第四話 破滅を告げる鐘の音を

「……ここが、あかずのま」


 翌日になって訪れた目の前の扉の中央に、時計回りに動く魔法陣と、半時計回りに動く魔法陣がそれぞれに二、三枚施されている。


 ルシアは、そこにだけ渦潮が起きているような光景に目を輝かせた。

 すると、後ろからシルヴァの侍女であるルチカが口を開く。


「シルヴァ様からここに連れていくようにと仰せつかりましたが……まさか、これを解くおつもりで?」


 顔の皺が消えない程に歳を重ねているルチカは、優しさの中に迫力を備えた声を発する。


 それはまるでシルヴァによく似ていて、最初は怖かったルシアだったが、今では親しみを抱いていた。


「きのうね、わたしにはほかの人にはみえないものがみえるってルピナス様にいわれたの」

「以前仰っていた綿のような物ですか?」

「ううん。それもだけど、それじゃないものもみえるみたい」


 昨日の話を説明すると、ルチカは理解したようで


「それでこの開かずの間の封印を見に来たと」

「うん。気になって」


 ルチカは魔法陣を見つめ眉間に皺を寄せる。


「長年仕えておりますが、私が最初にこの扉を見た時と何ら変化をなさっておりませんね」


 まるでここだけ隔絶されているような、と切れ長の目を薄く細めて扉を観察するルチカ。侍女の中でも最高齢のルチカが見ても扉の封印が解ける想像がつかない。


「私は一般的な魔法の知識しかございませんが、高度な技術なのは見て分かります。学者や魔法師団の方々が何人も解除に挑んだそうですが、一向に進展がなかったと記憶しております」


 ルシアの隣に膝をついて、その顔を覗き込むようにして伺う。


「ルシア様にはどのように見えておられるので?」


 じっと扉を見つめて動かないルシア。

 数秒、数十秒と時間が経って、ようやくルシアは口を開いた。


「これ、何か変?」

「変……とは?」


 ルシアは疑問符を頭に付けるように首を傾げて扉の魔法陣に手を伸ばす。

 すかさずルチカがルシアを抱いて、魔法陣に手が届くようにと身体を合わせた。


「はなびのときより、きたないかんじがする」

「花火というのは真人祭の時のことで?」


 こくん、と頷いてルシアは花火の記憶を語り出した。


「ルピナス様やみんながだしてたマホウってね、キレイなかんじがしたの」

「綺麗、ですか?」

「うん。けど、ここのはきたない。父様のつくえのうえみたい」


 まとめてしまえばきれいなのに、と魔法陣にペタペタと触るルシア。


 ルシアが言った綺麗、汚いの感覚はルチカは分からなかったが、面倒な事をしていると思う。

 後世に残すためにこの封印を施したのならば、何枚も封印をせず一枚の強力な封印をすればいい。数枚、数十枚と封印を施したところで最初の一枚が解けてしまえば、連鎖的に解除ができてしまうだろう。魔物を抑えているわけでもないだろうに、わざわざ複雑な事をしている。


