第三話 願っていただけなのに。
翌々日、ルシアは貴婦人達による意見交流会──いわゆるお茶会にシルヴァに連れられて参加していた。
王城の庭園に設けられた場所に、夫人達が集っており、それぞれに伴った子供達がはしゃぐ様子を見て談笑している。
その中にはレアの姿があり、マキアもまた参加させられていた。
「アトランテ国、王太子ロノス・メシス・アトランテの妻、レア・メシス・フリューゲルと申します。今日は素敵な茶会にご招待いただき感謝致します」
おおらかなレアが優雅に一礼する様は、表現するなら美麗。透き通るような肌に、落ち着いた聴きやすい声質。まだ二十代半ばでありながら母性を感じる雰囲気。まるで聖母のような存在感がある。
レアの挨拶が終わり、シルヴァが進行を促す為に一拍の音を立てて皆の注目を集めた。
「今回の茶菓子はレア様から頂いたの」
「お口に合うとよろしいのですが」
シルヴァの言葉と同時に運ばれてきた茶菓子が給仕らによって皆に配膳されていく。
多種多様なクッキーが目の前に並べられて思わず喉が鳴る。
それぞれの侍女や執事が毒味を済ませ、主人達の口に納まった。
「この様子だとお口に合ったようですわね」
「一安心です」
クッキーを一番初めに食したシルヴァが、小声でレアに話しかけると、見て分かる程に好評なことを安心からか微笑んだレア。
人脈を築く場にて受け入れてもらうという重大さを知る貴族達は、入念に準備を欠かさない。しかし、それが功を奏すとは限らない。他国のそれも王太子の妻という身分が相手を身構えさせてしまうかもしれないという不安の中、食べ物というのは非常に有効だった。
自国の商品のアピールと同時に甘いものは気持ちを楽にする。それを用意したのがレアという事実に人柄を見せるには十分だった。
「とっても美味ですわね! これはアトランテ国の商品かしら」
「ぜひ、私にもそのお店紹介していただきたいわ」
一人二人と質問がレアに飛んでいく。
まだまだ増えていく勢いを抑えるために、シルヴァが手を叩いて落ち着かせる。
「はいはい、そんなに一度に来られるとレア様も驚いてしまうわ。時間はたっぷりあるのだから、ゆっくりと仲良くなって行きましょう」
お気遣いありがとうございます、と小声で伝えるレアに、笑みだけで応えたシルヴァ。
何事もなく過ごせそうだと、ホッと胸中を落ち着かせて子供達を見る。
そこにいるのはどれも貴族の子供達。各々が草花を眺めたり、従者を交えて遊んでいる。その中でも一番に目が行くのはやはり我が子だ。
マキアとルシア、そして見知らぬ赤髪の少女。できれば多くのお友達を作って欲しい親心だが、マキアは賢いが故に踏み込めない部分がある。
──仲良くなっているといいのだけれど。
思案を顔に出さず茶会にも意識を向けながら、その眼差しは常に我が子へと向いていた。
◇
「……まさか、あたしが子守りをすることになるなんて」
ボソッと誰にも聞こえないように呟いて、心の中でため息を吐く紫髪の女性。
目の前には自身が身を捧ぐ国の王女と他国の王子、そして辺境伯の令嬢。
──あぁ、調子に乗って盛大にするんじゃなかった。
先日の真人祭、本来は一気に花火をあげる予定ではなく、一定の間隔で魔法で演出するだけだった。しかし、せっかくの真人祭でその主役が花火に目を輝かせていたら、もっと力を入れて驚かせたくなるものである。
その結果、アレを気に入った上流階級や各国の関係者にお呼ばれされてしまった。
あれは一体、どのようにしてやったのだと。
「シルヴァ様に頼まれたら断れるわけないし」
ルシアが貴方に興味があるみたいだから、ついでにと言わんばかりに子守りを押し付けられて今に至る。
軽い自己紹介を終えて、他の従者達と同じように後ろに控えていると
「ルピナス様は、マホウがおとくいなのですか?」
ルシアが紫髪の女性──ルピナスをじっと見つめながら問いかける。
残りの王子と令嬢もルピナスの返事を待っていた。
う〜んと、唸りながら一瞬考えを逡巡し
「そうだね。剣と魔法どちらが得意かって聞かれると魔法になるかなぁ」
一応これでも魔法師団所属だし、と真人祭の時とは違う、体の大きさに合っていないぶかぶかのローブを揺らし答える。
「その、パチパチしているのもマホウなのですか?」
「ん? パチパチ?」
キョトンとした表情になるも、ルシアの視線の先は変わらず自分に向いている。
何か衣服に付いているのだろうかと確認するが、パチパチしたようなものは見えない。
「パチパチしてるものなんて見えないわ」
横から突如、高い声が響く。
声の主は目を細めてルピナスを観察する赤髪の令嬢。ルピナスの周りを右往左往して改めて確認するが分からなかったようだ。
「ほら、どこにもないわ。あなたはわかる?」
他国の王子、マキアに向かって問いかける。
「ボ、ボクにもわからない、かな」
「ここに……パチパチしてる」
ルピナスの右手首付近を指差して訴えるルシア。
子供二人はより疑問が深まっていくようで、首を傾げている。
「あぁなるほど、そういうこと」
それにしても……いや、そんなことある? でもでも──とぶつぶつ呟くルピナス。
「いみわからない、おしえて!」
