだらけた姿勢で、備え付けされている白い机に突っ伏していた。
私たちの気配に気づいたのか、顔だけをこちらに向け軽く手を振って
「やぁ、さっそく始めようか」
「よろしくお願いします」
ゆっくりと身体を起こして私と向き合う。
幼少期から教え込まれる王族としての知識と教養。これから始まるのは、その一環であるルピナス様による魔法の授業。
王族相手に教師を務めるというのは、相応の重責がある。魔法という領域において我が国でその頂点に立つのは魔法師団の団長である。そして目の前にいる彼女こそが
「ふぁぁ……おっと、これは失礼」
大欠伸をする彼女こそが、魔法師団団長である。
紅髪の侍女が紅茶と茶菓子を用意して隅へと待機する。
ルピナス様の態度は今に始まったことではない。公の場を除き父様相手にも時折、分け隔てなく接している。父様が注意していないことを、わざわざ私がする必要もない。あの侍女も見慣れているのか気にしていない様子。
「さてと、座学もある程度済んだことだし今回から実践に移ろう」
欠伸で潤んだ紫電の瞳を煌めかせて、作法も構わず茶菓子を食し紅茶を飲み干した。
「まずは復習から。魔法に必要な要素はなんだったかな?」
「魔素とそれを変換した魔力、そして方陣と文字です」
「うんうん、ちゃんと覚えてるね」
えらいえらい、と小さくパチパチと手を叩いて褒めてくるルピナス様をじっと見つめる。しかし、その視線に堪え兼ねるのか目を逸らして咳払いをしていた。
「大気や地中、海の中にだって魔素はある。あたしたち魔法師はそれらを魔力に変換して性質を与える」
こんな風に、そう言ってルピナス様は手を出してそこから紫電が弾ける。独特な音を発して四阿が淡い青紫の光で染まった。
ルピナス様は手を突き出すように外に構えて、手の平から拳程の方陣が構築されると
「あとは魔力を波、
最後の一言により魔法陣が輝き、そこから紫電が直線に放たれた。バチバチと音を残して消えていく。
「というわけでルシア様にはここから始めてもらおうかな」
できるよね? とこちらを試す表情を浮かべているルピナス様を横目に、同じように手を構えた。
無声で息を吸い込んで肺が膨らむ。空気と共に魔素を取り込んで自身の魔力へと変換していくと、
「そうそう、ゆっくり……ゆっくり集めるんだ」
いつの間にか背後に移動していたルピナス様が、私の背中に手を当てて誘導していく。
背中から肩へ、肩から腕へと向かっていく熱を感じながら、まるで汗腺から汗が滲むように手の平から冷気として魔力が漏れ出す。
呼吸を整えて集中を高めた。
「漏れ出る魔波は絵の具だ。空に方陣を描こう」
耳元でルピナス様が囁く。
方陣の大きさはその魔法の規模を表している。構えた手と同程度の大きさの方陣が構築されていく。
「大きさは方陣が決めてくれる。あとは速さと密度、今回は密度を文字で決めてあげよう」
「はい──集え、それは氷塊」
ルピナス様のように無詠唱とはいかず、言葉によって指定する。この大きさの方陣では指定が限定され情報量が少なくなる。それを考慮して紡がれた言葉は文字となり方陣に浮かんでいた。
魔法を発動しようと魔力を方陣に込めていく。
「行って」
生成されていく氷塊を適当に放とうと言葉を発した刹那
「──ッ!」
心臓が震えて意図せず魔力が方陣に注がれた。自身が想定していない量の魔力が魔法の威力を高めている。方陣は一瞬にして私の上半身を覆うほどの大きさに拡張された。
もう止めることが出来ない。
魔法陣から氷塊が放たれた。庭園の一部を破壊してしまう威力をもって。
「えっ!? あっ、ちょ、ちょっと待った!」
慌ててルピナス様が魔法を発動し、先程の見本より数倍の威力はありそうな電撃を放つ。
庭園を破壊する前に電撃は氷塊に直撃し、その威力によって砕かれて
「あ、あっぶなぁ……」
サーッと音が引いていく。
ぐったりと両膝に手を付いていたルピナス様が、勢いよく振り返り私の肩を掴んだ。
「あ、あの……私」
「大丈夫? 怪我とかしてないよね?」
「私は、大丈夫です」
返事を聞いて安堵の言葉を漏らしながら脱力していくルピナス様。
呆然とする私の視界に紅髪の侍女が入り込み
「とりあえず落ち着きませんか」
そう言ってルピナス様の紅茶を淹れ直していた。
私たちは侍女の言葉に甘えて椅子に座る。目の前には淹れたての紅茶が置かれて互いに口に含んだ。
