第二話 これが続けばいいのにと
魔法演舞と公開訓練の熱気が冷めやらぬ内に夜を迎え、王城にてそれらは夜会の話題として口々に語られていた。
目の前で繰り広げられる派手な魔法の応酬。日常生活で使われる魔法とは違う、敵を倒す為に使われるであろう戦闘用の魔法の迫力を肌で体感したのだ。
公開訓練も魔法演舞に勝るとも劣らない見応えがあった。統率の取れた動き、末端の騎士ですら乱れることなく集団が一つの個として動く様は、目を離せない不思議な魅力が存在した。
そこに魔法師団による演出がなされ、最後には騎士団長と副長による模擬戦が行われることによって、公開訓練は終了した。
自国の貴族は勿論のこと、各国からの使者も軍事力ないし国力を再認識する事になった。
そして彼等は思う。あの軍団の中から選抜された者達とはいえ、あれらを従えてなお誰よりも実力を備えた上位の存在が目の前に君臨した事を。
「何事もなく夜会を開くことができた。こうして集まってくれたこと感謝する。我が娘、ルシアの公の場での出席は今日が初めてだ。直接挨拶を交わしたい者もいるだろうが、今この場にて皆に紹介し済ますことを承知してくれ」
会場を見渡し様子を窺うのはローゼン国国王──アグロヴァルト・ブラン・ローゼンである。まだ二十代後半と若くして国王となったアグロヴァルトだったが、その風格は他国の統治者に引けを取らない。
そのアグロヴァルトの紹介により、シルヴァと手を繋いでルシアは姿を現した。
母娘共々に同じ白銀の長髪を揺らし、ルシアは多少ぎこちないながらも背筋を伸ばし、シルヴァを見様見真似に歩いている。王族とはいえ、まだ三歳になったばかりの娘が努力する姿は、昼間の熱気を落ち着かせるにはちょうどいい清涼剤だった。
「では紹介する。我が妃シルヴァと、このアグロヴァルトの娘、王女ルシアだ」
紹介に預かり、シルヴァが会釈を行いルシアがそれに続く。純白のドレスを着ていたルシアは、まるでお人形のような可憐さを体現している。
会場は拍手で包まれて、その光景にルシアは一瞬目を見開いたが、すぐ笑みを浮かべていた。
王女と国の未来を想う者、王家の関係を強固にしたい者、ルシアを挟むようにして凛と立つこの国の頂点を見て息を呑む各国の使者、それぞれの思惑はあれど出席者達は一つの思考に至る。
──これがあの金獅子と薄氷の娘か、と。
◇
会場も落ち着きそれぞれが付き合いの談笑を始めた頃、アグロヴァルトの元にとある男女が幼い子供を連れて面会にきた。
男女ともに上品さを感じる茶髪、男性は凛々しい顔立ちで、女性はおおらかな印象を受ける。そしてその二人と共に歩く幼子はその子供だと証明するかのように、いいとこ取りをした姿で歩いている。
他の者達は各々談笑してはいるものの、気は確かに彼らとその行方に向かっていた。
代表を務めるように、男性が一礼する。
「お久しぶりでございます、アグロヴァルト陛下」
「これはこれはロノス王太子殿下……それにレア王太子妃殿下。今日は楽しんでいただけただろうか?」
えぇ、それは勿論──と、お互いに口角をピクピクと震わせ、取って付けたような社交辞令を交わした。
ロノスの妻であるレアは、気にせず軽く一礼し控えている最中、そんな様子を横目にシルヴァは事情を察しているのか、軽く溜息を溢してこめかみを指で摩っている。
数秒の沈黙の後に耐え切れなくなってきたのか、アグロヴァルトとロノスは声を抑えながらも息を吹き出し笑ってしまった。
「だ、だめだヴァル──未だに慣れんぞこれは」
「同感だよロノス。私もお前に陛下と呼ばれるのはこう、むず痒いものがある」
喉を鳴らして笑う二人。その光景にルシアは呆けた表情を浮かべていたが、すぐ隣からのえも言わぬ圧力に思わず生唾を飲んだ。
「── 御二方」
ギロッと絶対零度の鋭い眼光を覗かせたシルヴァ。
その眼光から逃げるように、二人は目を逸らして咳払いで表情を整える。
シルヴァはそのまま会場を一瞥し、口元を隠した。
「まったく……友情を誓い合ったとはいえ、今は社交の場なのですから公私は分けてくださいませ。レア王太子妃殿下もいらっしゃるのに」
「え? あぁ、私のことはお気になさらないでください」
「いやはや此度の真人祭とその中心を目の前にして、なんとも気分が高揚してしまったようだ」
気を悪くしないでくれ、と笑みを浮かべるロノスとレア。
周りの反応を窺いつつ、アグロヴァルトは二人の後ろに控えている幼い男の子に視線を送った。年は五、六歳程の背丈にロノスの凛々しさに包容を取り込んだ優しげな顔つき。知恵が回る賢い子なのだろう。時折、目が泳いでいるが二人の妨げにならないように努めているのが分かる。
アグロヴァルトの視線に気づいたロノスが、男の子の背に手を当て前へと促した。
「紹介が遅れてしまったな。マキア・メシス・アトランテ、私達の息子だ」
マキアは辿々しくも一礼し挨拶を交わす。