赤髪の令嬢が痺れを切らして高圧的に求めた。
ルピナスはぶかぶか過ぎて裾に隠れていた手首を曝け出し、三人の前に掲げる。
「いいですかエリカ様、よく見ていてください」
赤髪の令嬢エリカがルピナスの手に焦点を合わせて、二人もそれに続く。
手の平がゆっくりと薄紫に輝いていくその時、バチバチッと弾ける音と共に紫電を放った。
「きゃっ!」
「うわっ!」
「良い反応ですね〜」
エリカとマキアが驚いた様子にニヤニヤしながら紫電を失った右手に意識を向ける。
「ルシア様、今のあたしの手はパチパチしてますか?」
ルシアの確信を持った頷きに、ルピナスは改めて思い至る。
「パチパチってしてるのはおそらく、あたしの魔力残滓かな」
「まりょく、ざんし?」
ルシアの覚束ない言葉に苦笑しつつ、どう説明しようかと思案を巡らせた。
「ちょっと失礼──少しだけ拝借するよ」
近くにあった花壇の端にある土を握り取る。
しかし、ルピナスの考えた通りにはいかなかったようで困った表情をしていた。
「流石、王城の庭園。良い土使ってるね」
水捌けがいいのか、握って固めようとした土は中々固まらない。
まぁこれでもいいか、と手の平に土を掬った状態で三人に見せた。
「この土は謂わば魔力の集まり。魔力っていうのはさっきバチバチしたやつを生み出す力ね。そしてこれを使うと」
土を元に戻して軽く払った手を向けた。
「土という魔力は消費されて無くなってしまう。でも全てが無くなるわけじゃない。指の隙間や手の相に僅かに残る。これが魔力残滓」
「わたしたちにみえないのはどうして?」
エリカが首を傾げて問いかける。
「大抵の人は見えないものだよ。あたしにだって見えない。でも感じる人はいるんだ、暑いとか寒いのと同じで残滓があるなぁって」
身振り手振りで表現していたルピナスが、ずずっとルシアに近づいた。おでこがくっついてしまいそうになる程に顔を近づけて、目と目が合わさる。
「だから、ルシア様はなにか他人とは違う特殊な眼を持っているみたいだね」
はたまた見えてしまう何かがあるのかも、と研究者のような顔つきになっているルピナスから目を逸らさないルシア。
「それってすごいことなの?」
エリカがルシアの目を覗き込む。一瞬驚いた様子を見せたが、ルピナスとエリカの目を交互に見合う。
「さぁね。他人と違う物が見れるっていうのは良い事も悪い事もあるだろうし、誰にも解けないことが解けてしまうことだってあるだろうね」
「──開かずの間とか!」
突然マキアが大きな声で割り込んできた。
必然的に注目を浴びてしまい、それに気づいて段々と縮こまっていく。
「あはは、うんうんいいねいいね男の子だね。そういうの惹かれちゃうよね」
顔を真っ赤に染め上げていくマキア。ルシアに見られていることにも気づき、口をあわあわと動かしていた。
エリカがルピナスに振り返る。
「なによその、あかずのま? って」
「この王城には資料図書室っていう場所があってね。その奥に初代国王様が残した禁書庫、通称──開かずの間と呼ばれる部屋があるんだよ」
恥ずかしがりながらも聞く耳を立てていたマキアが、ここぞとばかりに顔を上げて目を輝かせていた。
「ち、父上がお話しているのを聞いてたんだ。開かずの間に眠る魔法を見れたらって」
先日の夜会の最中に行われた大人達の会話を思い出しながら喋るマキアに、ルピナスは首を横に振る。
「あ〜、あれは無理だよ。あたしも一応魔法師だからね、挑戦してみたんだ」
まぁ無理矢理だったけど、と遠い目をしながら当時の記憶を振り返る。
扉に施された魔法陣。何層にも重ねられた魔法陣という錠は、どこに鍵穴となる部分があるのかも分からない状態だった。
「これでも魔法に関してはそこそこに自信はあったし腕もある。最年少で入団して副団長にまでなったあたしですら、あれは無理って匙を投げたよ」
実際に挑戦したルピナスの話を聞いて、さっきまでの勢いはどこに行ったのか、萎れていくマキア。
「そんなのやってみないとわからないじゃない!」
エリカはルシアを引き寄せてルピナスに胸を張って吠えた。
ルシアは目をぱちくりとさせてルピナスを見る。
「大人でも気づかないものがみえてるんでしょ? だったらできるかもしれないわ!」
「どうかなぁ? あたしの感覚としては暗闇の中で何本も絡み合った鎖を片手で解いてくみたいな感じだったけどぉ?」
意地の悪い顔を浮かべて煽るルピナスに頬を膨らますエリカ。
この状況を宥めようとマキアが慌てふためく、そんな様子を見てルシアは思わず零すように笑ってエリカの腕を抱き寄せた。
「わたし、やってみたい」
「ほ、ほら! この子がやりたいって言ってるわ!」
「まぁお姫様がそう言うならやってみてもいいかもね。難しいと思うけどぉ」
相変わらずニヤニヤとした顔をして煽るルピナスと違い、マキアはルシアの傍まで近寄って
「が、がんばって」
「うん!」
照れながらも一緒に笑い合うことができていた。
明るい空気は少しづつ周りに広がって行き、次第に他の子達も混ざるようになった。
楽しい時間はあっという間に過ぎて茶会は終了した。
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