第十二話 歪みの輪郭。


「んー、特に目立った異変は見つからないなぁ」


 精霊の跡地にてアグロヴァルト達が調査に訪れていた最中、相も変わらずにぶかぶかのローブを纏い、ふらふらと観察して周るルピナスがそう告げる。指で輪っかを作り細かい部分まで目を通すように辺りを見渡していた。

 緑が生い茂り人の手が入っていないこの場所は、かつての遺跡として地に残っている。中央には祭壇だったと思われる跡があり、アグロヴァルトがそれに向かって頭を下げた。同行していたリュカもそれに倣う。


「この地に踏み入れること、お赦しください」


 ゆっくりと顔を上げ一呼吸置いて、調査員に指示を飛ばす。

 それぞれに調査を始める者達を視界に収めつつ、リュカがアグロヴァルトに言葉を飛ばした。


「父上、ここには何があるのですか?」


 リュカの問いにすぐに答えることができず、悩みに顔が歪むアグロヴァルト。草原の一部と化した遺跡を見渡して、やっとその口を開いた。


「ここが、我が国の起源であることはもう知っているね?」

「はい。母上から聞きました」

「見ての通り、今では何もないただの遺跡だ。精霊の跡地或いは棲家と呼ぶ者もいるそうだが、今のところその御姿は確認されていない」


 アグロヴァルトは腕を組み、顎を触る。


「しかし、最近になって妙な報告が増えていてな」


 続きを促すように首を傾げるリュカの背後から、ルピナスがふらふらと揺れるように現れた。アグロヴァルトはルピナスをじっと見つめ調査の状況を尋ねるが、ルピナスは首を横に振り報告を始めた。


「ざっと見た感じ、確かに魔素が集中している形跡はある。でもそれだけですね、光るモノやら草花が踊り始めるなんて異常が発生する要因も見当たらない」

「草が踊る? 光るモノ?」


 リュカの疑問に答えるようにアグロヴァルトが口を開く。


「精霊信仰が盛んな我が国においてここは聖地だ。その奥地であるこの遺跡まで訪れることは出来ないが、信徒達はこの地に祈りを捧げに来ることも多い。そんな者たちが──光る何かが現れ、草木が踊ったと言っていたそうだ」


 ある種の観光地になっているこの周辺は、魔物もおらず神聖な土地として扱われている。そして、そんな異変を垣間見た信徒達は精霊が現れたと騒いでいるのだ。

 リュカは祭壇の方へと顔を向け体を強張らせる。

 それに気づいていないルピナスは報告を続けていた。


「このまま魔素が集まってくるようなら、もしかすると災害発生の原因になってしまいます。まぁここは、幸いにも魔物が寄り付かない場所なので魔物の異常個体が生まれないという点では安心ですね」

「かといって、放置は良くないだろう。定期的に調査は必要だろうが……現状、進展はあまり無さそうだな」


 アグロヴァルトが周囲を見渡して肩を竦める。調査員たちの様子を見るに、大方ルピナスと同じ報告が来るだろうと予想する。

 ルピナスがまたふらふらと調査に戻る最中、リュカはじっと祭壇を見つめて微動だにしない。


 ──光るモノに……踊る、草花。


 リュカが見ている祭壇に、光を放つ新芽が芽吹いていた。まるでこちらを歓迎しているかのように、ゆらゆらと揺れている。

 どうしてか目を離せない。直ぐにでも父上の手を引いて、あれを見てほしいのに体が動かない。

 地面に根を張ってしまったようなリュカを、大きな手がその肩を揺らす。


「リュカ、どうした大丈夫か?」

「……──! 父上」


 顔を見上げた先には、心配そうな表情をしたアグロヴァルトが映る。体の自由を取り戻したことを確認して、リュカはもう一度祭壇の方へと目を向けた。

 しかし、光を放つ新芽は最初から居なかったように消えている。目を擦って瞼を開くが、何もない祭壇があるだけだ。


 父上たちに見てもらいたかったけど、みんなの邪魔をするわけにもいかない。


 呆然とするリュカの様子を確認しようとアグロヴァルトが屈んで目の高さを合わせた。


「ここは魔素が濃くなっているからな、魔素酔いにでもなっているのかもしれん。馬車の中で休むか」

「魔素酔い……? い、いえ、大丈夫、です」

「あまり無理はしないことだ。少しでも体調に違和感を感じたら言いなさい、いいね?」


 頷くリュカに、よろしいと言って頭を撫でるアグロヴァルト。

 気恥ずかしさにリュカは顔を俯いて、離れていく父親の手を上目で見送った。

 アグロヴァルトは立ち上がり、自身も魔素酔いをしないように注意すると同時に


「一段と魔素が濃くなっているのか。一体、何がこの地に魔素を集めている?」


 眼光を鋭くさせて警戒を強めていた。



 しばらくして調査を切り上げ、帰り支度を済ませていく最中、アグロヴァルトが少し用があると言って数名の護衛を連れて部隊から離れていく。

 その意図を汲み取り、残った部隊の誰一人も後を追う者はいない中で


「ち、父上? どこに」


 唯一、後を追おうとしたリュカの肩を引き留めるルピナス。いつもは気怠げで飄々としたルピナスが暗い顔をして首を横に振っていた。


 どうして止めるのか、ほんの少しの苛立ちを抱えて父親の背中が消えていくのを見届ける。


「あの先には、何があるんですか」

「陛下が教えていないことを、あたしが教えるわけにはいかないな」


 肩をトントンと叩かれて、いつもの表情に戻っているルピナスに部隊の中に戻るように促された。

 父上が僕に教えていないこと。けれど、部隊のみんなは知っているみたいだ。

 少しだけ疎外感を感じてしまう。


「しかし、ここまで何の手掛かりもないなんて予想してなかったなぁ」


 喉を鳴らしながらローブ越しに女性の特徴を浮かび上がらせて大きく伸びをするルピナス。紫電の瞳が見つめる先は、封を施されて立ち入ることが出来なくなった遺跡へと向けられていた。


「──ルシア様なら何か見えたのかな」


 風に乗って消えていくはずだった呟きは、リュカの耳へと落ちていく。


「……姉上がどうかしたのですか?」


 あぁしまった、とばつの悪そうな顔をしてルピナスは自身の後頭部をポンポンと叩き、目が彷徨っている。けれど、すぐに軽い溜息を吐いて渋々口を開いた。


「ルシア様はなんていうか、異質……なんだ」

「姉上が異質?」

「あの子には、他人には見えないモノが見えるから」

「見えないモノが、見える」


 食事時や公務以外では姉上の姿をあまり見ない。だからだろうか、いつもどう接していいのか分からない。目を見て話そうにも、姉上の瞳は全てを見透かしているような不思議な威圧感があって怖気付いてしまう。


 異質。


 妙に腑に落ちる単語。

 もしかしたらあの光る物体も姉上なら、何か分かったのだろうか。あれが見えたのも僕が弟だからだろうか。


 馬車の中に移動して父上の帰りを待つ。俯き考え込んで分かったのは


「僕は姉上のことを、何も知らないんだ」


 歪な家族の形だった。

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