「おはつに、おめにかかります。アグロヴァルト、へいか」
「そうか、君が」
事前にどこの国の誰が来るのかを把握していたアグロヴァルトは、目の前のマキアに感心した眼差しを向けている。
齢五歳にしてこの振舞い、子供らしさはあるが他国の、それも国王を相手に口上を述べるという異質さ。ルシアも聡明な女性へと育つであろうその片鱗を見ていただけに、驚きはしないが普通ではないと考える。ローゼン国と違い、彼等のアトランテ国は真人祭のような風習はない。場数もあまり踏めない中で、外に出しても平気な教育を施せているのが分かる。
自身の五歳の頃はもっとやんちゃで遊び回っていたものだが……と過去に眼を向きかけて心の中で振り払った。
「将来が楽しみだな、ロノス」
「あぁ、自慢の息子だよ」
ロノスはマキアの頭を軽く撫でて顔を寄せ
「上出来だ、マキア」
にっこりと微笑むと、マキアはそれが嬉しかったのか笑顔を咲かせていた。
その様子を静かに見ていたルシアの目に、幸福の種子がマキアから出てきたのが映りこむ。昼間のような大勢が沸き立つ瞬間ではなく、自分と歳が離れていない男の子のその瞬間を、ルシアは目の前で体感し釣られるように笑みを浮かべていた。
「あっ……」
ルシアに見られている事が分かったのか、マキアは顔を恥ずかしそうに俯かせてロノスの後ろに下がった。
「あら? あらあら?」
シルヴァがニコニコとした表情でロノスに隠れるマキアに視線を送る。けれどロノスは分かっていた、シルヴァの目が笑っていないことを。
この二人、特にシルヴァは相当な親バカになるだろう予測を、昔ながらの付き合いで容易に理解していたロノスは苦笑いを浮かべてマキアを守る。
「本来、挨拶程度に控える所を私の立場により無理を通してもらって大変感謝している、アグロヴァルト陛下、シルヴァ王妃殿下。他の方々の目もある。今回はこの辺りで下がると致しましょう」
シルヴァの視線を一身に浴びるロノスに、気の毒な思いを向けるアグロヴァルト。しかし、当のシルヴァは画像が切り替わるように女神の如し微笑みを向けていた。
「可愛らしい御子息を拝見できて有意義な時間でしたわ。この子にとっても、年も立場も近い子は貴重でしょうし、今後とも節度を持って、お付き合いいただけると幸いです」
「で、ではロノス王太子殿下、レア王太子妃殿下、最後まで夜会を楽しんでくれ」
「……あ、あはは、ありがとうございます。それでは」
失礼します、と三人は一礼し夜会に紛れていった。
シルヴァは表情を崩さないまま、三人が帰った方向に顔を向けていると
「──相手はまだ子供だぞ?」
やれやれといった顔を浮かべてアグロヴァルトが釘を刺す。
不服そうな表情をしたシルヴァはそっぽを向いた。
「えぇ分かっていますわ。でも、子供だからと油断していると、いつの間にやら懐に入ってきて逃げれなくしてくるの。どこかの誰かみたいに」
まるで経験談のように話すシルヴァにアグロヴァルトは頭を抱えていた。それを見兼ねて、シルヴァは申し訳なさそうに口を開く。
「悪かったわ。それでも、分かるでしょ? やっと産まれてきてくれた子なのよ、少し神経質になるくらいがいいのよ」
「そうか、そうだな。しかしいずれ、私達が守れない時に騎士となる存在が必要だ。それを根本から排除するのは違うのではないか?」
返す言葉が見つからない。それどころか、やや冷静を欠いた自身の状態に嫌気を差しつつ、落ち着きを取り戻す。
「……そうね。はぁ、この子の事になると極端に視野が狭くなるの、私の悪い癖だわ」
天井を見上げるシルヴァに、アグロヴァルトは苦笑しつつ、ルシアが眠そうに目を擦っているのに気がついた。
朝から忙しく、昼間は真人祭の行事に夜会。三歳を迎えた子には堪えるだろう。合間に休憩を挟んでいるとはいえ、よく保ったほうだと感心する。
「どうやら私達のお姫様はここまでのようだ」
アグロヴァルトの言葉で状況に気づいたシルヴァは、ルシアを抱き抱えて眠りに誘うように、一定の間隔で背中を優しく叩く。
こうなる事を考えて、ルシアの紹介を一度に行うようにしていたため、シルヴァはルシアと一緒に会場を離れようと準備を済ます。
使用人によって退場の知らせが出席者達に告げられた。
シルヴァとルシアを見た出席者達は、事情を察して一礼だけに留めてシルヴァの言葉を待つ。
「それでは皆様方。最後までどうぞ、楽しんでくださいませ。精霊様の導きのままに」
シルヴァが一礼しアグロヴァルトを横目に
「最後までお務め、頑張ってくださいね」
「あぁ、君ももう休むといい。ルシアを頼む」
夢の中へと堕ちそうになっているルシアを撫でた後、アグロヴァルトは二人を見送った。
ロノス達をはじめ、皆も離れた位置で一礼し、ルシアが眠りについた数時間後、夜会は無事終了した。
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