第一話 この幸せを謳歌した時

「みてみて母様! すごい! ドカーンドカーンがいっぱい!」

「ふふ、そうね。あれは魔法でお花の形を作ってるのよ。ほら、あそこの方達が頑張ってくれているの」


 行楽の日和。

 闘技場の特別観覧席にて、私は母様に抱き抱えられ示された方向に視界を向けた。騎士の格好をした軍団がぞろぞろと入場しているその隣に、白いローブに身を包み空に向けて火の塊を発射しながら行進する者達。わざと発射する間隔と高さをずらし、観客が火玉に釣られて顔を上げる。

 火玉を放った者達の中でも、先頭に並ぶ一際存在感を放つ紫髪の女性が、火玉の端から端へ手を横凪に、そしてそこに紫電が走った。


「まぁ! 派手ねぇ」


 今まで一定の間隔で空に咲いていた花火が、紫髪の女性によって連鎖したかのように一斉に花火が芽吹く。空一面に開花したことに歓喜する者、お腹に響く程の爆音に驚愕する者、反応はそれぞれだ。

 母様というと終始ニコニコとしていて、片腕で私を抱いたまま女性に手を振っていた。対して女性は行進が終わり、こちらに優雅に一礼する。


「あの子、ルシアの為に張り切っちゃったのね」

「私のため?」

「そうよ。だって今日はルシアのお誕生日なのだから。生まれてきてくれてありがとうってみんながお祝いしてくれているの」


 ほら、と会場を見渡すように促され目を向けると、方々に散っていた視線が私の方へ集まってくるのが分かった。


「あの方がルシア王女殿下か! ルシア様!」

「シルヴァ王妃殿下! 今日もお綺麗だわ!」


 一人が気づいて、それに三人が気づき十人が気づき、いつしか会場の観客の殆どが私たちに手を振り笑みを浮かべる。


「──あっ」


 ぷかぷかと浮かぶ幸福の種子。それを包もうとして手を伸ばす。けれどそれは手をすり抜けて上へと飛んでいく。

 観客は私が手を振りかえしてくれたと勘違いしたのか、より一層声が増した。


「──ルシア」


 母様が、こてんと顔を寄せて耳元に口を近づける。


「よく、見ておくのよ。ここにいる人達、来ることが出来なかった人達も貴方のことを愛してくれているわ。こうして、愛してくれている人達を護り導いていくのが私たちのお務め。この光景を絶やさないようにしていく……この国に、笑顔の花を咲かせ続けるの」


 今はまだ分からないかもしれないけど、と苦笑いを浮かべている。

 全ては理解出来なかったけれど、母様が何か大切な事を伝えようとしているのは感じ取れた。


 私は母様の胸元をぎゅっと握り


「……はい、母様」


 その光景を脳裏に焼き付けるように、じっと会場を見つめた。



 しばらくして騎士が集合し、特別観覧席から父様が国民に姿を見せる。

 花火は止み、静寂が会場を支配した。


「……今日という特別めでたい日を迎えられたこと、心から嬉しく思う」


 席に座った母様の腕の中で父様の背中を見つめる。

 普段見せる姿とは少し違う国王としての父様。いつもより大きく見える立ち姿に私は息を呑む。

 父様は台座のような所に片手を置いたまま会場を一望し、空を見上げた。


「思えば色々なことがあった。他人種との交流を始め、時には戦場を駆け、親友とも呼べる者まででき、国王となって王妃にシルヴァを迎えてルシアが生まれた。そして今日、愛娘ルシアの真人祭だ」


 ──真人祭。それは一で体を成し、二で言葉を連れて、三によって思考へ至るという三歳になる子へ送る、このローゼン王国の伝統行事である。

 平民はいつもより豪勢な食事を、貴族はその力を示すパーティーを、王族は国力と繁栄を示すパレードを、子供が赤子から真の人へ成長した事を喜ぶのだ。


「本来、真人祭はある精霊様に捧げる舞だったと伝えられている。人の子が好きな精霊様はやがて花と成ってしまった。だが私は、今でも見守ってくださっていると思う。ならば、我々が精霊様に捧げられる舞とは一体、なんだ?」


 訪れた一拍の間。たった一瞬の時間、それだけで観客達は支配されたかのように体が固まった。

 気品故か威厳なのか、若き国王が見せた風格に全てが飲み込まれる。


「私は思う。それは、楽しむ事だと。花は畑に実ってこそ栄える」


 穏やかな声だった。雨上がりに光が雲の隙間を通って草花を照らす、そんな神々しさを感じてしまいそうになる程の優しい雰囲気が漂う。

 けれど、それは若き国王のニカっとした笑顔で一気に晴れ渡る。


「──故に皆楽しめ! 大いに笑え! 王族の真人祭を共に過ごせる機会などそうそうは無い! もしかすると、次の機会が訪れるのは早いかもしれんが」


 豪快に笑う父様を見ながら母様が


「もう! 何言ってるのよ……」


 小声で呟き頬を染めた。

 私はよく分からなかったけれど、この楽しい雰囲気に手を取られてニコニコと笑っていた。


「さぁ! 旗を掲げよ! 我らが精霊様が見ておられる。今日は楽しむことだけを考えよ! 草花を踏み荒らさない程度に、飲んで歌って舞い踊れ!」


 闘技場の端から端へ、白い星型の花が描かれた国旗が上がる。観客の民達の熱気も膨れ上がり皆が両手を上げて意志を示している。

 母様が席を立ち台座を挟むように父様の隣へ並んだ。父様が私の頭を撫でて台座に手を戻す。


「この後、魔法師団から選抜された団員による魔法演舞と王妃直属の騎士団による公開訓練が予定されている。普段見ることができないものばかりだ。なにより、我らが誇り高き軍団に所属している団員達の家族達よ、その目で己が子らの成長を感じてくれ。そして、魔法師団及び騎士団の諸君──蝶のような舞と蜂の如き警戒を期待する」


 ぜひ、楽しんでくれ! と、父様が手を挙げて花火が上がる。観客席からは王族や国を讃える声が聞こえてきた。

 私が手を振りそれに応えていると


「ルシア、ここに手を置いて」


 母様が台座に私の手を導いて、父様が手を重ねた。私が両親の顔を交互に見やっていると


「ここに魔力を通すと声が広がるの。だから、今日は初めましてのみんなの前でご挨拶をしないと」


 大丈夫よ、と優しい顔を浮かべている母様とそれに頷く父様を見て、会場に視界を向けた。


 ──この国に、笑顔の花を咲かせ続けるの。


 みんなが笑って手を振ってくれている。

 軽く呼吸を整えて、前を見据えた。


「え、えっと……ル、ルシア・ブラン・ローゼン、です! きょ、きょうは、よろしく、おねがいします!」


 より一層賑やかな声と幸福の種子が上がる。私はその光景を見て、みんなと同じように破顔した。


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