潤いを取り戻してルピナス様の様子を窺うと、すでにもう飲み干したようで一息ついている。私の舌では味が分からなかったが、ルピナス様を見るに美味なのだろう。茶菓子を一つ口に放り込んでいた。
飲み干された紅茶に、また侍女が淹れ直す過程でルピナス様に問う。
「それで、先程は一体何が起こったのですか?」
「過剰な魔力供給による魔法の暴発ってところなのかな。あんな瞬間的に魔力を流すとそれなりに反動が返ってくるものだけど」
ルピナス様は私を熟視し
「本人はケロっとしてるんだよねぇ」
不思議な生物を見ているかのように頬杖をついて苦笑いを浮かべていた。
ルピナス様の言葉を聞いてか、侍女は私を心配しているかのような目を向けてくる。
「本当に何もお身体に障ってはいないのですか?」
言われて自身の身体の感覚に意識を向けるが、大した変化も疲労感もない。あの時、心臓の辺りに違和感があったが今では何ともない。
胸に手を当て違和感を伝えるべきかどうか迷う。
「……大丈夫です。反動、というのがどういうものか分かりませんが、変わりなく動けると思います」
侍女と目を合わせてそう答えた。
それなら良いのですが、と釈然としない顔を浮かべて私の傍に控える。
「反動って言っても個人差はあるんだ。大抵の場合、強い疲労感ないし脱力感に襲われる。身体からしたら寝起き後すぐに運動するようなものだからね。あとは、お腹が痛くなって寝込む人もいるね」
両肘を立てて両手を絡め、そこに顎を乗せて説明を始めたルピナス様。
「剣を振ったことがない者が、いきなり剣を振って筋肉痛に襲われるのと同じで、大きな魔力を突然作ると身体が慣れていなくて悲鳴を上げる。見方を変えれば鍛えることもできるわけだけど……さしずめ魔力痛って言ったところかな」
魔力を作り出すとき、臍辺りに熱が生じる。おそらく魔力の殆どをそこで生成しているからだ。お腹が痛くなるのはそのせいだと予想できる。
でも、私の場合は少し違う気がする。あの瞬間に魔力を生み出したのは心臓だ。通常の手順ではなく、自分の意思とは関係なく生み出されて注がれた。
「まぁルシア様の様子を見ても大丈夫だと思うけど、最悪の場合死んじゃうから気をつけてね」
「し、死ぬんですか?」
ルピナス様の言葉に侍女が驚き反応する。自身が仕える主がもしかしたら死ぬかもしれない、そんな言葉を告げられたのだから当然か。
──私にそんな価値はないと思うけど。
きっと他の侍女たちならば、そんなこともあるんだろうで済んだ程度。しかし、彼女は私のことを先程と同じように気に掛ける。それが不思議で彼女のことが掴めない。他の侍女たちと同じように、奇異と哀れみの目を向ければいいのに。
「そりゃあ魔素を使うわけだからね。ヒトの身体の一部も魔素で構成されている。その大事な大事な魔素が全部無くなると機能不全に陥っちゃう。だからその大半を外から持ってきているわけで」
魔法師にとってこれは常識だよ、と淡泊に告げられる。
その言葉を飲み込もうと黙ってしまった侍女を横目に、ルピナス様が氷塊が爆散した地点に顔を向けた。
「それにしても、ホント親子だよね」
心が冷えていくのが分かった。
懐かしむ眼差しを向けてそう呟いたルピナス様は、構わず続けようとしている。止める術を持たない私は、ただ手を握り締めていた。
「魔法の性質に魔力純度、構築の繊細さ。並ぶとまではいかないけど、そっくりだよ」
「親子……ということは元王妃様のことでしょうか?」
「うん。あの人には最後まで勝てなかったな」
「魔法師団団長のルピナス様より強い、ということですか」
「当時は副長だけどね。それでも元団長が勝ったって話聞いたことないけど」
二人の会話を聞きながら、違和感を抱いていた。
私が知る母様とルピナス様が見てきた母様はなんだか違う。私の母様と魔法師としての母様は何が違うのだろうか。
自身も氷塊を飛ばした方へと目を向けて、似ていると言われた魔法を思い返す。けれど、私は魔法師としての母様を知らない。知らないことを比べることはできない。
──忘れ、ないで。
影の言葉が脳裏を過ぎった。
「──母様は」
私の声に二人の身体が一瞬、凍りついたように固まった。黙っていた者が急に喋り出したからなのか、草木を揺らす筈の風すら無くなり奇妙な静けさが場を包む。
ゆっくりとルピナス様の方へ視線を戻して、その紫電の瞳を真っ直ぐ見つめた。
──知らなきゃ、だめ。
「母様は、どんな魔法師だったのですか?」
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