 ──なるほど、汚いとは言い得て妙かもしれない。


 しかしその最初の一枚が解除できていないのもまた事実か、と思案に耽っていると


「きゃっ」

「ルシア様!?」


 ルシアの驚いた声に即座に反応し、扉から一歩距離を置く。

 少し意識を欠いていたことを自省して、何事かと確認したが特にルシアに怪我はない。

 しかし、当のルシアはペタペタと扉を触っていた両手を伸ばしたまま、唖然としていた。


「ル、ルチカ……うごいたよ」

「……えっ?」


 ルシアの言葉を受けて扉の魔法陣に目を向けるが、依然としてそれぞれが回るようにして動いている。

 特に変わった様子はないと考えたが、ルシアの様子を見るにそうではないと至る。

 恐る恐る扉に近づいてルシアの手が最初の魔法陣に触れる。


「ルチカ……みててね」

「は、はい」


 くるくると時計回りに動く魔法陣に、決まっている部分でもあるのか見定めるように指を三本当てると、動いていた魔法陣が止まる。

 そして指を当てたまま魔法陣を自由自在に動かし始めた。

 反時計回りに動かしたり、魔法陣の元々の位置からずらしたりと、扉を越えなければどこでも動かすことができるようだった。

 ルシアが指を離すと魔法陣は元の場所に戻り、何事もなかったように時計回りに動いている。


「こ、これは……」

「ルチカはうごかせるの、しってた?」

「い、いえ……動かせる記録なども存じておりません」


 あまりの出来事に二人して呆然としている。


 私はもしかして、とんでもない場面に関わっているのではないかとルチカは思わず息を呑む。


「でも、このあとどうすればいいんだろう?」

「ルシア様には指を当てる必要がある部分が分かるのですか?」

「うん。なんかね、そのところだけキラキラしてるの」


 こことこことか、とまた同じように指を当てて魔法陣を操るルシア。

 必要な部分に一度触れた後なら三本の内、二本の指を離しても操れる状態は維持されるようだ。


「二枚目にも同じような部分があるのかもしれません」

「みてみるね」


 指を触れたまま二枚目に重ねるように魔法陣を動かしたその瞬間、空気が蠢くような鈍い音が静かに部屋に響いた。


「……重なった」


 音に驚いてルシアが指を離しても一枚目の魔法陣は二枚目に重なったまま、連結したように同じ回り方をしていた。


「ル、ルシア様……今のは一体何を」

「わたしにもわかんない。でも、にまいめのキラキラしてるところがね、さいしょのにピッタリあいそうだなぁっておもってね、それで──」


 ルシア曰く、一枚目の魔法陣にある指当ての部分が、どうやら二枚目とほぼ重なる部分があるようだ。


「もしかすると二枚目のキラキラしている部分も三枚目に重ね合わせることができるのでしょうか」


 頭の中で想像しながら、扉からルシアに目を向けると目を輝かせてルチカを見ていた。


「最後までやってみたい──という顔をしていらっしゃいますね」


 ブンブンと音が鳴りそうなほど、勢いよく縦に首を動かすルシアにルチカは負けた。

 自身でも甘いなと考えながら心の中で溜め息を吐く。


「危険だと判断したらすぐにやめますからね?」

「うん! ありがとう、ルチカ!」


 両手をニギニギと準備運動をするように繰り返し握って気合を入れるルシアに、ルチカは孫を見る祖母のような眼差しを向ける。


 二枚目に両手を伸ばして、キラキラした部分を探るルシア。

 ここと、ここと……ここ! とおもちゃで遊ぶかのように小さい指で魔法陣を突いていると


「ル、ルチカ……」


 物悲しい声でルチカを呼ぶ。


「どうかなさいましたか?」

「ここね、キラキラしてるところなんだけど、とどかないの」


 回る魔法陣のとある部分を示し追いながら、残念そうな顔をルチカに向ける。

 ルシアを抱いている腕を一度整えて、片方の手を魔法陣に向ける。


「やってみましょう──ここですか?」

「えっとね、もうすこし……えっとひだり?」


 魔法陣は常に動いている為、調整が難しく時間が掛かったが何とか必要な部分に当てる事ができた。

 すると、予想通り二枚目の魔法陣は動きを止めて操れていた。


「さんまいめのキラキラしてるとこ……うーん、ここ! あれ?」

「合いませんでしたか?」


 三枚目は二枚目より一回り大きく、キラキラしている部分も増えているようで中々合わない。


「一枚目と二枚目、全てのその部分を合わせないといけない……なんてこともあるのでしょうか」

「んー……あっ!」


 ルチカがぼそっと呟いた言葉を聞いていたルシアがそれを頼りに探すと、そっくり一致する部分を見つけ、そこに当てはめると空気が轟き


「かさなったよ! ルチカすごい!」

「恐縮です」


 一枚目と同様にして二枚目が三枚目と連結して動いている。

 きゃっきゃっと喜ぶルシアを降ろして、ルチカは木製の脚立を用意する。

 足を滑らさないか入念に確認を行い、ルシアを脚立の上に立たせた。


「これならルチカといっしょにできるね!」

「あんまりはしゃぐと危ないので気をつけてください」

「はーい」


 何が起きても大丈夫なようにルチカは真横に立ち、いつでも支えられるように注意を向けている。

 そうしてルシアのキラキラする部分の案内を貰いながら三枚目、四枚目と魔法陣が重なっていく。

 指を当てる部分は一人でできる量だったが、ルシアの手の大きさでは足りず、またその部分をルチカは見えない為、予想以上に時間が掛かってしまった。


 お昼過ぎから始めた魔法陣の攻略は、いつの間にか夕陽が眩しく感じる時間まで掛かり、そして全ての魔法陣が重なった。


「魔法陣が、止まりましたね」

「う、うん」


 全ての魔法陣は重なり合い、一つの魔法陣のようになっている。まるでドアノブのようだ。ルシアには一体どのように見えているのだろうかと、じっと扉を見つめるが扉が開く様子は今のところ無い。


「……ルシア様?」


 すーっと手を伸ばして、魔法陣の中央に手の平を当てるルシア。


「まんなかにキラキラのせんがあるの。まわしてっていってるみたいに」


 そう言ってルシアは、ゆっくりと手を左から右へと半回転させていく。回す速度と同じ速度で魔法陣も動いている。段階が踏まれているのか、ガタガタと音を鳴らし、まるで錠が解除されているようだ。

 手を回し切ったその瞬間、魔法陣が光を放った。


 音が轟き空気が震えている。しかし、それは今までの比ではない。部屋全体が揺れているような錯覚すらしてしまうほど。


「きゃっ」

「ルシア様!」


 脚立から落ちそうになったルシアを、咄嗟に抱えて扉から離れる。

 ほんの数秒の後、揺れは収まり誰も触れていない開かずの扉がゆっくりと開いた。


「あ、あいちゃった……」

「まさか、本当に」


 今まで誰も開けた事がないと伝わっている開かずの間。その封印が目の前で解除された動揺もあったのだろう。

 ルチカはこの時


「シルヴァ様を呼んできます。すぐ戻りますので、ここで待っていてください。扉の向こうへ一人で行ってはいけませんよ」

「う、うん」


 そう言い聞かせ、ルシアを置いてシルヴァ達を呼びに行った──行ってしまったのだ。

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